彼女の心の中
ユイは病院を出た後、とにかく早歩きで歩いた。歩いて歩いてようやく踏切で止まった。
さっきの女、もう追ってきていない、良かった・・・と一息つく。そして、自分が、普通の生活をしている人の日常を壊しているんだということを感じて自己嫌悪に陥り、あの日のことを思いだした。
蒸し蒸しと暑い夜のことだった。帰りたくも無い家に帰って、目に入ったのは最悪の光景だった。自分は何も悪くないのに、なんだか自分が悪かった気がする。私がちゃんとした人間にならなかったから、ちゃんとあなたを支えなかったから、やましい職業に就いたから・・・自分は何にも悪くないはずなのに。涙が溢れた。
それから、戻りたくも無い仮住まいに戻って・・・。私の気持ちも何にも分からない男が待っていて。私の気持ちを踏みにじって。泣いてもどうにもならなくて・・。気づいたときにはもう遅くて。今私は命の決断を・・・。
ユイはハッと我に返った。まだ踏切は上がっておらず周りには沢山の人が集まっていた。当然だが、誰もユイのことなど気にも留めていない。
あの夜のせいで、さっきの彼女たちの日常は狂ったのかもしれない。でも、それ以上に狂わされたのは私で、私たちで・・・とユイは悔しい気持ちでいっぱいになっていた。お腹の子どものことも悩んでいた。
ふとユイは携帯を取り出す。今時の若い女性には珍しく未だにガラケーだ。そして誰かに連絡を取ろうとして、ためらっていると踏切の遮断機が上がった。ユイは連絡することなく携帯をしまい、歩いて水野の街へ消えていった。