エピローグ
人魚女王の依頼から始まった海底神殿の騒動は、残念ながらその崩壊という形で幕を閉じた。
18年前に師匠を殺害していたバンダルクが、罪を問い詰められて暴走した結果だ。
おかげで冥界と地上世界をつなぐ数少ない神々の遺産が、またひとつ無くなった。
しかしハイエルフや魔神族からすれば、それほど珍しいことでもないらしく、彼らは淡々と受け入れてるように見えた。
それよりも、はるかに驚くべき話が、事件後に浮上してきた。
ハイエルフのアルデールが、俺の父親かもしれないというのだ。
チェインの指摘でそれを知った俺は、セティーリアの勧めもあって、しばらく天空郷で過ごすこととなる。
「とりあえずはこの家を使ってくれたまえ。必要な物があれば、おって届けさせるよ」
「どうもありがとうございます。足りない物があれば、お願いするかもしれません」
再びバハムートに運んでもらい、天空郷へ帰還した俺たちは、当面の暮らし用に家をあてがわれた。
それは天空郷の一角にある家で、こぢんまりとした空き家である。
小さいといっても部屋はいくつもあり、俺たちが過ごすには十分だ。
セティーリアが帰ったので、改めて今後の方針を話し合う。
「それで今後、みんなはどうする? 俺はしばらく調査に付き合わなきゃいけないけど、みんなは残る必要ないよね」
「そうですね。俺はデイル様に危険がないと分かったら、とりあえず村に帰ろうと思います。あまり留守にするわけにもいかないので」
「次期村長のくせに、ほとんど根回しせずについてきたからなぁ」
「いえいえ、デイル様のお召しとあれば、誰も反対はしませんよ。それに土産話もいっぱいありますから、まあ、許してくれるでしょう」
まず、一番忙しいであろうカインは、じきに帰ることになった。
たしかに現時点で、彼の仕事はほとんどないだろう。
「それなら俺も、少し様子を見たら帰りますよ。商会の仕事も溜まってるでしょうからね」
「わらわもそうしよう」
続いてリュートとサンドラも、帰宅の意思を示す。
俺たちはフェアリー商会を運営していて、それなりに仕事もあるから、まあ妥当だろう。
「レミリアたちはどうする?」
「私は旦那様の護衛として残ります」
「私は魔法について、ハイエルフさんたちとお話をしたいです」
「あたしも今後のエルフ族との橋渡し役として、いろいろ話を詰めておきたいね」
レミリアは護衛の任務を譲るつもりはないだろうし、リューナとチェインの申し出はもっともだ。
まあ、4人くらいなら、邪険にされることもないであろう。
「よし、それなら当面残るのは俺たち4人だな。キョロたちもしばらく残るか?」
(たぶんご主人の能力を誇示するには、僕たちはいた方がいいと思うんだよね~)
(うむ、我は常に主と共に)
(我も構わんぞ)
(うん、マスターのためにがんばります)
俺の眷属たちはやる気満々だ。
あまり過激なことをしないよう、注意しておいた方がいいかもしれない。
翌日から本格的な調査が始まった。
まずはバンダルクがやらかした海底神殿がらみについて、奴の身辺を調べた。
そしたら出るわ出るわ。
海底神殿からくすねてきた通信機に留まらず、奴の研究資料から、だいぶ事態がつかめてきた。
バンダルクの野郎、海底神殿の宝珠を調べて、世界中の遺物を私有化しようと企んでいたらしい。
もっとも、それは奴の妄想に過ぎず、神々の遺産を自由にするなんて、到底無理だってことらしいが。
不可能を追い求めて師匠まで殺すなんて、ハイエルフにも業の深い奴がいるもんだ。
いずれにしろ、奴の愚行は後世への教訓として、語り継がれるそうだ。
それと並行して、俺の素性についても調査が行われた。
といっても血統を調べる術もないので、主に俺の能力についてだ。
「それでは進化後の姿を見せてもらえるかな?」
「了解です。みんな、戦闘形態」
((((おおっ!))))
