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18 魔法の術式

 タクミは怒りに燃えていた。

 目の前でミアが暴力を受けたからだ。

 今すぐにでも、あのクソ女をボコボコにしたい。

 そんな思いが炎のように湧き上がる。


 しかし、今はミアの方が気になる。

 彼女が無事か確かめたい。

 そのためにも、自分を抑えているアカネが邪魔だ。

 そう思ったタクミは激しくもがいた。


「はッ!なッ!せッ!」

「う、うわっ!」

 激しい抵抗にアカネは手を離す。

 そしてその隙にと、タクミはミアの元へ駆け寄った。


「おい山田!大丈夫か?」

 タクミはミアに話しかけた。

 彼女からの返事は無い。


 彼女は倒れたまま、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 喉を抑えて、荒く呼吸をしている。

 混乱しているのかもしれない。

 いきなりあんな事をされたのだ、当然だろう。


「山田。もう大丈夫だ。安心しろ」

 タクミはミアの頭の近くで片膝をついた。

 そして彼女の頭を優しく撫でながら、杖を一本取り出す。


スティミス(鎮静)

 タクミは杖を振り、呪文と共に先端をミアに向けた。

 若草色の閃光が放たれる。

 彼女はそれを受けると、深く息を吐いた。

 落ち着いたらしい。


 鎮静の魔法には、心を落ち着かせる他にも、痛みを和らげる効果もある。

 参考書から学んだ知識だ。

 こういう時のために練習しておいて正解だった。

 安心したタクミは息を吐いた。


「タっ君……」

 ミアはタクミの方を見ながら、ゆっくりと起きようとした。


「まだ起きるな。もう少しそのままでいろ」

 『タっ君』とは言われたくないが、今回は不問にしてやろう。

 タクミはそう思いながら、再び彼女の頭を撫でた。


 撫でながら、タクミはさらに怒りに燃えた。

 復讐だ。

 彼女をこんな目に遭わせたクソ女に復讐しなくては。

 タクミは杖をもう一本取り出すと、ニコルの方を向いた。


 すると目の前に、手のひらがあった。

 その手のひらから、若草色の閃光が放たれる。


 うおっ、眩しいっ。

 タクミは思わず目を閉じた。


「鎮静の魔法はアナタにも必要ね」

 手のひらの主と思わしき声が聞こえた。

 この声は……ニコルだ。


 やられた。

 復讐心が薄れていく。

 もう、彼女を、憎め、ない……


「みんな見てた?今のが想像式詠唱法よ。こんなふうに、魔法を使うための術式にはいろいろあるの」

 タクミが目を開けると、ニコルはアカネ達の方を向いて、説明していた。


 どうやら、実験台にされてしまったらしい。

 悔しい。しかし、その思いも今の自分には保てない。

 鎮静の魔法は、こういう使い方をされると厄介だ。

 タクミは腹立たしさを感じたが、魔法の効果ですぐにその気持ちは薄れていった。


「ふぅん、杖を使(つこ)ぉてへんし、呪文も唱えてへん。ホンマに、ウチらとは全然違うなぁ」

 アカネはこちらを気にする様子がなく、今の魔法に感心していた。


「あのぅ……今のは何を想像して放ったんですか?」

 エリがニコルに質問した。彼女もこちらを気にする様子はない。


「コーヒーを飲みながらのゆったりとした休憩時間よ。でも重要なのは、自分がそう思える物を想像することなの」

「つまり、安らげるような想像なら、何でもいいってことですか?」

「まあ、そういう事ね。ところでエリなら何を想像するのかしら?」

「それは……秘密ですぅ」

 エリはニコルとの会話を楽しんでいるように見えた。

 まるで友達のようだ。


 タクミは心の中で舌打ちした。

 アカネもハナもニコルの話に集中しているように見える。

 こっちのことは放ったらかしにしておいて、なんて薄情なんだろう。


 それにしても、今の会話で想像式詠唱法というものが何なのか分かったような気がする。

 魔法を使うためには、詠唱が必要だ。

 今までは詠唱イコール呪文だと思っていたが、そうではない。

 想像する行為を詠唱とみなす。これが想像式詠唱法なのだろう。


