17 実力チェック
次の日の朝、アカネとハナは『青い月』へみんなを連れて行った。
着いた時には、約束の時間の五分前くらい。
すでにニコルは工房の前で待っていて、すぐに顔合わせに移った。
「この姉ちゃんがニコルや。今日の先生なわけやし、みんな挨拶しとき」
「よろしくお願いします!」
学生服姿のアカネ達はニコルに挨拶をした。
胸の前で両手を合わせ、お辞儀をする。
ヤマト国での伝統的な挨拶だ。
「はい、どうも。じゃあ、一列に並んでパスを出しなさい」
腕を組んだまま、ニコルは指示を出した。
アカネ達は指示通りに縦一列に並んだ。
「えー、『タクミ・コバヤシ』」
先頭に立ったのはタクミだった。
ニコルは学生証で名前を確認してから、パスにサインを書き込んだ。
「よろしく頼む」
「はい、よろしく。次!」
こんな調子で、彼女はパスにサインを書いていった。
「『ミア・ヤマダ』」
「……お願いします」
「はいはい。次!」
「『エリ・トヅカ』」
「ど、どうも……」
「はい、ドーモドーモ。次!」
「『ハナ・イトー』」
「およ?『ハナ』って言えてる?」
「翻訳機のおかげでそう『聞こえ』ているだけよ。どうでもいい事は質問しないで。次!」
アカネの番になった。
アカネはパスをニコルに差し出す。
すると彼女は学生証を見ることなく、サインを書き始めた。
「あなたが『アカネ・テンノージ』ね?アンから聞いたわ」
サインを書きながらニコルは訊ねる。
「あ、せや。ウチがアカネや」
「ずいぶん面白い人だそうね?楽しみにしているわ」
ニコルにそう言われてアカネは少しだけ嬉しくなった。
面白い人。
ハンス。彼は無愛想だが、お笑いのセンスは理解してくれたらしい。
もしかすると、彼はシャイなだけなのだろうか。
そう思うと、アカネは彼に少しだけ親しみを感じた。
「はい、どうぞ」
「おおきに」
アカネはニコルからパスを受け取った。
しかし、何故かニコルは手を放そうとはしない。
「え?ちょ……」
「ところで……一つ質問があるんだけど」
彼女の口調が変わった。
冷ややかで、怒りを帯びた声。
「は、はい?」
「確か昨日、来たのは二人だったわよね?」
「せ、せやで」
「どうして今日になったら、五人に増えてるのかしらねぇ?」
「え、えっと……昨日帰った後、みんなに言ぅたんや……そしたらみんな行きたいって……」
「あら、みんな勤勉ねぇ?」
「せ、せやろ?ウチも負けへんようにせんと……」
「で?どうして人数が増えた事を連絡しなかったわけ?」
ニコルは片手でフードを被ると、アカネに一歩詰め寄った。
顔の上半分が影に隠れる中、目だけがはっきりと見えた。
その目はつりあがっている。これは、間違いなく怒っている。
「え、え?」
「昨日二人で来たんだから、今日も二人で来るものだと普通は考えるでしょ?」
「せ、せやけど、電話番号知らへんし……」
「店の名前は教えたわよね?だったらネットとかで調べたら、すぐ分かるわよね?」
「えっと……その……スンマセン」
「ふん」
突然足に激痛が走った。
アカネは自分の足を見る。
つま先を、踏まれている。
「大学生なんだから、そのくらい考えて」
「いっ……」
踏む力が強くなる。その上、グリグリとされている。
「次からは気をつけなさいよ」
「は、はい……」
ニコルは踏むのを止めた。
彼女はやはり恐ろしい。アカネは改めてそう思った。
彼女の機嫌を損ねることのないよう、気をつけて行動しなくてはいけない。
アカネは用心しようと心に決めた。
「さて、これで全員ね?じゃあ、ついてきなさい」
ニコルはフードを外しながら、アカネ達に呼びかけた。
