35.海底神殿の崩壊
18年前の師匠殺害を認めたと思ったら、バンダルクの野郎が暴走しやがった。
奴はふいに神殿の宝珠を奪うと、正気を失って攻撃してきたのだ。
そんな奴をなんとか倒したと思ったら、今度は宝珠が壊れて神殿が崩壊すると、セティーリアが言う。
「ええっ、なんとか直せないんですか?」
「時間を掛ければ直せないこともないが、そんな暇はないだろう……ほら、聞こえるだろう? 崩壊の音が」
セティーリアに上を指しながら言われ、ようやく建物の異変に気づいた。
ミシミシ、ギシギシ、ピシピシという音が、そこら中から聞こえてきたのだ。
「なんだ、この音?」
「海水の圧力で、建物が悲鳴を上げているのだよ。宝珠の制御が無くなっため、建物自体が弱くなっているんだ」
「そんな……なんとかできないんですか?」
「残念ながら、私にその力は無い。せめてできるのは、ここを脱出して犠牲を減らすぐらいだね」
セティーリアは悟りきったかのように、淡々と喋る。
それでも諦めきれず、もう一方の当事者であるバルデスにすがった。
「でも神殿が無くなったら、困るんですよね? バルデスさんなら、なんとかなりませんか?」
しかしバルデスにも、あっさりと斬り捨てられた。
「いや、我も冥界へ帰って、道を閉じるだけだ。もちろん残念ではあるが、またひとつ、冥界と地上をつなぐ道が無くなるだけのこと」
「そんな……神々の遺産なんでしょ?」
「もう神々がいなくなられてから、何千年も経つ。その間に次々と遺産は消滅してきたが、この世界の仕組みにほとんど影響していない。つまり、そういうことなのだ」
「そ、そんなもんなんですか?」
呆然と問い返すと、バルデスはあっさりとうなずいた。
ここでセティーリアが、話はまとまったとばかりに俺たちをせかす。
「さあ、こうしていても始まらない。我々も脱出しよう。神殿の入り口まで戻るのに、建物がもたないかもしれないぞ」
「それならば、デイルに渡した転移の指輪で移動したまえ。この神殿内ならば、十分に機能しよう」
「そうか、それがあったな。デイル君、やれるか?」
「え、ええ、やれると思いますけど……約束が果たせなかったのに、俺が持ってていいんですか?」
戸惑い気味に聞くと、バルデスは苦笑しながら首を横に振った。
「ちゃんとハイエルフを連れてきてくれたのだから、契約は成立している。予想外の事態にはなったが、それはもうお前の物だ」
「でも……」
「いいのだ。よくやってくれたな。我も冥界へ帰って、この道を閉じるとしよう」
「ああ、そちらはよろしく頼む。また縁があれば、どこかで会おう」
「そんなことがあるとは思えんが、ハイエルフならばあり得るかもしれんな。それでは、達者でな」
それきりバルデスは、姿を消した。
さして残念そうでもなく、実に淡々としたものだった。
彼らにとっては、それほど珍しいことではないのだろうか。
そんな風にほうけていたら、またセティーリアにせかされる。
「ほらほら、デイル君。入り口まで送ってくれないかい?」
「は、はい。まずはちゃんと戻れるか、ちょっと試してみますね」
俺は海中からの侵入口に当たる通路を思い浮かべ、転移の指輪に魔力を籠めると、次の瞬間には入り口前の通路にいた。
すると気配を察したカガリが、俺に念話で話しかけてくる。
(あ、ご主人! もう仕事は終わったの~?)
「ああ、終わったっていうか、ここから逃げ出さなきゃならなくなった。今からみんなを連れてくるから、脱出の準備をしておいてくれ」
(まあ、何が起こったざますか? なんかこの建物もガタガタいってるし、やばいんじゃなくて?)
