様々な人生と失踪
坂原は再び、温田宅の大家を訪ねていた。
「またあんたかい。もういい加減にしてくれよ」
「今日は1つだけですから。最後に答えてください」
「・・・なんだよ」
坂原は2枚の写真を大家に見せる。
「温田の家に出入りしていた女はどっちですか」
2枚の写真とはアカネとユイの写真だった。
「ああ。こっちだったと思うけど」
大家が指さしたのは・・・ユイのほうだった。
「・・・そうですか。それで質問なんですけど」
「結果聞きたいこと2つになったよね!」
坂原は全く構わずに続ける。
「どんな生活してたんですかね。2人」
「ええ?ある程度のことはもう警察に話したよ」
「何か・・大家さんが気になっていたことを教えてください」
そう真剣に聞くと大家は言いにくそうな表情で切り出した。
「まあ・・・たまにさ、たまにだよ。その・・暴力みたいな音は聞こえていたよね。」
「暴力?」
「ほんとたまにだぜ。その時ケンカしただけかもみたいな・・・」
「ほかに出入りする人間は誰もいなかったんですよね?」
「・・・ああ。ていうか、死ぬ間際にはその子ですらそんなに見なくなってたよ」
それを聞いて坂原は大家に御礼を言いアパートを後にしようとする。
「おい探偵!」
「え。はい!」
「あのなあ、なんか・・・やばい連中絡んでるかもしれないから、あんま首突っ込むなよ」
大家はそう叫んで急いで家の中に入って行った。ぶっきら棒だがいろいろ答えてくれるし心配してくれるし意外にいい人だよなと坂原は思った。そんな時に携帯が鳴った。
「もしもし」
「あ、坂原さん?!俺です。久保です」
「ああ。久保先生」
「大変なんです。ユイが!」
「え。どうしたんですか!?」
とんでもなく慌てている久保から何とか話を聞きだし坂原は驚いた。とにかく現場に行かなくてはと次の行先を医療センターに変更した。
坂原が大家に話を聞いていたその時、凛久はユイの自宅に居た。そこは水野の街にほど近いが雰囲気の違うあまりにもボロくお粗末なアパートだった。その1階に大家の部屋があったのでそこを訪ね話を聞いた。大家は優し気な年老いた女性だった。急にやってきた凛久を家に上げお茶を出してくれた。
「ユイちゃんねえ。良く知っているよ。ずーっと長く住んでくれてね・・。」
「そうなんですか」
「でもまさか・・・あの部屋が事故物件になってしまうなんて」
「事故物件?何かあったんですか?」
そう凛久が問うと大家は言いにくそうに言う。
「うん・・・。ユイちゃんのお母さんね、あの部屋で自殺したんよ・・・」
凛久は驚いて一瞬言葉を失うが、気を取り直して大家に詳しく教えてくれるよう頼む。話によると、ユイは中学を卒業した後働き始め、何があったかは分からないがだんだんと自宅を避けるようになっていたという。その期間が長くなり精神を病んでいたユイの母は自宅で自殺したんだと。
「ユイさんが帰ってこなくなったから・・・」
「いやー、分からんよ。本当の所はね。けどまあ、あの親子の中の何かが壊れていたってのは事実だろうね・・・」
大家は本当に悲しそうな顔をして言った。凛久は出してもらったお茶を飲んだ。
「・・・そう言えば、ユイさんのお宅によく出入りしている人はいませんでしたか?」
「良く来てる人?ああ。昔ならユイちゃんと同じくらいの男の子がね。ちょっと詳しくは知らないんだけどね。」
凛久はその話を聞き終えて大家にお礼を言ってアパートを出た。そしてその足でアカネが働くデリヘル店に向かった。ドアを開けると受付に、堂々とタバコを吸っている男がいた。
「あ、まだ営業前・・って女?何?働きたいの?」
かなり柄が悪く適当な言葉を投げかけられるので凛久もあえて奔放に対応する。
「あのー。あたし、橋川圭の知り合いで、ここで働きたいんだけど、あいついる?」
そう聞いてみると受付の男は素直に答えた。
「今居ないよ。」
「そう」
これで圭は完全にここの店員であったことが分かった。そして受付の男は凛久をなめまわすように見た。
「おねーちゃんかわいいね。あいついないけど余裕で雇うよ。さ、こっちに来なよ」
「あ、ごめーん。あいついないんだったらまた今度で」
凛久は素早く手を振り払い上手くその場を後にした。そして事務所に戻ろうとした時に携帯に着信がある。
「もしもし、坂原さん?今から事務所戻りますよ。え?病院?なんで。・・え。ユイが連れ去られた?!意味分かんないんですけど。分かりました。すぐ行きます」
坂原から、ユイが何者かに連れ去られたと言う話を聞き、凛久は急いで医療センターに向かった。
その頃、水野医療センター産婦人科のスタッフ控室には久保・来宮・池橋がいた。来宮と池橋は連れ去りの現場を偶然目撃していた。池橋は久保の秘密については特に知らないが共に目撃してしまった。重たい空気の中で来宮が口を開く。
「久保先生・・・すいません。力になれず・・・」
「いや・・・。」
「・・・坂原ならきっと」
「父親の居ない子を妊娠して、怪しい奴らに連れ去られて・・・今までどんな生活をしてきたのかがただ心配なんだよ・・・」
久保先生の親心だった。池橋はもちろん、来宮も言葉が出ない。久保は1人になりたかったのか一旦その場を離れた。
「おい来宮、どういうことだよ。なぜ1人の患者にこんな」
「池橋。ここで聞いたこと、これから聞くこと見ることは、絶対に公言するんじゃないぞ」
「・・・なんなんだよ。」
池橋は来宮の真剣な様子にさすがに黙り2人で深川、そして坂原の到着を待った。