俺の指示で、キョロ、シルヴァ、バルカン、ドラゴが上位形態を解放する。
するとまばゆい光の中から、雷玉栗鼠に暴風狼、飛竜、そして剣角地竜が現れた。
「なんとまあ……これが魔物の進化、か」
呆れたような声を出しているのは、フョードルという名のハイエルフ男性だ。
長いあごひげを生やしたおっさんで、いかにも学者然とした人物だ。
彼は特に使役術について研究しているらしく、俺の調査に協力してもらっている。
「なかなかに興味深いだろう? たしかに魔物が条件を満たすと、進化することはあるらしいが、デイル君はそれを促したらしいんだ。その時の話をしてもらえるかい?」
「はい。あれは俺が、絶体絶命の窮地に陥った時でした。彼らが体を張って俺を守ろうとした時、ふいに呪文が閃いたんですよ。えーと、たしか……『我、デイルの名において命じる。汝の存在を解き放て、進化!』だったかな」
セティーリアに聞かれて状況を説明したら、フョードルが呆れたようにつぶやく。
「ほほう、古代エルフ語の呪文がひとりでにのう……」
「あ、やっぱり古代エルフ語なんですね」
「そんな馬鹿な。古代エルフ語を使えもしないのに、呪文が浮かんできた、だと?……仮に我らの血を引いていたとしても、知識が遺伝するなど考えられん……」
セティーリアが訝しそうにつぶやくと、チャッピーが口を挟んできた。
「そのことについては、儂に仮説がある。この者たちは一介の魔物から、数段上の存在に進化したんじゃ。その進化は肉体を変化させるほどで、すでに上位精霊に近いと言っていいじゃろう。つまりこの進化には、精霊が絡んでおるのではないかな?」
「上位精霊だと?……つまり、彼らが進化するに当たって精霊、もしくは精霊界が力を貸したと?」
「うむ、彼らが進化したのは、2度とも我らが死にかけた時じゃった。こう言うのは少し気恥ずかしいが、我ら眷属は、デイルと魂でつながっておる。デイルを生かすため、全てを投げ打とうとした時、何かが干渉し、太古の記憶を伝え、進化を促した……そう考えれば、辻褄が合うのではないか?」
「むう、たしかに辻褄は合うが、なんの証拠もないぞ……」
いまだに疑わしそうなセティーリアに対し、キョロとシルヴァが口を添える。
(うん、チャッピーのその説明、かなり事実に近いかも。あの絶体絶命の窮地に、僕はなんとしてもご主人を守ろうと思ったんだ。その時、見えない何かが、しきりに後押しをしてくれたような気がする)
(うむ、あの時は何がなんだか分からなかったが、精霊が後押しをしてくれたのだとすれば、納得がいくな)
続いてバルカンとドラゴも、それに賛同する。
(それは我にも納得のいく話だ。元々サラマンダーだった我が、主の呪文によって大きく進化した。その時たしかに、精霊界とのつながりを感じたような気がする)
(僕はただの魔物だったからよく分からないけど、マスターに当てられた土の魔剣から、力が流れ込んできました~)
するとフョードルが、ドラゴの言葉に反応した。
「なんじゃと? 今、土の魔剣と言ったか?」
「ああ、そういえば、バルカンには炎の短剣を、ドラゴには土の魔剣を当てながら呪文を唱えたな。あれってやっぱり、精霊の力を借りたことになるのかな?」
「おそらくそうじゃ。その剣は今、持っておるか?」
「ええ、ありますよ」
俺の短剣とサンドラの魔剣を見せてやると、セティーリアとフョードルが熱心に調べる。
やがて彼女たちは、それなりの結論に達したのか、改めて俺に向き直った。
「どちらの武器も、精霊界への道を開く鍵のようなものであるらしい。やはり精霊の関与があったことは間違いないだろう。そしてそのような進化を実現するには、やはりハイエルフの血統が必要だと思う」
「というからには、実例があるんですか?」
「うむ、最初に実体を得たといわれる始原のハイエルフについて、このような伝説がある。”その者、数多の眷属と結び、資格ある者を昇華させる能あり。それつまり、全ての存在に進化の道を開くものなり”と」
フョードルは興奮しながら、始原のハイエルフについて語ると、今度はセティーリアが確認するように聞いてきた。