そして彼女が移動を始めたので、アカネ達は後に続いた。
ついていった先は、裏庭だった。
一面は芝生で覆われ、カカシが一本だけ立っている。
「ここは?」
「ここで魔法の練習をしたりとか、錬金術で作った物の威力を試すとか……まあ、そういうところよ」
タクミの問いにニコルが答えた。
「さて、みんな。もう一度一列に並んでくれるかしら」
ニコルの指示に従い、アカネ達は再び並んだ。
ただし、さっきとは順番は違う。
「それじゃあ今から、みんなの実力を見させてもらうわ」
ニコルはカカシを指さした。
「順番にアレへ魔法を放ってみせて」
ニコルの指示を受け、先頭に立っていたミアが、一歩前に出た。
杖を取り出し、振り、先端をカカシに向ける。
「エアブルっ!」
彼女が呪文を唱えると、杖の先から空気弾が放たれた。
しかし、どういうわけか、いつもよりも威力が弱そうに見えた。
実際、空気弾が当たったカカシは、カサリと音を立てるだけだった。
「ダメね」
ニコルは厳しい評価を下した。
「ま、待ってくれ!もう一度やらせてくれ!」
今の魔法に納得がいかなかったのだろう。ミアはニコルに頼んだ。
「後一回だけよ。次が閊えているんだから」
「わ、分かった……」
ミアはカカシの方に向き直ると、深呼吸をした。
そして再び、杖を振り、先端をカカシに向けた。
「エアブルっ!」
彼女は呪文を唱えた。さっきよりは気合の入った声だ。
杖の先から空気弾が放たれた。
さっきよりは威力はあった。しかし、それでも、カカシから藁を少し散らす程度だった。
「そんな……何で……」
「もういいかしら?ほら、次の人に代わりなさい」
ミアは納得いかない様子だったが、おとなしく退いた。
「ミアちゃん、どうしたんだろう?」
アカネの前に立っていたエリが、振り返って話しかけてきた。
心配そうな顔をしている。
「さぁ……本番に弱いんとちゃう?」
アカネは首を傾げながら答えた。
確かに気になるが、今はそのくらいしか考えられなかった。
「俺の番だな」
次に前に出たのはタクミだった。
彼は両手に杖を持っていた。
彼は二丁拳銃ならぬ二本杖の使い手を自称している。
左右対称に杖を振り、カカシに先端を向ける。
「アルスブルっ!」
彼が呪文を唱えると、両方の杖の先に、土や小石が集まりだした。
そしてあっという間に、球状になった。大きさはだいたい、野球の球くらいだ。
「ハッ!」
彼の声を合図に、二つの球は勢いよく放たれた。
そしてカカシに命中すると、藁の体は少しヘコみ、いくつかの小石がめり込んだ。
「まあまあね。次!」
ニコルの評価を受けながらタクミは退いた。
次はエリが前へ出る。
「フロンパイリっ!」
杖を振って唱えた呪文は、氷柱を放つ魔法だった。
数本の氷柱が放たれ、カカシに突き刺さる。
「やるわね。次!」
エリはニコルに一礼してから退いた。
ついにアカネの番になった。
アカネは何を放つか悩んでいた。
できればカブりたくない。
しかし、火の魔法を使って燃やしたら、ニコルはきっと怒るだろう。
それ以外の魔法でも、カカシを大破させるような魔法を使ったら、彼女は怒るだろう。
仕方ない。ここは水鉄砲の魔法にしておこう。
そう考えたアカネは前へ出ると杖を取り出した。
杖を振り、先端をカカシに向ける。
「アクロブラ……」
「はい、止め!」
呪文を唱えようとすると、ニコルが急に止めた。
「悪いけど一旦中止。横一列に並んで」
みんなは不思議そうな顔をして、指示通りに動いた。
アカネもよく分からないまま、並ぶ。
「さっきから見ていて、ちょっと気になることがあるんだけど……」
腕組みしながらニコルは話し始める。
