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21 魔法の練習

 ハナ達は昼食を食べ終えると、一休みした。

 その後、裏庭へ戻った。


「さて、予告していた通り、今から杖無しの想像式詠唱法で魔法を使う練習をしてもらうわよ」

 横一列に並んだハナ達に対し、ニコルは両手を腰に当てながら言った。


「始める前に質問とかあるかしら?」

 ニコルはみんなに聞いた。


「は~い」

 ハナは元気よく挙手をした。


「あー、ハナ……というか、みんな。午前からずっと気になってたんだけど……」

 ニコルは困った様子で話し始めた。


「質問する時、挙手してたでしょ?この国で挙手する時は人差し指以外は立たせちゃダメよ。負の歴史を思い出させるから」

 ニコルは言い聞かせるようにそう話した。


「あ、はい」

 ハナ達は頷きながら返事をした。


 負の歴史……何だろう?

 ハナには分からなかった。


 世界史の授業で、昔のナイツが何か悪い事をしたのは知っている。

 しかし、歴史関係の授業はほとんど寝て過ごしていたから、詳しい事は分からない。

 とはいえ、負の歴史というくらいなのだから、良くない事なのだろう。


 ハナはそれ以上考えるのは止めた。

 そして、注意されたのだから、正しいやり方でやり直ししようと思った。


「は~い、質問ですぅ」

 ハナは人差し指を立てながら質問した。


「ええ、それでいいわ。それで、何かしら?」

 ニコルは納得した様子で質問を受け付けた。


「さっきぃ、ご飯を食べた所はぁ、何でぇ、バーみたいなんですかぁ?」

 ハナはずっと気になっていた事を、やっと聞くことができた。


「バーみたいじゃなくて、実際にバーもやってるのよ。副業ってヤツ」

 ニコルは答えた。


「ウチのバカ師匠が昔からバー経営に憧れててね。五年くらい前から思い切って始めちゃったのよ」

 彼女は迷惑そうに語る。


「昼は錬金術師の工房で、夕方からはバーってね。当の本人は、バーに専念したいからって昼は寝ているわ」

 そう話す彼女の話し方からは怒りと(あき)れが伝わってくる。


「ったく、混ぜ合わせる事以外無能なクセに……そのせいで、錬金術の仕事で埋め合わせて、どうにか全体の収益を黒字に保っている状態よ」

 彼女は頭を掻きむしりながら言うと、深くため息をついた。


 ハナには大人な話の事はよく分からないが、何となくニコルは苦労しているという事だけは理解できた。


「っていうか質問っていうのは、杖無しで魔法を使う事についてよ!このバカちん!」

 ニコルは急に怒った様子で言い、ハナに向けて手をかざした。

 彼女の手に文様が浮かび上がると、突然ハナの足の小指に激痛が走った。


「うーっ!」

 ハナはその場にしゃがみ込み、足の小指を手で覆った。

 まるでタンスの角にぶつけたような痛みだ。


「ふんっ。幻惑魔法の一種、幻痛の魔法よ」

 ニコルは鼻を鳴らしながら、今の魔法について説明した。


「あぁ……スンマセン、許したってや……」

 アカネが割って入った。


「言ったでしょ?許すのはさっきだけだって」

「せ、せやけど……ちょっとやり過ぎとちゃう?」

「そうかしら?彼女に与えたのは幻覚の痛みよ。実際にはどこも傷ついていないわ」

「いやー……そもそも痛みを与えるというのはちょっと……」

「痛くなければ、学習しないんじゃないかしら?まあ、いいわ」

 ニコルがそう言うと、急に痛みが消えた。

 ハナが頭だけを動かして前を見ると、ニコルは手を下ろしていた。


「ほら、解除してあげたわよ。もう痛くないでしょ?」

「……うん」

 ニコルの問いにハナは立ち上がりながら答えた。


「アナタの頭の弱さってのは、だいたい分かったわ。でも、それに甘えちゃダメ。できる範囲の中でしっかり考えなさい」

