36.父親
バンダルクが暴発したおかげで海底神殿は崩壊し、俺たちは命からがら脱出した。
そして近くの島で一夜を明かし、これからの話をしていたら、チェインがおかしなことを言いだした。
「チェインさん、なんでそんなこと聞くの?」
「ああ、ひょっとしてデイルさんは、アルデールさんの息子じゃないかと思ってね」
チェインの爆弾発言に、その場のほとんどが凍りついた。
しかしチェイン以外に、レミリアも察していたらしく、彼女は平然としていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで俺とアルデールさんが、親子だなんて話になるの?」
「もちろんあたしも、確信があるわけじゃないよ。でもねえ、デイルさん。アルデールさんの話を聞くと、その可能性が高いんだ。まず2人は顔がよく似ているし、さらに言えば、デイルさんが異常な使役スキルを使えることも、ハイエルフの血統を継いでいるからな気がするんだよねぇ」
「ええっ、俺たちって、顔が似てるかな?」
思わず聞き返すと、レミリアがそれに答える。
「はい。初めてアルデールさんを見た時、強い印象を受けました。細かいところは違いますが、特に目元の辺りがよく似ていると思います」
「う~む、そう言われてみれば、そうかもしれんのう?」
「あっ、そういうことなのです? 私もどこかアルデールさんには、親近感が湧くと思ってました」
レミリアの意見に、サンドラとリューナも賛成する。
しかしそんなことを言われたアルデールは、動揺していた。
「ま、待ってくれ。デイル君が私の息子だと言うのか? 今まで一度も子供など、できたことはないというのに……」
「たしかお師匠さんの異変を知って、リーランド王国を去る時、いい人がいたって言ってたよね?」
チェインが冷静に指摘すると、アルデールは戸惑いながらも答える。
「……た、たしかにそうだ。あの当時、アメリアという人族の女性と付き合っていた。しかし私は師匠の異変を知って帰らねばならず、彼女を残してきたんだ」
「ひょっとしてその彼女は、強く未練を残していたんじゃないかい?」
「……それは、そうかもしれない。何度も、行くなと止められた」
「だけどあんたはそれを振り切った。そしてもしも彼女のお腹に子供がいたとしたら、デイルさんぐらいの歳になってるよね?」
「いやしかし……もしそうなら、デイル君はアメリアから何か聞いているはずじゃないか?」
逃げ道を探すように、アルデールが問い返す。
そんな彼の言葉に俺は、放心気味に言葉を返した。
「いや、俺は赤ん坊の頃、孤児院の前に捨てられていたんです。だから母さんや父さんのことは知らない。なあ、チェインさん。本当にアルデールさんが、俺の父親だと思うのか?」
「今のところ状況証拠しかないけど、可能性は高いと思うよ。何かハイエルフの技術で、血統とか調べられないのかい?」
それまで黙って話を聞いていたセティーリアに、チェインが話を振る。
それを受けてセティーリアは少し考えたが、あっさりと否定した。
「……残念ながら、そういう技や道具は無いな。ハイエルフだからといって、なんでもできるわけではないんだ」
「まあ、そうだろうねえ……そうすると、デイルさんの母親を探すしかないんだが、アルデールさんは何か、当てがないかい?」
しかしアルデールは、情けなさそうに首を振った。
「済まない。私はてっきりアメリアは、あのまま王都にいると思っていた。仮にデイル君が私の子供だったとして、なぜ彼女は捨ててしまったのだろう?」
「それはもう想像するしかないね……例えば、彼女はデイルさんを産んでから、どうしてもあんたに会いたくなったってのはどうだい? あんたを追うのに子供は邪魔だから、孤児院に預けたとすれば、辻褄が合う」
「そ、そんな、なんの証拠も無いだろうに!」
「たしかに証拠は無いね。だけどデイルさんの資質こそが、その証拠にならないかい?」
チェインはほぼ確信めいたそぶりで、話を進める。
しかし俺は、その根拠が分からずに口を出した。
「待ってよ。俺の資質って、具体的になんのことさ?」
「ん~、そうだねえ。まず異常な使役スキルがあるだろ。それから魔力量も人族にしては、大きすぎるんじゃないかい?」
「それに加えて、神代の証も使いこなしていましたよね?」
チェインの後を、レミリアが続ける。
するとそれを聞いたセティーリアが、激しく反応した。
「なんだと? 神代の証を使いこなしたとは、どういう意味だ?」
