23 親友は見た!
エリ達は、杖無しの想像式詠唱法で魔法を使う練習を行なっていた。
エリとタクミは上手くいかない中、アカネだけはどんどん上手になっていき、彼女はニコルから教えてやるようにと委任されていた。
「ええか?もう一度言うで!小便や!手から小便を出す感覚やで!こう……ジョバァーっと」
アカネは自慢げに語る。
「天王寺!だから、もっとマシは表現はできねぇのか!」
タクミは下品な表現に対し苛立った様子で、アカネに言った。
手から小便を出す感覚。
アカネによると、それが想像式詠唱法で魔法を使うコツらしい。
分かったような、分からないような。
少なくてもエリにとっては、微妙な表現だった。
言いたい事はなんとなく分かる。
確かに『体外へ排出される感覚』、その中で最も馴染み深い感覚と言えば、小便だ。
だから手から小便を出すような感覚を養えば、魔力回路へ魔力を通しやすくなるのかもしれない。
今までちゃんと魔法を使うことができたのだ。
だからコツさえ掴めば、マスターできるはず。
エリはそう思ったが、同時にこんな事も思った。
ただ……タクミの言う通り、もう少し上品な表現を使って欲しかった。
これではまるでオバサンだ。
まだ若いのだから、少しぐらい恥じらいを持って欲しい。
エリはため息をつくと、再び構えた。
「えいっ!」
掛け声と共に、エリは冷気の魔法を放った。
手から白いモヤのような物が噴射される。
射程距離は数センチ程度。
さっきと同じ。弱いままだ。
想像力自体には問題は無いと思う。
冷房がガンガン効いた室内。スーパーマーケットの冷凍食品コーナー。かき氷。
寒い・冷たいもののイメージはこれで十分のはず。
となると、アカネが教えるこの方法は、やはり自分に向いていない。
エリはそう思った。
別にできない事を他人のせいにしようとか、そう思ったわけではない。
ただ……彼女の方法だと、うまく集中できないのだ。
具体的に言えば、魔法を放つ瞬間、膀胱のあたりが気になってしまう事。
つまり、手から小便を出すことを意識し過ぎて、実際に漏らしてしまうかもと気になってしまうのである。
実際、さっき冷気の魔法を放った瞬間、漏らしてないかと思わず股間のあたりを見てしまった。
誰かに気づかれてしまっただろうか。だとしたら、とても恥ずかしい。
エリは顔が熱くなるのを感じた。
「んあ?エリちゃん、大丈夫かいな?」
エリが気がつくと、アカネの顔が目の前にあった。
「う、うわぁ!」
エリは驚いて一歩後退した。
驚きながら、エリは今聞かれたことの意味を考えた。
『大丈夫』とはどういう意味だろう。
やはり、漏らしてないか確認している様子を見られてしまったのだろうか。
気付かれたくなかった。恥ずかしい。
エリは、自身の顔がさらに熱を持ったのを感じた。
「あー、こらアカンで!エリちゃん、風邪でもひいたんか!」
アカネは詰め寄ると、心配した様子でエリの顔に手を触れた。
エリはアカネの肉球の感触を楽しみつつも、彼女が何を言いたいのかを理解した。
自分の恥ずかしさが、表に出てしまったらしい。
そして、その様子が風邪で弱っているように、彼女には見えたようだ。
「え、えっと……その……」
エリは答えに困った。
本当の事を言う訳にはいかない。
でもだからといって、風邪をひいたと嘘をつき続けるわけにもいかない。
それはそれで、彼女を騙しているような気がするから。
「ちょっとニコル……」
「おい、いねぇぞ」
「んあ?ホンマや、どこへ行ったんや?」
アカネはニコルを呼ぼうとした。
そこをタクミからいないと言われ、彼女は辺りを見回した。
エリも見回す。
確かにいない。
ハナやミアもだ。
さっきまでニコルと一緒にいたはずなのに……
エリが不思議に思っている、そんな時だ。
工房、さっきのバーの辺りから変な声が聞こえた。
『ああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
その声は悲鳴のようだった。
どことなく、ミアに似ている声。
「な、なんや今の……」
「おい、今の山田の声じゃねぇか?」
アカネもタクミも今の声が気になるようだ。
エリもそうだ。
本当にそうだとしたら、ミアの身にいったい何があったのだろうか。エリは気になった。
「おい、行くぞ」
タクミはそう言うと、駆け出した。
方向から考えて、さっきのバーへ行く気らしい。
「ちょ、ちょい待ちぃ!」
アカネが後に続く。
「あ、待って!」
自分だけここにいる訳にもいかないので、エリも後に続いた。
二人とも足が速い。
自分が運動不足なだけかもしれないが。
きっとそうなのだろう。体の小さなタクミにさえ、全然追いつけないのだから。
早くも息を切らしながら、エリはそう痛感した。
結局二人からだいぶ遅れて、エリはバーの中へ入った。
やはり運動不足のようだ。息切れで苦しくて仕方がない。
そう思いながら入った瞬間、エリは鼻血を出した。
バーの中は異様な光景だった。
タクミは大量の鼻血を出したまま、仰向けに倒れて気絶していた。