「あ~……急いでるんで、また後で説明します。それじゃまた」
メルディーヌの追及を振り切って、俺はすぐに祭壇の間へ戻った。
するとみんなが安心したように寄ってくる。
「ちゃんと入り口までは転移できました。今から転移するんで、俺につかまってください」
「うむ、よろしく頼む」
9人と3体の眷属との接触を確保すると、俺は即座に転移した。
幸い距離は近いので、一発で跳ぶことができた。
「みんな、水の中に入れ。すぐに外へ出るぞ」
みんなが水につかる形で水に入ると、俺は魔盾で障壁を作り、仲間を囲い込んだ。
さらにリューナが水精霊を呼び寄せ、隔壁ごと海に潜りはじめる。
そうしている間にも、神殿は不気味な音を立て、天上から細かい破片が落ちてきていた。
ウンディーネ任せでなかなか進まない隔壁の中で、俺たちは今にも建物が崩壊しそうで、ずいぶんと気を揉んだものだ。
しかしなんとか外へ出ると、すぐにメルディーヌが俺たちを確保してくれた。
(ちょっと飛ばすから、つかまってるざ~ます)
次の瞬間、海の中とは思えない速度で、メルディーヌが泳ぎはじめた。
そしてその背後では神殿が、海水の圧力に負けて崩れ始めるのが見えた。
そして神殿は、あれよあれよというまに大量の空気と粉塵に紛れ、見えなくなってしまう。
そして少し遅れて衝撃波が押し寄せたが、メルディーヌとカガリは力強く泳いでいる。
さすがは海の女王だ。
彼女たちがいなければ、俺たちもやばかったかもしれない。
メルディーヌはそのままグングンと進み、間もなく最寄りの島近くへ浮上した。
彼女の手を離れて砂浜にたどり着いた俺たちは、ようやくひと息つくことができた。
「ぶはっ、やばかったな~。まさか神殿が崩壊するなんて」
「まったくだ。地上の光が、こんなに素晴らしく思えるなんて」
「まったく、デイルさんといると退屈しないねえ」
俺たちが地上への帰還を喜びあっていると、島で待っていたバハムートとバルカンが話しかけてきた。
(思ったよりも早い帰りだったな。しかもそんなに慌てて、なんぞ事件でも起こったか?)
「ええ、バハムート様。とんでもない事件が起きたんです」
(ほほう、それは興味深いのう。また天空郷へ送ってやるから、詳しく教えてくれんか)
「もうクタクタなので、少し寝させてください。明日話しますよ」
(ふむ、仕方ないのう。見張っておいてやるから、眠るがよい)
「お言葉に甘えます」
こうして俺たちは、命からがら海底神殿から逃げおおせ、眠りについた。
明けて翌日、朝食を取りながら俺たちは、昨日のことをバハムートに語った。
(なんとまあ、ハイエルフが師匠を害しておったか)
「ええ、バンダルクは神殿の宝珠に夢中で、海底神殿を引き継ぎたかったみたいですね。しかし前任のヤザン師が、アルデールさんへの継承を臭わせたために、凶行に及んだみたいです」
(そうしてほとぼりが冷めるのを待っていたところへ、おぬしがしゃしゃり出てきたわけか)
「しゃしゃり出たなんて、心外な。海底神殿が機能しないせいで、被害が出ていたから調べにいっただけですよ」
そんな話をしていると、セティーリアが横でぼやく。
「デイル君の言うとおりだ。本来、ハイエルフの問題は我々で片付けるべきなのに、彼を巻き込んでしまった。しかも海底神殿を失うとは、愚行の極みだな」
「ええ、神殿を失ったのは残念ですよね。それって何か、この世界に影響は出ないんですか?」
するとセティーリアはため息をつきながらも、意外にさばさばした顔で言う。
「いや、現実問題として、さして悪影響は無いのだ。ただ神々とこの世の接点が、またひとつ無くなった、というだけの話だな」
「それって、けっこう重要じゃありません?」
「それがそうでもない。長い年月を経るうちに、神殿のような遺物は少しずつ減っているのだ。今回の事件も、その中のひとつでしかない」
「はあ、そんなもんですか?」
「そんなものだ。神々の遺産を管理する我々の数も減っていて、その流れは押しとどめようがないのだからな」
「そうですね」
セティーリアのぼやきに、アルデールも寂しそうに同意する。
ここでチェインが、アルデールに話を振った。
「アルデールさんはこれから、どうするんだい?」
「ん? そうだな……まだよく考えていないが、まだ残る神々の遺産を、探してみようかと思っている」
「そうかい……ところでアルデールさん、もしあんたの家族が生き残っているとしたら、どうするね?」
ん? なんでそんな話になるんだ?