「あ、そうそう。実験に協力してくれてありがと。二人とも、列に戻ってちょうだい」

 タクミが考察していると、ニコルが話しかけてきた。


 タクミはミアと見合わせた。

 ポカンとした表情。

 たぶん彼女の視点では、同じ表情をした自分の顔が見えているはずだ。


 普段だったら、ふざけるなとニコルに怒鳴っていただろう。

 しかし、自分達は鎮静の魔法の術中にある。

 心は平常に保たれ、激しい感情を出すことができない。


 そう思ったタクミは、ミアに向かって頷いた。

 彼女も同じように頷く。


 戻ろう。今はそうするしかない。

 そう目で会話を済ませ、二人は列へ戻った。


 戻ったタクミは思った。

 ニコル。今の自分では彼女には絶対勝てない。

 さっきの暴力は突発的なものではなかった。

 全て彼女の計算通り。

 自分を実験台にするための、策略。


 いや、考え過ぎだろうか。

 しかし、暴力が突発的なものだったとしても、ここまで繋げられるとは、たいした頭脳だ。

 やはり、彼女には勝てそうにない。

 タクミは悔しさを感じた。


「にしても、ハナちゃん。普段からそないな事して魔法出してたんか」

 アカネがハナに話しかけた。


 そういえば、ハナ。

 彼女はいつも、自分達とは違う方法で魔法を使っていた。

 タクミは思い出した。


 確か、彼女が初めて魔術部に来た時だ。

 ミア達が魔法を使う様子を見て、やってみると言い出した。

 そして手を前に出して、エイと言うと魔法が出てしまった。

 それから彼女は、その方法を続けている。


 当時は彼女は特別なんだと思っていた。

 しかし、今の話を聞くと、無意識の内に想像式詠唱法を使っていたのかもしれない。


「あら?そういえばアナタの魔法はまだ見ていなかったわね。できるの?想像式詠唱法で」

「う~んとぉ、よく分かんないけどぉ、やってみる!」

 ハナはそう言って前へ出ると、カカシの方を向いた。

 両手を前に出し、構える。


「ていっ!」

 彼女の掛け声と共に、両手から火炎が放たれた。

 火炎はカカシを一瞬で消し炭にし、一本足だけが残った。


「どお?」

 ニコルの方を向いた彼女は、自慢げに胸をそらした。

 顔も得意げな表情になっている。


「うーん……力は認めるけど、ちょっと違うわね」

 ニコルは腕を組み、難しそうな顔をする。


「違うのぉ?」

 ハナは首を傾げた。


 タクミも心の中で首を傾げる。

 ハナとニコルとでどこに違いがあるのだろうか。


「っていうか、何燃やしてんのよ!このバカちん!」

 ニコルはハナに対しチョップで制裁した。

 手が頭にめり込みそうな、鋭い一撃だ。


「痛ぁ~いぃ!」

 ハナは涙を流しながら、両手で頭を押さえた。


「す、スンマセン!ハナちゃん、見た目通り頭が足りへん子なんで……どうか、堪忍してや……」

 アカネがハナを(かば)うため、間に入った。


「あのねぇ、練習用の的だってタダじゃないの。例え、大量購入を条件に安く買い叩いた物にだって、代金が発生してるの」

 ニコルはフードを被ると、両手を腰に当て、威圧的な態度で話した。


 アカネは必死な様子で謝っている。

 ハナは泣き続けている。


 そんな彼女達の様子を見ながら、タクミは思った。

 あのカカシは外注品だったのか、と。

 てっきり彼女の手作りかと思っていた。

 言われてみれば、妙に造形が洗練されていた。

 ナイツは職人の宝庫と呼ばれているくらいだ。きっとカカシ職人が作った物なのだろう。


「ああ、もう!わかった!今回は許すし、弁償も求めない!本当に今回だけなんだからね!」

「ほんま、スンマセン。おおきに……」

 ニコルの声でタクミは意識を引き戻された。

 どうやら話は終わったらしい。


 ニコルはフードを外すと、ため息をついた。

 そしてハナを見ると、再びため息をついた。


「ぅえ~ん……ヒグッ……ヒグッ」

「もう、何時まで泣いてんの?女だからって、そんな簡単に涙を見せちゃダメじゃない」

 ハナはまだ泣いていた。

 それをニコルが宥めようとする。


「うっ……うっ……」

「……わかったわよ。強く叩いて悪かったわ。ほら、コレあげるから、もう泣かないで……」