「……は~い」

 ハナはあまり納得がいかなかったが、とりあえず返事をした。


 ハナにとって、ニコルは母親よりずっと厳しい人だった。

 母親は決して怒らず、何が悪かったのかを丁寧に、そして優しく教えてくれた。

 そして良かった点はとことん褒めてくれる人だった。


 それに対し、ニコルは機嫌を損ねると、すぐに痛い事や怖い事をしてくる。

 そして、時々冷たい。

 ハナはニコルの事を嫌いとまではいかなくても、決して好きとは思えなかった。


「さて、他に質問は?」

 ニコルは再びみんなに聞いた。


「は、はい」

 今度はエリが人差し指を上げた。


「何かしら?」

「あの……さっきの休み時間の時に想像式詠唱法を試してみたんですけど、全然できなくて……何かコツってありますか?」

 エリはオドオドとした様子で質問した。


「そうねぇ……まずは、はっきりと想像する事。後、自発的に魔力を魔力回路へ通す事ね」

「魔力回路って何ですか?」

「はい、ミア。答えて」

 ハナはミアを見た。

 少し驚いた様子だが、午前の時ほどではない気がする。


「魔力回路というのは、魔力の通り道の事だ。血管みたいなものだと思えばいい」

「魔力の……通り道……」

「ああ、誰の体にもあるし、杖を使う時みたいに、自分の回路を延ばして他の何かと回路を接続するって事もできるんだ」

「私達って無意識の内に、そんな事をやってたんだ……」

「まあ、そういう事だな」

 エリはミアからの説明を真剣そうに聞いていた。

 一方ハナは、ところどころ聞き流しながら聞いていた。そして考えていた。


 魔力回路。

 確かに魔法を使う時、腕の中を何かが通り抜けるような感覚があった。

 それが自分の魔力だったらしい。

 魔力回路は腕にだけにしかないのだろうか。

 もしも他にもあるなら、いろいろと試してみたい。

 例えば、目からビームとか。


「ニコル、自発的に魔力を通すとはどういうことだ?」

 タクミが質問した。


「アナタ達の場合、呪文を唱えて魔法を使ってたわね?その方法だと、魔力が強制的に引っ張り出されるのよ」

「つまり、想像式詠唱法というのは、自分から魔力を出していかないとダメだということか」

「そうね。今までのは蛇口。これからやろうとしてるのは、クリーム絞りって思えばいいんじゃないかしら?」

「クリーム絞り?」

「ええ、想像力が口金。袋にたっぷり詰まったクリームが魔力。それを自分の力でギュッっとね」

「……なるほど」

 タクミはゆっくり頷いた。


「さ、理屈ばかり学んでも仕方ないわ。とりあえず、今の話を思い出しながら試してみて」

 ニコルはハナ達に呼びかけた。

 ハナ達は誰に言われたわけでもなく、隣同士で間隔を開け、ニコルに背を向けた。

 そして前方に手をかざす。


 ハナは水鉄砲の魔法を出そうと考えた。

 頭の中で、手から放水する様子を想像する。

 そして実際に出そうと、かざした右手に気を集中させる。

 すると消防士の放水のように、水が放たれた。


 やった。ハナは喜んだ。

 しかし、すぐに失敗したことに気づいた。

 右手には文様が浮かび上がっていない。

 つまり、これはいつものやり方だ。

 ハナはションボリとした。


 みんなはどうだろう。

 ハナは見回した。


 タクミとエリは、出たには出たが、とても弱々しい魔法だった。

 アカネは順調だった。魔法を何度も出していたが、出すたびに威力は上がっていっている。

 そしてミアは……


「くそっ……出ろ!出ろよ!」

 全く出せていないようだった。

 彼女の顔には焦りが見える。

 自分だけできていないことに苛立ちを感じているようだ。


 大丈夫だよ。自分もできていないから。

 ハナはミアにそう伝えようと、彼女に近づこうとした。