「みんなロングラウンド式を使ってるけど、何かこだわりでもあるわけ?」
アカネには彼女の質問の意味が分からなかった。
エリやタクミの方を見てみる。
二人ともこっちを見返していた。彼らも分かっていないらしい。
「え?ちょっと!何?ロングラウンド式が何かわからないの?」
ニコルにとっては予想外だったらしい。少し焦っている。
「分かりません」
「分からん」
「知らん」
アカネ達は口々に答えた。
「ちょ、知らないって……じゃあ、魔法の使い方はどうやって覚えたのよ!」
「アタシが教えたんだ」
動揺するニコルに対し、ミアが一歩前に出た。
そうだ、彼女が教えてくれたんだ。
アカネは昔を思い出した。
アカネが高校に入学したばかりの時、クラブはなるべくヒマそうな所を探していた。
理由は簡単。バイトに専念したいから。
そのためにも幽霊部員になっても咎められない所に入りたかった。
そこで入部したのが魔術部だった。
何しろ部員はタクミ一人。これ以上にない好条件だった。
しかし、入部してみると状況は一転した。
ミアがクラブの立て直しを図りたいと、動いたからだ。
そして頼んでもいないのに、彼女は魔法の使い方を教えてきた。
最初は迷惑だと思った。でも、実際にやってみて面白いと思った。
その後自分は、ミアからいろいろな魔法を教わった。
本来の計画と異なり、バイトとの両立は大変だったが、それでも楽しかった。
途中で錬金術の方に興味が移ってしまったが、原点は彼女だ。
彼女がいなければ、今の自分はいなかっただろう。
「へぇ、アナタがねぇ」
ニコルの声でアカネは意識を引き戻された。
「ミア……だっけ?もうちょっと……私の前に来てもらえるかしら?」
ミアは言う通りにした。
「しゃがんで」
「こ、こうか?」
ニコルに言われ、ミアは軽く膝を曲げた。
「もう少し」
「これでどうだ?」
ミアはさらに膝を曲げた。
頭の位置がちょうどニコルと同じくらいになった。
「ええ、いいわ。最高よ」
ニコルは微笑んだ。
しかし次の瞬間、衝撃的な光景がアカネ達の前で起きた。
「みんなに何教えとんじゃ!このバカちんがァァァァァァァ!」
「モルダァァァァァァァァァァ!!!」
ニコルはミアに地獄突きを放った。
鋭い突きがミアの喉へ綺麗に入る。
ミアは奇声を上げながら喉を押さえ、前のめりに倒れこんだ。
ニコルは巻き込まれないよう、後退してこれを避ける。
「な、何をする貴様ァァァァァァァァァ!!!許さんッ!!!」
突然の暴力にタクミはキレた。
「ふぅ、ごめんなさい。彼女の教え方がダメ過ぎて、つい手が出ちゃったの」
さっきとは打って変わって、ニコルは冷静な態度になっていた。
今の暴力でスッキリしたとでもいうのだろうか。
「ちょ、ちょい待ち!ミアちゃんの教え方がダメってどういうことや!」
ニコルを攻撃しようとするタクミを抑えつつ、アカネは聞いた。
「彼女は偏った内容を教えてきたのよ。必須な知識も技術も、アナタ達には全然足りないの」
「そ、そんな……」
受け入れがたい事実を聞かされ、エリはショックを受けているようだった。
それはアカネもだった。
自分達はミアの言った事を信じてきた。
それが今、否定されてしまった。
そう思ったアカネは、心に穴が開いたような気分になった。
「というわけで、何を教えるか決まったわ。まずは術式について教えるとしましょうか」
そう言ってニコルはニヤリと笑った。
その笑顔に、アカネは悪寒を感じた。
教えてくれるのはありがたいが、今の光景を思うと何か嫌な予感がしたからだ。
しかし、どう思おうが授業は進む。
アカネはそれについていくしかなかった。




