7.銀狼の帰還
狐人族との交渉を終えた俺たちは、今度は狼人族の集落へ向かうことにした。
狐人と狼人は交流があると聞いていたので、最初から狼人のレミリア、アレス、アニーも連れてきている。
アレスは奴隷狩りの被害者だし、アニーは”女神の盾”の一員だった。
シュウたちはそのまま故郷に残し、俺たちは案内役を雇って狼人族の村へ向かった。
険しい道を4日も歩くと、ようやく目的地に到着する。
当然ながら村の入り口では、厳しい歓迎を受けた。
「お前たち止まれ。妙な真似はするなよ。素性と目的を話せ」
「ゾットさん、俺っす、3の郷のアレスっす」
「アレス、だと?……たしかお前、1年以上前に行方知れずになっていたはずだ。今までどこにいた?」
「ああ、良かった。覚えててくれたんすね。実は俺、1年前に奴隷狩りに捕まっちまって、人族の大陸に送られたんすよ。それでこちらのデイル様に助けられて、ようやく戻ってきたっす」
「やはり奴隷狩りに遭ったのか……それにしても、人族に助けられただと? にわかには信じられん話だな」
「お久しぶりですゾットさん。旦那様の素性はこのレミリアも保証します」
「レミリア? 誰だ、お前は? そんな奴は知らんぞ」
「お忘れですか? レーニアの娘、忌み子のレミリアを」
「忌み子のレミリア……そういえばそんなのがいたな。しかし、どうやって生き残ったんだ?」
この男が不審がるのも無理はない。
レミリアは異常に成長の遅い忌み子として、この村で差別されていたのだ。
そして体の弱い忌み子は、早死にするのが相場と決まっている。
しかしレミリアは生きて戻った。
それどころか歳相応に成長し、誰もが振り返るほどの美女となって。
この件は自分だけで判断できないと考えた門番が、村長の家へ使いを出した。
しばらく待っていると、年配の男と屈強な男が連れ立って現れる。
「レミリア、生きておったのか?……その顔はまさにレーニアに生き写し……ウオオゥ、オゥ……」
いきなり年配のおっさんがレミリアに駆け寄り、彼女の手を取って泣き始めた。
「お久しぶりです、おじい様。縁あってまたここへ戻ることができました」
優しく語りかけるレミリアに、もう1人の男が疑わしそうに詰問する。
「本当にレミリアなのか? 忌み子のお前が、一体どうやって生き残った?」
「叔父様、全てはこちらにおられるデイル様のおかげです」
「ハッ、人族のおかげだと? 我らを亜人と呼んで蔑む種族がか?」
どうやらこの人たちは、レミリアの祖父と叔父になるらしい。
彼女が村長の家系なのは今後の交渉に都合がいい。
「初めまして、冒険者のデイルと申します。縁あってレミリアたちと一緒に暮らしています。今日は彼らの里帰りに合わせて、ご相談したいことがあって参りました」
「あなたがレミリアを助けてくれたのですか? しかも行方不明になっていたアレスと……」
「あっ、アニーです。ブルーとエイミーの孫で~す」
すかさずアニーも自己申告する。
「む、そうか。それではみなさん、まずは我が家へお越しくだされ」
こうして俺たちは、村長じきじきに彼の家まで案内された。
いきなり長と話ができるとは、予想外に順調な流れだ。
長の家には村の主な者が集まり、レミリアの話を聞いた。
レミリアとその両親が海の向こうに渡り、しばらくは迷宮で稼いで暮らしていたこと。
しかしある日、両親が大ケガを負い、そのまま他界して残されたレミリアが奴隷に落ちたこと。
そして俺が彼女を買い取り、魔力を注ぐことで急成長したことなどを話した。