 すると、ニコルの呼ぶ声が聞こえた。


「ハナー、ミアー、ちょっとこっちへ来なさーい!」

 彼女の方を向くと、そう言いながら手招きをしていた。


 何だろう。

 ハナは不思議に思いながら、彼女の所へ行った。

 彼女の近くまで来ると、ミアが自分のすぐ隣に立った。


「何ですかぁ?」

 ハナはニコルに訊ねた。


「ちょっと待ってね……アカネー!タクミとエリに教えてあげてー!」

「任せときー!」

 ニコルの声にアカネは、大きく手を振りながら答えた。


「これでよし……っと。さて、二人に来てもらったのにはね、特別な話があるからよ」

「特別なぁ?」

 ハナは首を傾げた。


「ええ。まずはハナ。アナタには詠唱放棄式で鍛えてもらうわよ」

「どぉするのぉ?」

「簡単よ。アナタは今まで通りに魔法を使っていいわ。ただし、今まで以上に魔力を注ぐことを意識してみて」

「みんなとぉ、違うことしていいのぉ?」

「いいのよ。詠唱放棄式を使えるのは才能よ。才能は伸ばさないとね」

 ニコルはウィンクしてみせた。


 正直なところ、みんなと違うことをすることは、仲間外れにされているようで、ハナは気分がよくなかった。

 小学・中学の時にも、みんなとは違うことをさせられた事を思い出した。

 その時も、今と同じような気分になった。


 でも今回は、才能を伸ばすためだという。

 そう考えると、満更でもない気もする。

 だから、とりあえず言われた通りにやってみよう。

 ハナはそう思った。


「うん、わかった」

「素直でよろしい。それじゃあ始めてね」

 ハナが頷きながら答えると、ニコルは微笑みながら、そう言った。


 ハナは今の位置から少しだけ離れて練習を始めた。

 それは、ミアとニコルの会話を盗み聞きするためだ。

 ミアには何を話すのだろうか。気になって仕方がないからだ。

 ハナは適当に魔法を出しながら、二人の方へ聞き耳を立てた。


「さて、アナタにはいろいろ聞きたいことがあるけれど……」

 ニコルの声が聞こえる。


「え?」

 ミアの声には不安が感じられた。


「とりあえず、どうしてもったいない事をしたのか教えてもらっていいかしら?」

「もったいない?何の話だ?」

 何の話だろう。

 ハナは気になった。


「知ってるんでしょ?ユニコーンは純潔の乙女しか好まない。それは素材になっても変わらないって事」

「知ってる。でもそれがいったい……」

「知ってるのに、どうしてエッチしちゃったわけ?」

「エッ……はぁ?」

 ハナはさりげなくミアを見た。

 鼻血を出しながら、狼狽(うろた)えている。


 どうしてそんなリアクションをしているのだろう。

 エッチ自体は恥ずかしくないことのはずなのに。

 ハナは不思議で仕方がなかった。


「アナタの実力を見せてもらった時に、杖に拒絶反応があったわ」

「そういえば、いつもと違って、何か詰まったような感覚が……」

「その言い方だと、エッチしたのは、つい最近のようね」

「い、いや、してないって!」

「じゃあ、杖の拒絶反応はどう説明するつもり?」

「で、でも、全然身に覚えが……」

 ミアはとても困っているように見える。


 別に隠すようなことじゃないよ。

 ハナはミアにそう伝えたくなった。


 ハナ自身、経験はそこそこある。

 誰からも聞かれたことがなかったから、言わなかっただけだ。

 聞かれたならば、すぐにでも語ることができる。


「とにかく!杖が拒絶反応を示している以上、アナタは純潔じゃないって事は明らかよ!」

「そんな……ん?純潔?」

「どうしたの?」

「純……潔……、ジュン……ケツ……、ケツ!」

「え?何?」

「なぁ、尻ってカウントされるか?」

「もちろんカウントされるわよ。って、そっち?」

