14 まさかのチャンス
迷子になったハナ達は、ストラップに導かれながら歩いていた。
アカネから借りた、たこ焼きストラップだ。
ハナはそれを使ってダウジングしている。
ダウジングによって、ストラップはハナを引っ張っている。
その引っ張っている方向に進めば、必ず目的地へ着く。
しかし、目的地までは遠かったらしい。
さっきから歩いているが、まだ着かない。
「なー、ハナちゃん」
「どうしたのぉ?」
「本当にこっちで大丈夫なん?」
「大丈夫だよぉ」
ストラップを見つめながら、ハナは呑気に返事をした。
アカネがそんな事を聞くのは、疲れてきたからだ。
ハナにもそれくらいは分かっていた。
それでも今は、ストラップが引っ張る方向へ進むだけ。
進んでいれば、いつかは着く。
だから、のんびり構えていればいい。
ハナはそう思っていた。
それにダウジングをこのように使った事は、今回が初めてではなかった。
例えば、中学生の修学旅行の時だ。
班別行動の際に、ハナは仲間とはぐれてしまった。
そんな時、今と同じような方法を使ったことで、無事に合流することができた。
だから、今回も大丈夫だという自信がハナにはあった。
それにしても……ハナはふと思う。
何時からだろう。ダウジングができるようになったのは。
少なくても、小学生の時にはできていたはず。
……思い出せない。忘れてしまった。
「ハナちゃん!聞いとるん?」
「ほえ?」
アカネに手を引っ張られて、ハナは意識を引き戻された。
ストラップから目を放し、彼女の方を向く。
彼女はちょっと不安そうな顔をしている。
「どんどん街から離れとるで!見てみぃ!」
アカネは両手を広げ、周囲を見るよう促した。
ハナは見回した。
彼女の言う通り、周りの景色はだいぶ寂しくなっていた。
都会っぽい大学がある所とは違い、ここは田舎っぽく見える。
さっきまでストラップばかりを見ていたため、この変化にハナは少し驚いた。
現在、ハナ達は橋の上に立っている。
大きな川にかかる、レンガでできた古そうな橋だ。
前を向けばより田舎っぽく、振り返れば少し都会っぽく景色が変わる。
「でもぉ、ストラップはこっちだってぇ……」
ハナは空いている方の手で、ストラップを指さす。
ストラップは、さらに田舎っぽい方向を指している。
「せやけど……」
そう言うアカネは、一層不安そうに見えた。
その様子を見て、ハナは少し悲しくなった。
以前、アカネの弟達のために、トレーディングカードのレア物を当ててあげた。
その事で彼女はダウジングを信用しているはずだったからだ。
とはいえ、彼女がそうする理由が分からないわけではなかった。
彼女が疲れている事は分かっているし、ハナ自身だって少し疲れてきた。
だから、何時になったら着くのかと不安になる気持ちがハナにも少しは理解できた。
早く着かなきゃ。ハナはそう思い、再びストラップを見つめる。
すると、ある事に気づいた。
「およ?」
「どないしたん?」
「目的地が……動いてる」
今まで歩いていたからか、ハナは全く気づかなかった。
ストラップは少しずつだが、引っ張る向きが変わっている。
「何やそれ?建物に足が生えて、その辺歩いてんと言うとんか?」
アカネは疑っているような声で聞いてきた。
ハナは想像してみた。
なんだか楽しそう。
でも違う。
こういう場合、何を意味しているか。
それをハナは知っている。
「ううん、目的地は『人』みたい」
ハナは再びアカネの方を向いて、答えた。
「『人』?」
「うん、ハナ達はぁ、誰かに会わなきゃいけないって」
「何やそれ?大学へ帰ろうとしてるんやなかったんか?」
「ううん、ハナ達はぁ、行かなきゃいけない所にぃ、向かってるんだよぉ」
「何や、帰んとちゃうんかい……」
アカネはガッカリした様子でため息をついた。
「アカネちゃんはぁ、大学へ戻りたかったのぉ?」
「いや、もうええ。ついでにソイツに道聞くわ……」
「じゃあ、行こっか」
二人は再び歩き出した。
するとすぐにストラップの引っ張る力が強くなってきた。
これは目的地が近い事を意味する。
「アカネちゃん!近いよ!」
「ホンマかいな!けっこう近くにおったんやなぁ!」
ハナはストラップを目の高さまで上げた。
こうすると誰を指しているのかよく分かる。
指しているのは……
「あの人だ!」
「誰や?」
「あそこの鹿の人」
ハナは前を歩いている鹿の男を指さした。
彼は190cmはありそうなくらい背が高い。
体は細く、しかし健康的でしっかりとした体付きをしている。
服装は緑のハーフパンツに白のTシャツ。全身の体毛は赤みがかった茶色をしている。
紙袋のような物を抱えているのが見える。買い物帰りなのかもしれない。
「アイツやな?」
「そうみたい」
「話しかけるんやら、口実が必要なや?ウチが道聞ぃたる。ええな?」
「うん」
二人は彼の元へ駆け寄った。
「なー、兄ちゃん。ちょっとええ?」
アカネが声をかける。
「……何かな?」
彼は止まると、ゆっくりとこちらの方を向いた。
その顔は可もなく不可もなくといったルックス。
マズルの先についている鼻は少し大きく、黒い目も大きい。
しかし、ハナにはそれ以上に気になる点があった。
