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13 迷子のウサ子ちゃん

 こっちの方に良い工房がある。

 ハナはそんな事を言ったきり、ずっと走り続けていた。

 その走りに何の迷いも感じられない。


 彼女は時々、道を右へ左へと曲がった。

 地元の人でもあまり通らなそうな、細い道へ入る時もあった。


 そんな彼女をアカネは必死で追いかけ続けていた。

 絶対はぐれるわけにはいかなかった。

 土地勘が無い所で、一人でいるのは危険だ。

 悪い人にでも絡まれたら大変だ。


 アカネは体力に多少の自信はある。

 小学、中学では、運動部に入っていたからだ。

 高校でも、学費の心配がなかったらそうしていたはずだった。

 ただし、そうなるとミア達のと交友がなかったわけであり、そこは複雑なのだが……


 また、バイトでもだいぶ鍛えられた。

 稼ぎのいいバイトとなると、近所では体力勝負な仕事ばかりだったからだ。


 そんな経験の持ち主であるアカネだったが、それでも息を切らしながら走った。

 ハナの足の速さに合わせるために、それだけ体力を消耗する。


 アカネは栄養補給にと、持っていた食べ物を一口食べた。

 さっきハナに持たされたプレッツェル。

 あの時食べるかと聞いていたのだから、今食べても問題ないはず。

 そう思い、アカネは迷わず食べた。


 しかし……


「からっ!ごっつからい(塩辛い)わ、これ!」

 食べた瞬間、アカネは顔をしかめた。


 プレッツェルの表面には、何かの結晶がまぶしてある。

 アカネは砂糖だと思っていたが、実際には塩であった。


 ダメだ。

 栄養は補給できるが、水が欲しくなる。

 これ以上食べるのは、止めておいた方がよさそうだ。

 アカネはそう思い、それ以上食べるのは諦めた。


 ハナは走る。走り続ける。

 アカネも走る。走り続ける。


 走る。

 走る。

 走る。

 走……止まった。


 ハナは急に足を止めた。

 アカネは急には止まれず、そのままハナに詰め寄った。


 このまま確保だ。

 アカネはそう思い、後ろからハグしてハナを捕らえた。


「は、ハナ、ちゃん……走っちゃ、アカン……て」

 息を切らしながら、ハナに注意する。


 しかし、彼女は何も言わない。

 黙っている。


 彼女を捕まる事ができて一安心したアカネだったが、この態度に腹立たしさを感じた。


「ハナちゃん!聞いとるんか!」

 アカネはハグを止めて彼女の両肩を掴むと、強引に自分の方を向かせた。


 持っていたプレッツェルはその辺に投げ捨てた。

 もったいないとは思っていたが、自分を抑える事ができなかった。


 ところがだ。


「んあ!」

 向かせた瞬間、アカネは驚いた。


 ハナは、泣いていた。

 彼女の細い目からは、大粒の涙が流れている。

 肩をすぼめ、小さく震えている。


 アカネは反射的に、両手の指を見た。

 肩を掴んだ時に、思わず爪を立ててしまったかもしれない。そう心配になったからだ。

 食べ物を投げ捨ててしまったくらいだ。そのくらいしてしまっても何の不思議もない。


 しかし、塩粒は付いているが、血は付いていなかった。

 これにアカネは一安心した。

 しかし、すぐに別の事が心配になった。


 では掴む力が強かったのだろうか、と。


 彼女が泣いている以上、何か痛い思いをさせてしまった可能性はまだ残っている。

 とにかく、本当にそうしてしまったというなら、ちゃんと謝らなくてはいけない。

 そうアカネは思った。


 アカネにとって、ハナを傷つける事は決してあってはならない事。

 そのため、こういった状況になると、アカネは心配で焦りが出てしまう。


「ど、どないした?ウチ、何かやってもうたか?」

 ハナの身長に合わせて身をかがめ、アカネは聞いた。


「ううん……違うの……アカネちゃんは何も……してないよ……」

 袖で涙を拭きながら、ハナは答える。


「それならええけど……と、とりあえず泣かんといて……」

 そう言ってアカネはハナをハグし、頭を撫でてあげた。

 彼女はアカネの胸の中で、泣き続ける。


 アカネは急に弟達の事を思い出した。

 彼らがまだ幼なかった時、同じ事をしてあげた記憶がある。


「泣いたらアカン。泣いたらアカンでぇ」

 アカネはそう言いながら、優しく声をかける。

 背中も撫でてやる。

 こうすると安心してくれることを、アカネは知っている。


「あのね……ハナね……」

「うんうん」


 気が楽になったのか、ハグされたまま、ハナは何かを言おうとした。

 アカネはそれを撫でながら聞こうとする。


「道に迷っちゃったの……」

 彼女の言葉を聞いた瞬間、アカネは撫でるのを止めた。


 撫でる事だけではない。ハグも止めて、一歩下がる。

 そして叫ぶ。


「エェェェェェェ!!」

 叫びながらひっくり返る。

 そしてきれいにV字開脚を披露。


 きまった。アカネは心の中で得意げな顔をした。

 アカネの体に流れるお笑いの血に、隙は無い。


「どうしよぉ……」

「そんなん……戻るしかないで」

 未だに泣き続けるハナに、アカネは立ち上がりながら答える。


「どぉやって?」

「これがあるやん」

 アカネはポケットからスマートフォンを出した。


 地図アプリを使えば、この辺りの地図情報がわかる。

 ナビゲーションシステムを使えば、迷わずに戻る事ができるはずだ。