 ニコルは意外そうな声を出す。


 そっちの方だったのか。

 ハナはちょっとショックだった。


 ハナには挿れていい穴と悪い穴の区別がある。

 そして、そっちの方は悪い穴だ。

 だから、ミアは悪い経験をしたのだとハナは思った。


「実は……昨日、魔剣術の練習で魔剣を尻に刺されて……」

「あー、なるほどね。それが杖から純潔じゃなくなったって判定を受けたわけね」

 ニコルは今の話で納得した様子だった。


 ハナには魔剣術も魔剣も分からない。

 でも、カンチョーみたいな事をされてしまったのは分かった。

 そして、それによってミアは杖に嫌われてしまった事も分かった。


 なんだか可哀想な話だ。

 後でお尻を撫でてあげよう。

 痛い所は優しく撫でる。それがハナなりの優しさだ。


「でも、魔剣を刺された割には怪我は無さそうだけど」

「ああ、模擬杖の魔剣なんだ。怪我はしないけど痛みだけはあるヤツだ」

「ふぅん。よく分からないけど、それはきっと幻痛の魔法を魔剣っぽくしたものね」

「幻痛……さっきハナに使ったアレか?」

「ええ、そうよ。ところで、痛みはまだあるかしら?」

「ああ、痔の体験を現在進行形さ……」

「そう、じゃあ手当てして……ちょっと、ハナ!何サボってんの!」

「ほえ?」

 ニコルに怒られて、ハナは意識を引き戻された。


 知らないうちに、ハナは二人の会話を聞く事に集中していたらしい。

 気がつくと、ハナは魔法の練習を中止し、二人の方のずっと向いていた。


「ええか?もう一度言うで!小便や!手から小便を出す感覚やで!こう……ジョバァーっと」

「天王寺!だから、もっとマシは表現はできねぇのか!」

 向こうの方でアカネとタクミの声が聞こえた。

 こっちの方で会話が止まったためか、よく聞こえる。


「お、おい。ハナ……まさか今の話……」

「うん、聞いてたよぉ」

 不安げな様子で問うミアに、ハナは正直に答えた。


「頼む!みんなには秘密にしといてくれ!」

「いいよぉ。でもぉ、どぅして?」

 両手を合わせて懇願するミアに、ハナは首を傾げながら訊ねた。


「恥ずかしいからに決まってんだろ!」

「ええ~、そぅかなぁ?」

 ハナにはミアが何故そう思うのか分からなかった。


 ハナの感覚としては、ミアの体験談は恥ずかしい事とは言えなかった。

 ちょっとした、不幸な話。

 ガールズトークでネタにできるような話だ。


 自分がミアの立場だったら、昨日の夕食の時点でみんなに話していただろう。

 ハナはそう思った。


「まぁいいやぁ、ミアちゃんが秘密にしたいならぁ、ハナは誰にも言わないよぉ」

「そうか……スマン」

 ハナがそう言うと、ミアは安心した様子で息を吐いた。


「ちょっと、ハナぁ……サボった上に盗み聞きなんてダメ中のダメでしょ?」

「ご、ごめんなさい。だから、痛いの、止めて……」

 ニコルはハナを咎めた。

 その言葉にハナは体を丸めながら謝り、そして許しを求めた。


 ハナはさっきの制裁を思い出した。

 あの時よりも、もっと痛い事をされてしまうのだろうか。

 それは絶対嫌だった。


「まあ、いいわ。その代わり、ちょっと手伝ってもらえるかしら?」

「手伝い?」

 ハナは顔を上げてニコルを見た。


「詳しい事は後で話すから、ついて来なさい。ミアもね」

 そう言ってニコルは歩き始めた。


 ハナとミアは少しの間、顔を見合わせた。

 ハナには何をするのか分からなかったが、ミアの様子から見て、彼女も同じである事が読み取れた。


「……行くか」

「……うん」

 ハナとミアは彼女の後を追った。


 いったい何をするのだろう。

 ハナは気になって仕方がなかった。

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