「なんと、レミリアは魔素不足で成長が遅れていたと言うのですか? しかしこの村は、決して魔素が薄いわけではありませんが……」
「普通の狼人族には、これで十分なのでしょう。しかしレミリアは、特に高い潜在能力を持っていたんだと思います。銀狼の伝説はご存知ですよね?」
「それはもちろん。遥かな昔、絶大な力を持って一族を率いた銀色の狼人がいた、と言われております。しかしその血は絶えて久しいとも……」
「おそらく彼女は、1種の先祖返りなんでしょうね。狼人族の血脈に潜んでいた銀狼の因子がたまたま彼女に結実した、と考えると辻褄が合います。実際に彼女はとても強いですよ」
「たしかにそう考えると納得がいきますな……そんな伝説の銀狼を我々は忌み子扱いし、あまつさえ追い出していたとは……すまないレミリア、儂があの時それに気がついていれば。クウウッ……」
また爺さんが泣きだした。
爺さんは愛娘のレーニアと孫のレミリアを、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていたのだが、忌み子は不吉だと嫌う勢力から圧力を受けていた。
その圧力を気にしたレミリアの両親は村を出る決心をしたのだが、爺さんはそれを止められなかったことを、今までずっと悔いていたのだろう。
しかし、この流れに異議を唱える男がいた。
「たしかにレミリアは生き残ったが、だからといって伝説の銀狼だとは限らない。むしろ人族に傅くその様は、まるで奴隷ではないか」
「ドベル、お前が先頭に立ってレーニアたちを追い出しておきながら何を言う。レミリアの強さなど、一目見れば分かるであろうが」
「ハッ、そんなハレンチな格好で歩き回る娘なぞ、いかほどのものか。まるでそこの人族に調教された、淫らな性奴隷だな。フハハハハハッ」
このおっさん、レミリアを性奴隷呼ばわりしやがった。
たしかに彼女はビキニアーマーなんか着てるからハレンチに見えなくもないが、これは許せない。
ブチ切れて暴れようとした矢先、背後から猛烈な殺気が湧き起こった。
入り口近くで話を聞いていたシルヴァが暴風狼に変化し、怒りを剥き出しにしたのだ。
(己の保身を図るために我が主とその伴侶を愚弄するとは、救いがたき愚物よ。今すぐその首、刈り取ってやろう)
シルヴァが威圧しながら念話を送ると、その場の狼人がバタバタと平伏した。
「し、神狼様っ? デイル殿は神狼様まで従えておられるのですか? ご無礼の段、平に、平にご容赦を」
濃密な殺気に打ち震えながらも、爺さんが必死に取りなそうとする。
どうやらシルヴァは狼人族にとって、神にも等しい存在になるようだ。
実際、上位精霊レベルの彼には、信仰に値するものがあるのかもしれない。
ちなみに直接、殺気を向けられてるドベルは、真っ青になって泡を吹いている。
「シルヴァ、俺の代わりに怒ってくれてありがとう。とりあえず殺気を鎮めてくれ」
シルヴァが渋々殺気を治めると、ようやく狼人たちが頭を上げた。
「ドベルさん、先ほどの発言は非常に許しがたいものでしたが、レミリアの服装が少々軽薄に見えるのも事実。1度は許しますが、次はありませんよ」
「愚息の発言、誠に申し訳ありません。過去の経緯もあって、少々意固地になっておるのでしょう。後できつく言って聞かせますので」
「いや、それよりも後でレミリアと立ち合ってみればいい。おそらく一太刀も当てられないでしょうからね」
「なんだと、それなら今やってやる。表へ出ろ!」
さっきまで震え上がってたくせに、ちょっと挑発したらドベルがブチ切れた。
なんじゃ、こいつ?
