秘密
ユイは病院に来ていた。
「それで・・・。どうするかお決めになりましたか?」
久保は優しく尋ねる。
「いや・・・」
ユイは未だに悩んでいた。しかしその間にも子どもは着実に大きくなっている。しばらく沈黙があり、久保が口を開いた。
「これは・・あくまでも一つの意見ですが。身体的なことを考えると中絶はおすすめしません。身体に大きなダメージを与えますし、将来的に妊娠しにくくなります」
久保はこう述べた後、再びあくまでも一つの意見ですからと強調してユイを帰した。久保がためいきをついているとその後ろから人影が現れた。
「久保先生」
久保が振り返るとそこには院長が立っていた。あの事件で前院長は解任になり新しく就任したばかりの新院長だ。
「こんなところまでどうされましたか院長」
「久保先生。患者さんに親身になるのはいいですけど、医師であるなら、あまり自己決定の部分に踏み込むべきではないのではないですか?」
「・・・・はい。申し訳ありません」
院長は、あまりにも素直に謝罪する産科部長代理を前にしてそれ以上はなにも言わず外来棟を出ていった。
「久保先生」
その直後、久保は再び呼び止められた。振り返ると、今度はそこに来宮が立っていた。
久保と来宮はお互いの休憩時間を利用して屋上の開放スペースへ向かった。
「先生。まだあの患者のことで悩んでるんですか?それに先生が患者さんに意見を話すなんてらしくないですね」
「・・・ああ。そうだな」
上の空のような感じで答える久保に来宮は聞く。
「あの患者が、真柄ユイなんですね?」
「え?」
「あ、いや。昨日、池橋が・・・いや、正確には坂原たちが探してるみたいなんで。その患者。」
「ふふ。お前ら、本当に大人になってからも仲いいんだな」
久保は少し羨ましそうに来宮を見る。
「いや。そんなんじゃないですよ。ただの腐れ縁です。ていうか、あいつらもその患者探してるし、久保先生もなんか態度がおかしいし・・・俺自身が気になってます。その患者のこと。」
そう来宮が話すと久保は少しうつむき加減で言った。
「お前、この前患者は所詮は他人だと言ったよな。そうなんだ。いつもはそうなんだよ。どんな決断をしようと所詮は他人だ。でも・・・」
「・・・?」
「今回は違うんだ・・・。お前には話してもいいかもしれないな」
「・・口を閉じておけるかは状況によっては保証できませんけど」
来宮は冗談でそう言うがそれは裏返しで絶対にしゃべらないということだ。久保はにやりと一瞬笑う。
「・・・娘なんだよ。21年前に別れたっきり会ってない」
この告白に来宮は静かに仰天する。ずっと独身だと思っていた先生に子ども・・・?!
「え・・先生って独身?」
「ああ。結婚はしてない。若き日の過ちってやつだ。あいつが生まれたあと2人で俺の前からいなくなりやがった。養育費すら払ってない」
「・・・それは。担当医でいいんですか?」
「・・・分かってるよ。でもな、分かってしまった以上、放っておけるわけないだろ。だからダメだと分かっていても詮索したくなる。意見を言いたくなる。21年だよ。俺はもちろん結婚するつもりだった。その前にいなくなっちまって・・・」
久保先生は話し続けていたが、はたと我に返ったように黙った。その時、来宮が胸を押さえてうずくまった。
「おい!来宮、大丈夫か」
そう言われると来宮はすぐに立ち上がる。
「大丈夫です。たまに起きるやつです。・・・驚いたからですかね」
来宮はそうおどけて見せるが久保は騙されない。
「たまに起きるって・・・・今の不整脈だろ。危険だぞ。お前死ぬぞ」
「先生。話題がそれましたよ」
「もういいんだよ。今話した通りだ。お前の胸・・いや、頭にしまっておいてくれ。それより、早くオペしろよ。突然死してからじゃ遅いんだぞ」
「・・・カテじゃ無理なんです。開胸手術になると三谷家先生に言われました。」
「・・・命を最優先に考えろ。オペのリスクが高いことも後遺症の可能性があることも分かる。でも・・・お前、銃弾受けて助かった命だぜ?大事にしろよ。みんなのためにも・・・斉藤のためにもさ」
斉藤綾香の名前を出されて来宮は少し動揺するが軽く笑って流す。
「・・・考えます。久保先生も、あまり」
「分かってるよ。分かってる。でも、今回は出来れば大抵のことは黙って見逃してほしい。」
久保が来宮に打ち明けたのはそういう意味もあったのだろう。久保は来宮を屋上に残して先に降りていった。久保を見送ってから来宮も病棟に戻った。