アカネはその先で頭を抱えて立ち尽くしていた。
そしてアカネの目線の先には、ミアが仰向けに倒れて気絶していたが……
彼女はV字開脚をして、下半身丸出しだった。
うまいこと尾が丸まって、股間を隠していたが……とんでもなく、あられもない恰好だ。
「あら、どうしたの?」
ミアの傍にいたニコルは優しく声をかけてきた。
「あ、そのっ……変な声が聞こえてきて……えっと……」
エリは袖で鼻血を拭いながら、頑張って説明しようとした。
しかし、この異様な光景に口がうまく回らない。
ダメだ。自分ではうまく説明できない。
こういう時はアカネに任せよう。彼女は口がうまいから……
そう思ったエリはアカネに近寄り、袖を引っ張りながらアイコンタクトを試みた。
しかし、無駄だった。
アカネも気絶していた。
白目をむいて、半開きの口からはヨダレが流れている。
ついでに彼女もまた、鼻血を出していた。
「そう、驚かせて悪かったわね。でも、もう終わったから大丈夫よ」
エリがニコルの方を向くと、彼女は微笑みながら話していた。
「あの……何を……」
エリはたどたどしくも、ここであった事を聞き出そうとした。
「大したことないわ。ミアの手当てをしていただけよ。ね?ハナ?」
「うんっ。ミアちゃんはぁ、手当ての時にぃ、ビックリしちゃったんだよぉ~」
特に何でもない様子で、ニコルは説明し、ハナが簡単な補足をした。
「ねー。ちょっと大げさよねぇ?」
「う~ん。でもぉ、ハナはぁ注射が怖いしぃ、ミアちゃんの気持ちがぁ、少し分かるかもぉ……」
「あら、そうなの?大丈夫よ。何回かやってる内に、むしろ気持ちよくなっちゃうからね」
「む~、そぅかなぁ?そぅだといいなぁ……」
ハナとニコルはほのぼのとした様子で会話をしている。
この場の雰囲気には相応しくない光景だ。
正気じゃない。
エリはそう思った。
しかし自分もまた、その一人であると思った。
なぜなら、急に尿意を催してきたからだ。
いや、これは正常なのかもしれない。
本来はその場で失禁する所を、なんとか持ちこたえているのかもしれないからだ。
とにかく。
体がトイレを要求している。
早くトイレに行かなくては……このままでは、漏らしてしまう。
「あの……トイレってどこですか?」
エリは弱々しい声でニコルに訊ねた。
下腹部に両手を当てて、限界が近いことを強調させる。
「トイレ?それなら、すぐそこよ」
ニコルは指さして教えた。
そこはステージの隣の小部屋、さっきニコルが奥へ消えた扉のすぐ近くだ。
よく見ると、扉にトイレっぽいマークが描かれている。
「すいません……借ります!」
「いいけど、きれいに使いなさいよ」
ニコルの話はあまり聞かずに、エリはトイレへ駆け込んだ。
トイレの扉を開けてすぐに、洋式の便器があった。
扉を閉め、鍵をかけ、そして出す準備をする。
便座に腰かけ、最後の準備が整った瞬間、エリは苦しみから解放された。
「あっ……ああ……」
エリの心を極上の快楽が満たしていく。
そのまま昇天していまいそうだった。
「あ、そうだ」
エリは呟くと、今の感覚を心に刻もうと思った。
この感覚こそが、魔力回路へ魔力を通しやすくするコツらしいから。
「そっか……これってとても幸せな事だったんだ……」
エリは再び呟いた。
普段は気づかなかった。
小便を出すというのは、こんなに気持ちが良く、そして幸せな事だと。
そういえば参考書にこんな事が書いてあった気がする。
魔法は心で放つもの、と。
アカネはそれを分かっていて、あんな表現を……
彼女は凄い。エリは感心した。
「さて……」
エリは紙の準備を始めた。
すると、ふと疑問が浮かんだ。
ミアはいったい何をされたのだろう、と。
ニコルは『手当てをした』と言っていた。
いったいどんな手当てなのか、何のための手当てなのか。
二人の会話にも引っかかるものがあった。
『注射』、『何回かやってる内に、むしろ気持ちよくなる』。
言葉通りの意味か、いや、何かの隠語のような気がする。
切り取って折りたたんだ紙を揉みながら、エリはさらに考える。
そもそも、何故ミアは下半身を丸出しにしていたのだろう。
そして、何故彼女は気絶していたのだろう。
そう考えると『手当て』自体が、隠語であるような気がしてた。
『手当て』……『手当て』……『お医者さんごっこ』。
まさか……
拭こうとして股の間に入れた手が止まる。
エリの中で良からぬ妄想が膨らんだ。
いや、まさか、そんな……
しかし、あの場にいたのは、ミアの他はハナとニコルだけ。
ハナとニコル。種族は違うが、両者とも兎だ。
兎は性欲が強いことは有名な話。
となると……十分あり得る。
だとしたら、ミアはどうやってあんな状態に……
よほどハードな内容なのは間違いないが……
例えば、あれとか……これとか……
まさか、そんな事まで……
エリの妄想は膨らみ続け、暴走した。
そして……
「ぬっふぅ……」
エリは他所様のトイレで達した。
エリは罪悪感も感じていたが、大きな恍惚感の前にはチリに等しかった。