「えっ……とりあえず俺が魔力を籠めると、妙な波動が出るんですけど」
そう言いながら俺は、ヤザンの形見である徽章に、魔力を籠めた。
すると例の波動を感じたアルデールとセティーリアが、声を上げる。
「な、馬鹿な。そんなことは、我々にしかできないはずだ」
「そうだ……つまりデイル君は、我々と同じ血統を持っているということになる。君の子かどうかは分からないがね」
「たしかに、確証は何もないですね……ところで18年前、私のように下界を旅していた同胞はいませんでしたか?」
「いや、そんな酔狂者は、君ぐらいしかいないよ。そうなるとやはり、君とデイル君には血の繋がりがあると見るべきか……」
「そんなまさか……」
アルデールは認めにくそうだが、どうやら俺と彼の関係はほぼ確定らしい。
さんざん魔大陸で情報を集めていても分からなかったのに、こんな形で俺の素性が割れるとは。
単純に喜べない俺とアルデールが互いに戸惑っていると、セティーリアが行動を促した。
「まあ、ここで悩んでいても仕方ない。デイル君の能力の確認と、母親の行方については、おいおい調べればいいだろう。まずは天空郷へ戻らないかい?」
「……そ、そうですね。これから調べればいいんですよね」
「ああ、そうだ。それに仮に推測が違っていたとしても、デイル君はすでに仲間だよ。これからも良いお付き合いを、願いたいものだね」
「いや、そんな。俺なんかただの冒険者だし……」
思わぬ提案に戸惑う俺に、セティーリアは畳みかける。
「何を言ってるんだ。聞けば君は、この大陸の住民を人族の迫害から救ったんだろう? そのような英雄なら、我らと対等に付き合っても、なんの問題もないよ」
すると思わぬところから反応があった。
(ほほう、デイル殿は魔大陸の英雄だったのか? たしかに興味深い仲間たちといい、儂の試練を難なくこなしたことといい、その片鱗はうかがえるな)
「フフフッ、バハムートにさえ気に入られるのだから、やはりデイル君には何かがあるんだろうよ。ちょうど我々も、変わらなければいけないと思っていたところだ。そのきっかけとして、ちょうどいい存在になるだろう」
「それって、どういう意味ですか?」
するとセティーリアは、苦笑しながら言う。
「徐々に滅びつつあるのは、神々の遺産だけではないのだ。我々ハイエルフ自体も数が減っているのに、何も手を打ってこなかった。なまじ長い時を生きる我らは、一族の繁栄とか存続について、興味が薄いからね。今回の騒動も、そんな無関心の結果だと思っている」
「……なるほど。それで天空郷の中に、変革の波を起こしたいってことですか?」
「そうだ。ただでさえデイル君は興味深いのに、アルデールの血を引いている可能性が高いんだ。そんな君になら、同胞たちも興味を示すだろう」
「俺は別に、天空郷の住人になるつもりはないんですけどね」
雲行きが怪しくなってきたので釘を刺すと、彼女は俺の懸念を笑い飛ばした。
「もちろん、そんなつもりはないさ。しかしいくつかの調査に協力してくれれば、自然に周りも動き出すだろう。謝礼もたっぷり準備しておくから、協力してくれないかい?」
「本当にそれだけで、済むんですか?」
俺は怪しげな提案に警戒感を示したが、周りの仲間たちはすっかりその気になっていた。
「さすがはデイル様。ハイエルフの血統を持つ魔大陸の英雄、ですね」
「つくづく変わってるとは思ってましたが、凄い血統だったんですねぇ」
カインは嬉しそうに、そしてリュートは呆れたように俺を見ている。
「ハイエルフにも頼りにされるなんて、さすがは旦那様です」
「うむ、やはり我が君は、ひと味違うのう」
「これでますます、兄様にハクが付きますね」
「さすが、あたしが惚れこんだ男さ」
女性陣は皆一様に、誇らしそうにしていた。
「これでデイルの非常識さにも、少し説明がつくようになったのう」
(うん、そうだね。やっぱりご主人は凄かったんだ)
(うむ、さすがは我が主。だてにサラマンダーを進化させはせんな)
(そうそう。死にかけていた私が救われたのも、運命だったんだね~)
俺の眷属たちは、さも当然のように話をしている。
どうやらセティーリアの申し出を断る選択肢は、俺にないようだ。
こうなっては、覚悟を決めるしかない。
「ふう……それでは、できる範囲で協力しましょう。だけど、俺は冒険者です。それほど安くはありませんよ」
そう言うのが、精一杯の抵抗だった。
次回、最終回です。