「たしかデイル君は、仲間たちも含めて、数十もの使役契約を結んでいるんだったな?」
「ええ、厳密に使役契約といえるかどうかは分かりませんが、結んでいますね」
「それならばこれは、ほぼ決まりか」
「うむ、それほどの使役能力と、精霊との親和性。ハイエルフの血統を継いでいるとみて、間違いないであろう」
どうやら彼らなりに納得がいったところで、セティーリアが1歩進み出て、俺に握手を求めてきた。
「デイル君。ようこそ、天空郷へ。我々は新たな同胞として、君を歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます」
あっけなく認められて少し戸惑っていると、今度はアルデールが握手を求めてきた。
「おめでとう、デイル君。さすがに父親と名乗る勇気はないが、歓迎させてもらうよ」
「ありがとうございます。俺も父さんと呼ぶには抵抗があるので、アルデールさんと呼ばせてもらいますよ」
2人して握手をしながら苦笑する。
あれからアルデールの情婦だったアメリアについて足取りを調べたのだが、さすがに18年も前のことではほとんど情報もなく、行方は掴めなかった。
結果、2人の関係は棚上げされたままだ。
一応今日、俺にハイエルフの血統が認められたのだから、十中八九、彼が俺の父親だとは思う。
しかし、無理に決めつけなくてもいいではないか。
「おめでとうございます、旦那様」
「おめでとうなのです、兄様」
何しろ俺には3人の嫁がいるし、さらに多くの仲間と眷属もいる。
ここでチェインも言葉を掛けてきた。
「どうせこうなるだろうとは思ってたけど、さすがだねえ」
「ああ、これもチェインさんの助言のおかげだよ」
「あたしのしたことなんて、大したことないさ……それよりもさ、あたしのことも呼び捨てにしてくれないかい?」
ふいに彼女が頬を染めながら、お願いしてきた。
それはおそらく、ただ呼び捨てにすればいいという意味ではない。
俺は確認するようにレミリアとリューナを見ると、彼女たちはうなずいてくれた。
そこで俺も意を決するように、チェインに向き合う。
「分かった。今回のことで俺たちの絆は、十分に深まったと思う。だから、俺の嫁になってくれるか?」
その途端、周りにいる者たちが沸き返り、口々に祝福をした。
するとチェインはモジモジしながら、答えを返す。
「い、いやだよう。照れるじゃないかい……だけど、よろしく頼むよ、旦那さん」
そう言って彼女は、俺に抱き着いてきた。
彼女の豊満な肉体とむせ返るような色気を、俺は優しく受け止める。
これで俺も、とうとう4人の嫁持ちだ。
チェインは年上で既婚者だったから、ちょっと遠慮していたのだが、前々から嫁の座を望んでいたのは知っている。
しかし年上とはいえ、50歳なんてまだエルフとしてはピチピチの存在だ。
だから俺たちはまだまだ長い時を一緒に過ごせるし、彼女の存在は俺を助けてくれるだろう。
何しろこれから、エルフ系民族の大交流が始まるのだ。
下界との接触を嫌うハイエルフも、これからはどんどん下界へ下りていって、一般人と接触することになる。
なんてったって、俺という成功例があるのだ。
これから少しは、ハイエルフの人口減少にも歯止めが掛かるだろう。
そして共に、この魔大陸を繁栄させていけばいい。
そう、魔大陸の新たな歴史が、今ここから始まるのだ。
第2部 完
今回で第2部完となります。
じゃあ第3部があるのかというと、基本的にありません。
また構想が湧き上がってきたら、ひょっとして書くかもしれませんが。
今までお付き合いいただき、ありがとうございました。
それから新作を投稿しはじめたので、よければ読んでみてください。
新大陸攻防記 ~精霊はフロンティアに舞う~
https://ncode.syosetu.com/n8275fb/
獣人やホビットなどを16世紀のインディアンに見立て、その悲劇を回避しようとするお話です。
主人公が徐々に力を付け、内政なんかもやる予定です。
よろしくお願いします。