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壁を超えて

久保はユイの病室にいた。父親としてではなく主治医として。


「明日には退院してもらって大丈夫ですよ」


「そうですか。ありがとうございます」


「大変でしたね」


「・・・はい。でも逆に先生が空港に居て驚きました」


「それは・・・確かに凄い偶然でした。・・・あの」


「はい?」


「大変でしょうけど。忘れられないでしょうけど。前・・・向いてくださいね。」


久保は真剣な顔でそう言った。ユイは真顔で聞いた後に吹き出した。


「ふふっ」


「・・・どうして・・・そんな面白かったですか?」


「いや・・・なんか・・・久保先生って・・お父さんみたいですよね」


「・・・・・え」


「あ、ごめんなさい。わたし、実際のお父さんがどんな感じかも知らないのにこんなこと言って。でも、なんかそんな感じがしたんで・・・。あー。私、本当に1人ぼっちなんだなー。すいません。先生にそんなことを言っても仕方がないですね。」


ユイはそう言うと眠気がやってきたのかベッドに横になった。久保は心が締め付けられるような気がした。この子は1人になることを嘆いている。自分の正体を明かすべきなのか。自分は責任を持てるだろうか、この子の人生の邪魔にならないだろうか。


「真柄さん。」


「・・・はい?」


「もしこれから、何か困ったことがあったら、私を頼ってください」


「え・・・?ふふ。そんな。先生にこれ以上迷惑なんて」


「迷惑じゃありません!・・・・あ、すみません。もう、乗り掛かった舟ですと言う事です。私には子どもがいません。だから・・・。お父さんみたいでいいです」


「・・・・変な人・・・。でも、ありがとうございます」


ユイは笑顔でそう言うと、眠気が襲ってきたのかうとうとし始めた。久保はそっと病室を出た。


それと同じころ、来宮は拘置所の面会室にいた。しばらく待っているとガラスの向こうの扉が開き、前よりもまたやつれたような綾香が現れた。


「・・・もう、来なくていいって言ったのに・・・」


「今日は、俺が来たいから来た」


「・・・何それ」


綾香は呆れた表情で、でも少し嬉しそうに笑って言った。


「俺が・・・逢いたいから来たんだ」


「・・・どうしたの。何かあったの?」


「・・・・何かないけど・・」


結局、中身の無い話をするだけで時間が過ぎ、面会終了時間が近づいていた。綾香はじゃあねと言って立ち上がろうとする。来宮は慌てて声をかける。


「出所したらさ」


綾香は立ち止まる。


「気が早いよ」


「付き合ってくれ」


「・・え?」


綾香が振り返ると来宮は立ち上がっていた。


「付き合ってくれ」


「・・・先生、医者なんだよ。殺人犯と付き合うなんて」


「医者である前に俺は・・・お前が居ないと困るんだ」


「・・・・何それ」


「オペが終わったら、また来る」


来宮はそう言って部屋を出た。残された綾香はこらえきれず、泣いた。



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