 ニコルはそう言うと、自身のバストの谷間に左手を突っ込んだ。

 そして何かを探るような動きをすると、手を引き抜いた。

 その手の先には、緑色の小さな球体があった。


「何……コレ……」

「『治癒のアメ』よ。小さな怪我ぐらいだったら、治してくれるアメなの」

 ニコルはハナの手を取ると、彼女の手の中にアメを置いた。


「コレをしばらく舐めていれば、痛みも消えていくわ」

「分かった……ありがとう……」

 ハナはアメを口に入れた。

 ニコルはハナの頭を優しく撫でた。


「……メロン味」

「そうよ」

「……ハナ、コレ好き」

「そう?よかった」

 ニコルはハナの頭を撫で続けながら、優しく微笑んだ。


 鬼の目にも何とやら……か。

 タクミはそう思いながら、ミアとの扱いの違いは何なのかと考えた。


「さて、じゃあ話を戻すわよ」

「……うん」

 ニコルは撫でるのを止めると、一歩後退しながらハナに話した。

 ハナは彼女の話に頷いた。


「アナタのは……詠唱放棄式ね」

「……それなぁに?」

「名前の通り、詠唱行為を捨てて力任せに魔法を出す術式よ。素の力は弱いけど、魔力をたっぷり注いで威力を上げるのが特徴ね」

「何やそれ!無茶苦茶やないかい!」

 二人の話にアカネが割って入る。


「そうね。だから、この術式はやろうと思ってできるものじゃないわ。その才能がある者だけが使えるの。そういう意味で、ハナは特別ね」

「才能かぁー、何かええなぁ」

 アカネは少し(うらや)ましそうな顔をしてハナを見た。


「あのっ……今のはどうやって見分けてたんですか?」

 エリが質問する。


「あら?さっきの、見てなかったの?」

「ご、ごめんなさい……見ましたけど、よく分からなくて……」

 ニコルの質問にエリはおどおどしながら答えた。

 優しい一面も見せたとはいえ、暴力があった後だ、そういう反応をするのは当然だろう。


「……仕方ないわねぇ。じゃあ、もう一回だけ見せてあげるわ」

 ニコルはため息混じりに言うと、左手を前に出し、手のひらを上に向けた。


「一……二……三っ!」

 彼女の手のひらに火が灯った。

 よく見ると、彼女の左手には文様のようなものが浮かび上がっている。


「見える?この文様みたいなのが、想像式詠唱法の証よ」

 彼女は右手で指しながら話す。


「あ、ありがとうございますっ!」

 エリは礼を言った。

 ニコルは口角を少し上げると、火を消した。


 なるほど、そういうところで見分けていたのか。

 疑問が解けて、タクミは少しスッキリした。


 しかし、一番大事な疑問がまだ残っている。

 誰も質問する様子は無い。

 自分がやるしかないようだ。

 そう思ったタクミは質問した。


「ところで、さっき言ってたロングラウンド式というのはどういうものだ?」

「あら?普段使っている術式なんでしょ?質問する意味あるの?」

「ある。俺達は正体を知らずに使ってきた。ここでハッキリさせないと気持ちが悪い」

「まっ、それもそうね。じゃあ、教えるわ。……ミアがね」

 タクミはミアを見た。

 聞いてない。そう訴えているようにしか見えない、驚いた顔をしていた。

 ついでに鼻血も出ていた。そこから、彼女がいかに動揺しているのかが、よく分かる。


「ほら、答えなさいよ。アナタが教えたんでしょ?」

 ニコルは意地悪そうな笑みを浮かべる。


「え、えっと……」

 ミアはティッシュで鼻血を拭きながら、話し始めた。


「ロングラウンド式は、ロングラウンド国発祥の伝統的な術式で……現在でも国内の魔術師は……」

「いいから、そういう情報は。術式の説明をしなさい」

 ニコルはミアを睨むと、左手を彼女に向けた。

 ミアは小さく悲鳴を上げた。


 余計な事を言ったら撃つ。

 ニコルの行動からは、そんなメッセージしか受け取れない。


「ろ、ロングラウンド式は……ふ、複合式の術式……。杖のき、軌道とじゅ、呪文の二種類の詠唱により、放たれる、魔法は、大きく……」

 ミアはたどたどしく説明した。

 恐怖で口がうまく回らないのだろう。

 鎮静の魔法の効果が切れたのか、それとも魔法の効果を上回る程の恐怖か。


「はい、よくできました」