 ああ、開発者に感謝、感謝。

 そう思いながらアカネはスイッチを入れた。


 しかし……


「あん?」

 アカネは間違いなくスイッチを入れた。

 しかし、何も反応が無い。


 もう一度スイッチを入れる。やはり反応が無い。

 苛立ちと共にアカネはスイッチを連打する。

 やっと反応があった。


 ところが……


「アカン……電池切れや……」

 アカネは片手で額を押さえながら呟いた。


 画面に『電池にバツ印』のマークが表示されている。

 どう見ても電池切れの表示だ。


 アカネはすぐにポケットを探る。

 しかし充電器は見つからない。


「んなぁ、充電器を寮に置いてきてもうた。ハナちゃん、代わり頼むわ」

「ハナ、スマホを寮に置いて来ちゃった……」

「んなっ……ホンマかいな……」

 アカネは愕然とした。


 マズい事になったとアカネは焦りを感じた。

 何か他に方法はないか。そう思い、アカネは周囲を見回す。


 さっきと異なり、建物が少ない。

 店は無く、往来する人は見えない。


 他にできる事といえば、人を探して道を尋ねるくらいしかなかった。

 幸いにも、アカネ達は翻訳機を持っている。

 これのおかげで、言葉の違いで困ることはない。


 しかし、誰に聞けばいいのか。それが問題であった。


 悪い人と話してしまったら大変だ。

 見返りに金品や体を要求されるかもしれない。

 いや、誘拐されてどこかへ売り飛ばされるかもしれない。

 それは絶対に避けないといけない。

 では、どうやって見分けるか。


 アカネがそう考えていると、ハナが袖を引っ張った。


「んあ?どないした?」

「あのね、アカネちゃん……」

 ハナは泣き止んでいた。

 そして、アカネが手にしたままのスマートフォンを指さした。


「それ、貸して欲しいの」

「電気の魔法で充電するならアカンで。壊れてまう」

「違うの。ストラップの方」

「ストラップ?……あっ!」

 アカネはハナがしようとしていることを理解した。

 だからストラップを外して彼女に渡した。


 食品サンプルのストラップ。物はたこ焼き。

 ハナはそれを受け取ると紐の先をつまんだ。

 するとストラップは、うっすらと白く光り出す。

 そして『たこ焼き』はゆっくりと浮かび上がった。


 ダウジング。ハナの十八番だ。

 ストラップのように、振り子状の物があれば、求めるべき方向を指してくれるという。


 どんな理屈かは分からないが、その精度は非常に高い。

 アカネも以前、何度か世話になった事がある。


 例えば、弟達の誕生日にトレーディングカードを買う事になった時。

 彼女に頼んだ事で、『ウルトラレア』の希少なカードを当てる事ができた。

 おかげでアカネは弟達からの株が上がった。


 だから、これだけはアカネにも分かる。

 これは良い特技だ、と。


「ねぇ、ハナ達はどこへ行けばいいの?」

 ハナはストラップに話しかける。

 すると『たこ焼き』はハナを引っ張り始めた。


 言うなればコンパスだ。

 後は、引っ張られる向きへ進めばいいらしい。


「こっちだって」

 ハナはそう言って、手招きしながら歩き始める。

 アカネはそんな彼女の手を掴み、それを止めた。


「ほえ?」

 ハナは不思議そうな顔をして振り向く。


「ハナちゃん。今度は一緒にゆっくり……な?」

「あ……うん!」

 二人は手をつないで、歩き始めた。


「あー、いっぱい走ったら腹減ってもうたー」

 アカネは正直に言う。


「プレッツェル食べるぅ?」

「え?」

 聞き返すと共に、ハナの言葉にアカネは気まずさを感じた。


「ほえ?アカネちゃん、プレッツェルは?」

「え?あ、その……アレな……」

 アカネは口ごもった。


 捨てただなんて、正直に言えるはずがなかった。

 何しろアレは預かり物だった。

 いくら自分を抑えきれなかったとはいえ、ソレはどう考えてもマズい。

 こうなったら誤魔化すしかない。

 アカネはそう思った。


 幸いな事に、ハナはさっきまでアカネが持っていない事に気づいていなかった。

 自分が言うまでは、捨てた事なんて知る事はないだろう。そう思える自信がアカネにはあった。


「その……あまりにも腹減ってもうてな……全部食ってしまったんや……」

 アカネは恥ずかしそうなふりをして、そう言った。


 彼女は『食べるか?』と聞いてきた。

 それならば、『聞かれる前に全部食べてしまった』と答えても許してくれるだろう。

 たとえ怒られても、『捨てた』と言うよりはまだマシなはずだ。


 これがアカネの作戦であった。


「そっかぁ~」

 ハナはちょっとだけ残念そうな顔をして答えた。


「スマン……」

「いいよぉ~」

 笑顔で許すハナの顔を見て、アカネは一安心した。

 後は捨てたプレッツェルの存在に気つく前に、ここを立ち去れば全てが丸く収まる。


「でもぉ、全部食べちゃったのにぃ、まだお腹空いてるのぉ?」

「ま、まぁな……全然足らへん……ま、まあええやん!そないな事より、先急ぐでぇ!」

 アカネはハナの背中を軽く叩きながら急かした。


 途中、捨てたプレッツェルから恨めしい視線をアカネは感じたような気がした。

 しかし、気のせいだと思って立ち去った。

 例えそうだとしても、振り返る気はアカネには全く無かった。

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