それぞれの思惑と推理
医療センターの会議室は重い空気に包まれていた。凛久は比奈からの電話に動揺を隠せず落ち着きが無い。深川も粗方の話を聞いた後は空気を読んで黙っていた。ようやく坂原が口を開く。
「とにかく。整理しますね」
坂原はそう言うとホワイトボードの前に立った。皆は顔を上げ坂原を凝視する。坂原はまずユイ・圭・アカネについて話し始める。
「まず。僕が調べた内容とりっちゃんが調べたことを合わせて考えると、ユイさんはかなり厳しい人生を送ってきた。ユイさんは温田と共に暮らしていた。その中で道を外れた人たちと関わらざる負えなくなった。そして何らかの理由で親密になった圭とアカネ。2人はおそらく風俗会社の秘密を知っている。それを口止めするために他人を犯人に仕立て上げるほど、バレてはいけない秘密・・・。そんなところに、探偵である僕が温田を殺した真犯人を探して近づいてきてアカネと接触を図るようになった。それに気が付いた会社は彼ら2人をさらに締め付けなければと思った。そこで圭にとっての大事な人であるユイさんをさらって人質に取った。そしてユイさんを人質にしたくなかった圭は今の彼女である比奈さんを身代わりにした・・・。これが妥当な線でしょうね」
その推理を聞いて久保と凛久は頭を抱える。二人とも大切な人が人質に取られている可能性があるわけで。坂原は続ける。
「あと・・・。温田を殺した真犯人はユイさんである可能性があります。」
「そんなわけないだろ!」
久保は思わず口を挟む。深川はその坂原の発言に難色を示すが否定はしない。
「あくまで可能性の話です。」
ここで深川が話に入ってくる。
「今は犯人特定よりも人質保護が先だろ」
「はい。確かにそうです。でも。ユイさん、そして比奈さんは会社のある秘密を握る圭とアカネに対する人質ですから、今下手に動くと新たな犠牲者が出る可能性が。現状として人質に取られているのは比奈さんで、ユイさんたちは消息がつかめていない。というより、会社の大きな陰謀が働き過ぎてみんな肝心なところで口をつぐむため全く真実が見えてきません。その為に的確な方法で人質保護するためには事件の解決が必要です。」
「坂原」
「はい」
「その秘密ってのはなんだ」
「今はまだ・・」
「覚醒剤の密売か」
「なぜそれを・・!!」
「別ルートで耳に入った。まあでも、水野署は関係ないが」
「それは・・危険かも」
その会話を聞いていて久保は耐えられなくなり坂原につかみかかる。
「おい。頼むよ。なんとか。あいつを安全なところに・・・」
久保はそれ以上坂原に強く言う事が出来ずに坂原の肩を掴んだまま涙をこらえる。来宮が久保を支えて椅子に座らせようとすると久保のPHSが鳴った。相手は事務の女性で今から電話を繋ぐと言われる。そして会議室にいることを伝えるとすぐに電話が鳴る。
『もしもし』
『・・・久保先生ですか』
『そうですが。どなたですか』
『・・・・真柄ユイの子どもの父親です』
『え!?名前は』
『・・・・・橋川です』
電話に張り付いて聞いていた坂原と凛久は驚いて頷き合う。
『橋川さん』
『中絶手術に同意します。』
坂原は急いで筆談で久保に、こっちに来るよう仕向けてと伝える。
『・・そうですか。あとはご本人の意志ですね。ユイさんも同じ気持ちならば2人で来院していただいて書類にサインをしていただけますか。』
『それは・・・』
『これは決まりですので』
実際、そこまでの厳しい決まりはないが久保は圭をおびき寄せるために嘘をついた。すると電話の向こうで圭はしばらく沈黙し、何も言わずに電話が切れた。
「切られた・・・」
「何か・・・感づかれたかな。」
坂原は少し焦りを感じる。そして凛久はますます動揺する。
「意味分かんない・・・。今の感じだと、ユイは圭と一緒にいるよね。そうするとやっぱり比奈が代わりになった。何で?こんな世界とは何の関係も無いはずだったのに・・・!」
その時、坂原の携帯がなった。
『もしもし』
『坂原さん?あたし』
『・・・アカネさん・・!』
『良く分かったね。やっぱりあたしのこと気になってた?』
『そりゃまあ。いろんな理由でね』
『話したいことがあるの』
『何ですか?』
『電話では。人目があるところもちょっと・・』
『そうですか。なら、うちの事務所に来てください。』
アカネは了解して電話を切った。
「坂原さん!」
「うん。アカネと接触できることになった。何を考えているのか良く分からないけれど。何か手がかりがつかめるかもしれない」
坂原はそう言って後を来宮と凛久に任せて会議室を出た。そして深川も圭とユイが確実に外にいることが分かったため、行方を掴むために一旦、署に戻る。
深川が署に戻ると菜穂に呼び止められた。そして深川は菜穂に今の状況を話し、行動は慎重にするよう忠告する。しかし菜穂は、その状況ならなおさら証拠が消される前に乗り込まなくてはと突っ走ろうとする。
「待て!」
「どうしてですか。早くしないと」
「1人、全く関係のない人物が人質に取られている可能性があるんだ」
「人質?」
「そうだ」
「それならなおさら!」
「命を危険にさらす可能性がある。分かるな?」
「・・・」
「お前ももう経験したくはないはずだ。自分のせいで民間人が傷つくことを」
「それで萎縮したら、私は本当に刑事として終わります。私はもう二度と、誰かを傷つけたりしない。」
「・・・お前な」
「人質、助けないと。深川さん、これを事件にして水野署から人員を出してください」
「・・・それは。冤罪を生む可能性があるから上が許可するわけがない。」
深川がそういうと菜穂は呆れた顔になった。
「深川さんはあの事件で変わったと思っていたのに。そうじゃなかったんですね」
「違う。そうじゃなくて。警察組織は何も変わっていないということだ」
「それなら。私が行動して変えるまでです。正義は諦めたときに終わるんですから」
菜穂はそう言って引き留めようとする深川の手を振りきってその場を離れた。深川は深いため息をついて覚悟を決めて電話を手にする。
『もしもし』
『深川だ。来宮先生か』
『はい』
『すまないが頼みたいことがある』
『何ですか?』
『・・・ユイと圭の捜索と保護だ』
『え?それは深川さんが・・・』
『そうなんだが・・』
『分かりました』
『え。危険がある可能性がある・・・』
『分かってますよ。でも深川さんが僕にそんなこと頼むなんてどうにもならない事情がないとありえない。それに』
『それに?』
『もうすでに始めてますから』
『どういうことだ』
『久保先生とりっちゃんと思い当る場所を探しています。久保先生にとって真柄ユイは特別な人です。だから。何としてでも見つけます』
来宮は深川に力強い返事をした。深川もその返答に、自らの立場よりも人としての正義を守る決意をして、迷いを捨てて来宮に任せ自分は菜穂を追って風俗会社本社に向かう。