それは彼の感情。
彼の声には何も感情がなかった。
そればかりか、彼の表情にも何も感じられない。
それがハナにはミステリアスに思えた。
「ウチら道に迷ってしまったんや。道教えてくれへん?」
アカネは両手を合わせてお願いした。
「……スマホを……使えばいいんじゃないかな?」
彼の対応は冷ややかだった。
「今使えへん。もー、兄ちゃんだけが頼りなんやぁ」
彼女は姿勢を変えない。
彼はしばらく、その様子を彼女の見つめた後、深いため息をついた。
「……わかった。じゃあ、これ持ってて」
彼は持っていた紙袋をアカネに持たせると、スマートフォンを取り出した。
「……行先は?」
少し操作した後、画面を見ながら彼は聞く。
「『アーベル魔術大学』や」
彼はアカネの話を聞きながら、入力を始めた。
「……『アーベル』……『大学』……大学?」
彼は入力するのを止め、アカネ達の方を見た。
『大学』という言葉に何か引っかかったらしい。
それでも彼の声や表情からは、感情は何も感じられない。
「どないした?」
「……君達、大学生なの?」
「せや。それが何やねん?」
「……いや、それっぽくないなって」
「ホンマやで!見てみぃ!」
アカネは探究フリーパスを取り出すと、彼に見せつけた。
ハナはその様子から、とある有名時代劇で印籠を見せつけるシーンを思い出した。
「『アカネ・テンノージ』……『自由探究学科所属』……」
彼は探究フリーパスの学生証の部分を読み上げ始めた。
「な?」
アカネは得意そうな顔をしてみせた。
「……そうか、君が自由探究学科の学生なんだ……」
「何や?自由探究学科の事知ってるんか?」
「ねー!アカネちゃん!」
もしかして、と思ったハナは口を挟んだ。
彼女の袖を引っ張り、注目させる。
「何や?」
「もしかしてぇ、この人はぁ、職人さんかもっ」
「え?ホンマ?」
二人は彼を見た。
「……まだ半人前だけどね。錬金術師の工房で働いているんだ」
彼は淡々とした口調で答える。
それを聞いた瞬間、二人はハイタッチした。
ハナは心の底から嬉しいと思った。
やっぱりダウジングに間違いはなかった。
しかも、アカネは錬金術に興味があったはず。
きっと一緒に楽しく勉強できるだろう。
こういうのを確か、一石……一石……忘れてしまった。
「おっしゃ。ほな、工房まで案内してもらおか?」
「……え?」
「ウチら自由探究学科やで?後は分かるやろ?」
「……今から?」
彼は無表情ではあったが、とても迷惑そうな様子だった。
「せや」
「……大学へ行きたいんじゃなかったの?」
「先に工房、帰りに大学。どや?問題あれへんやろ?」
彼はしばらく黙った後、深くため息をついた。
「……わかった。じゃあ今から責任者に電話する」
「責任者?」
「僕に決定権は無い。だから連絡して確認する」
「なるほどなー。なら、はよしいや」
「……ダメって言われたら諦めてね」
彼はスマートフォンを操作し、通話を開始した。
コール音が一回、二回、三回……
スピーカーモードなのかハナ達にもよく聞こえる。
そして四回目のコール音が鳴った時、ようやく相手は出た。
同時にスピーカーから怒号が響く。
『遅ォォォォォォォォい!!』
声から、相手は女性であるらしい。
『めっっっちゃ忙しいんだから早く戻れって言ったでしょうがァァァァァァァァ!!!!』
「うん、ゴメン。思った以上に時間がかかっちゃった」
『嘘つくんじゃないわよォォォォォォォォ!!!どこでサボってたのよ!!!このクソ童貞ッ!!!』
彼女はその後も、罵倒を続けた。
一方彼は、無表情で聞いていた。
もしかすると、聞いていないかもしれないが。
「ニコル、その話は後にしてもらっていいかな?それより、大事な話があるんだ」
『アアッ?これより大事な話って何よ?プロポーズか?くたばれ!』
「今、僕の前に自由探究学科の学生がいる。そっちへ行きたいそうだよ」
『ハァァァァァァァァァァァァ?』
ニコルと呼ばれた彼女は、ため息なのか聞き返しているのか、非常にわかりにくい声を発した。
そしてしばらく黙る。
『アン?』
「……何?」
『今すぐ?』
「……らしいよ」
ニコルは再び黙る。
『アン?』
「……何?」
『いいわ、連れてきなさい』
「……わかった」
電話は切れた。
「聞こえた?いいって」
アンと呼ばれた彼は、スマートフォンをしまいながら二人に話した。
「な、なぁ……今のが……」
「……うん、責任者のニコルだ」
「怖っわっ……」
「……覚悟した方がいい。これから直接会うから」
ハナは思わずアカネに抱き着いた。
「怖いよぉ~……」
「だ、大丈夫や……何かあってもウチが守るから……」
「……うん」
ハナは抱き着く力を強めた。
「アカネ……だっけ?」
アンが話しかけてきた。
「何や?」
「……荷物返してくれないかな?」
「お、おう……」
アンはアカネから紙袋を受け取ると、二人に背を向けた。
「……こっちだ。ついてきて」
彼は振り返りながらそう言うと、歩き始めた。
「……行くでハナちゃん」
「……うん」
二人は彼の後に続いた。
ニコル。
彼女はいったいどんな人物なのだろう。
ハナは不安な気持ちで歩いていった。