 ニコルがそう言った瞬間、彼女の左手に文様が浮かび上がった。


 マズい。来る。

 タクミは素早くミアの前に出た。


 本当は盾の魔法を使って防ぐべきだが、間に合わない。

 こうなったら自分が盾になってでも守らなくては。

 そう思った上での行動だった。


 ニコルの左手から魔法が放たれる。

 液状の何かが迫ってくる。

 それが、全身にかかる。


 冷たい。

 これは……水だ。

 ただの冷水。


「冷たっ!」

 タクミの背後で声がした。

 ミアにも冷水がかかってしまったらしい。


 タクミはここで、重大な判断ミスに気がついた。

 彼女との身長差を考えていなかった。

 彼女は自分よりも、ずっと身長が高い。

 これでは、彼女を全く守れない。

 単なるやられ損だ。


「今のはお仕置きよ。今までみんなに教えなかった分のね」

 ニコルは意地悪そうな笑みを浮かべる。


「ところでタクミ。アナタ、いったい何がしたかったの?」

「……何でもない。気にするな」

 タクミはニコルの問いに答えながら、列に戻った。


 きっと彼女は分かって聞いてきたのだろう。

 なんて意地の悪い女なんだ。


 タクミは再び彼女を憎もうとした。

 しかし、まだ鎮静の魔法の術中にあるため、できなかった。


 それにしても、学生服をズブ濡れにしてしまうとは。

 困った。これは乾くのに時間がかかる。

 後でハナに頼んで乾かしてもらうか。

 しかし、そのためには、あの突風に耐えなくてはならない。

 仕方ない。背に腹は代えられない。


 今タクミに考えられるのは、学生服の心配だけであった。


「さて、今の説明で分かったと思うけど、アナタ達は二種類の詠唱を一度に使っていたの」

「杖の軌道と呪文やったな?」

「そう。つまり、どちらか片方だけでも魔法を放つことはできるってわけ」

「やってみて、ええ?」

「ええ、どうぞ」

 アカネは杖を取り出した。

 杖を振り、先端を真上に向ける。

 呪文は唱えない。その代わり、何かを強く念じた様子でフンと\(りき)む。

 すると杖の先から水が噴射された。


「おお、ホンマや」

「次は呪文だけでやってみなさい」

「おっしゃ、アクロブラス(水の放射)っ!」

 アカネは杖の先端を真上に向けたまま、呪文を唱えた。

 すると、さっきと同じように、杖の先から水が噴射された。


「どっちも、ホンマにできたわ!」

 アカネは嬉しそうだ。


「でしょ?威力は落ちるけど、どちらかにした方が隙が少なくて使いやすいわ」

「隙?」

「ええ。破壊魔法、つまり攻撃用の魔法を使えるってことは、何かと戦う気なんでしょ?」

「いや……別にそういうわけじゃ……」

「そう?でも知っておいて損は無いわよ。ナイツはヤマト程安全な国ではないんだから」

「そ、そうなん?」

「ええ。自分の身くらい守れないとね」

 不安そうにするアカネに対し、ニコルは片目でウィンクしてみせた。


 そんな二人を見ながら、タクミは考えた。

 同じ魔法を使うにしても、術式次第で威力は変わる。

 おそらく、面倒くさい術式である程に威力が出るのではないだろうか。

 今後の課題として、他にどんな術式があるのか調べた方がいいだろう。


「さて、術式の説明はこのくらいにさせてもらうわ」

「えー、もう終わりかいな」

「言ったでしょ?今日一日しかアナタ達の相手をしてあげられないって」

「せやけど……」

「他の術式が気になるなら、後でネットや図書館で調べなさい。それも勉強でしょ?」

 アカネは残念そうに肩を落とした。

 どうやら術式に興味を持ったのは、自分だけではないらしい。


「それに、今日中に後一つ、最低限教えておきたい事があるのよ」

「何やそれ?」

「杖についてよ」

「杖?」

「ええ。アナタ達、杖について理解が足りてないみたいだしね」


 杖か。

 そういえば、あまり考えた事が無い気がする。

 理解が足りていないというならば、しっかり学ばなくてはいけない。

 やはり、ここに来て正解だった。


 タクミがそう考えていると、ニコルは杖の話を始めた。

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