怒りの沸点低すぎ~。
しかし、レミリアは冷静にその挑戦を受け入れた。
「分かりました。旦那様、すぐに済ませるのでよろしいでしょうか?」
「仕方ないな。あくまで程々にしろよ」
結局、少し広い所に移動して、立ち合いをすることになった。
さすがに真剣はやばいので、木の棒を使っての勝負だ。
ドベルのおっさんは余裕かましてるが、レミリアは危険な笑みを浮かべていた。
さすがに殺しはしないだろうが、かなり痛めつける気だろう。
合図と共に始まった立ち合いは、予想どおり一方的なものだった。
レミリアは相手に掠らせもせずに、ビシバシとドベルを打ち据えていく。
技も反射速度も圧倒的に上なんだから1撃で終わるのに、適当に手を抜いていたぶってる。
やがてドベルが気絶して決着がついたが、レミリアはほとんど息を乱してもいなかった。
あっけに取られる狼人族を促し、家の中に戻った。
「ま、レミリアの強さはご覧のとおりです。迷宮で鍛えたのもありますが、銀狼の名に恥じない戦士なのは間違いないでしょう?」
「おっしゃるとおりです。ドベルもあれでこの村ではトップクラスの強さなのですが、それを赤子のように扱われては、誰もが認めざるを得ません」
「それはよかった。そこでお願いが2つあります。まずは今後、レミリアのように成長の遅い子を、忌み子として差別しないでください」
「それは、そうしたいのはやまやまですが、どうしても成長が遅いと周りから浮いてしまいます。さすがにレミリアほど極端な例は最近ないのですが」
「そこはあなた方が村人に真実を伝えてください。成長の遅い子供への対処方法も教えましょう。この村に魔法使いはいますか?」
「いえ、ここに魔法を使える者はおりません。必要であればエルフに頼る手もありますが、そのような秘術、本当に教えていただけるのでしょうか? あいにくと大したお礼はできないと思うのですが……」
「それほど大した秘密ではありませんよ。その代わり、俺の計画に協力してもらえないかと思っています」
ここでようやく奴隷狩り対策について、狼人族に打ち明けた。
現状、横行している人族の奴隷狩りをやめさせるため、各種族が協力して監視と取り締まりをするべきこと。
すでに猫人族、孤人族の一部からは、協力の言質を得ていることなどを話した。
「なんと、そんなことを考える方が人族におられたとは……失礼ですが、あなたにとって何の益がおありでしょうか?」
「別に直接の利益は求めていません。ただ俺がそうしたいからです。実は俺の仲間には、奴隷狩りに捕まって売られていた者が何人かいるのです。ほとんど死にかけていた子供もいました。これ以上、あんな子供たちを出したくありません」
大真面目でそう言ってのけると、爺さんが笑い出した。
「……クフッ、クハハハハハッ……並みの人間が言えば、嘘としか思えない言葉。しかし神狼様を従えるあなた様の言うことならば、信頼できましょう。ぜひ協力させていただきたい」
「お、長、そんな軽はずみなことを言っていいんですか? 下手をすると人族と争いになりますよ」
周りで聞いていた狼人が冷静に指摘する。
「当然じゃ。そもそも我らを奴隷狩りの対象にしている時点で、すでにケンカを売られておるのだ。今までは為す術もなくやられてきたが、このデイル殿がいれば、大陸中が動くやもしれん。この話に乗らん理由などないわっ!」
「長のおっしゃるとおり、ある意味、すでに戦争を仕掛けられているのです。これに対して我々は結束して、人族に抗議する必要があります。具体的にはドワーフを窓口にし、帝国に奴隷狩りの停止を申し入れようと考えています」
「そんなことをしたら、本当の戦争になるかもしれませんぞ!」
「もちろんその危険はあります。しかしそうしないためにも、魔大陸の住人が結束する必要があるのです」
「そのとおりじゃ。デイル殿こそ永く停滞しておったこの村、いやこの大陸に吹く風よ。この老骨、全力をもって支援させていただく!」
村長がそう言って頭を垂れると、次第に周りの狼人族も従っていった。
「ありがとう、皆さん。協力して奴隷狩りを撲滅しましょう」
これでようやく3種族の同意を取りつけた。
しかも今回の訪問では、かつてないほどの手応えを得ている。
これで少しは光明が見えてきたかな。