34.戦闘勃発
海底神殿で前管理者の死を調査すると、ハイエルフのバンダルクが犯人である可能性が高まった。
それを問い詰めると、奴は祭壇の水晶玉を奪い、その魔力を暴走させはじめてしまう。
とうとう理性すら失ったバンダルクが、無差別に魔法を放ちはじめた。
「ヒャッハーー、死ぃね~~!」
奴の右手から、黒い何かがほとばしる。
その奔流の先にいたセティーリアは間一髪、右手でそれをはねのけて難を逃れた。
しかしその一撃を受けただけで、彼女の右手はボロボロになり、苦しそうに膝を着いてしまう。
「グ、グウウッ……でたらめな威力だ。一発でも食らえば、あの世行きだぞ」
「セティーリアさん、大丈夫ですか? みんな、ここへ集まれ」
俺は仲間を集めるやいなや、魔盾の障壁を発生させた。
周囲を覆うその障壁は、とりあえずバンダルクの攻撃にも耐えることが分かり、ひと息をつく。
「一体、なんですか? あの水晶玉は?」
「あの水晶は、冥界から湧き出る瘴気を浄化すると共に、この神殿の機能を司っている宝珠だ。その内に溜め込まれた膨大な魔力に当てられて、バンダルクは狂暴になっているのだろう」
「うむ、ここしばらくは機能を停止していたために、余計に魔力がだぶついているのだろう。ちょっとやそっとでは止まらんぞ」
「マジですか……この障壁だって、いつまでも持たないぞ」
そう言ってる間にも、バンダルクからの攻撃は続いていた。
奴は続けざまに黒い奔流を放ち、それが障壁をうがつ。
今はなんとか耐えているが、俺の魔力がガリガリと削られているのが、実感できた。
「くそっ、何か手は無いか?」
「クッ、これは我らハイエルフの不始末だ。私とアルデールで特攻を仕掛けよう」
「それじゃあ、犠牲が大きすぎますよ。バルデスなら対抗できないか?」
「無理だ。我でもあれをくらえば、無傷では済まんぞ。それどころか、命も危うい」
バルデスにも頼れないと知り、セティーリアの表情に一層の悲壮感が漂う。
おそらく玉砕覚悟で突っ込むことを考えているのだろうが、それは許容できない。
何か手はないかと考える俺を、チャッピーがたしなめた。
「そうあわてるな、デイル。とりあえず一瞬でいいから障壁を解いて、儂とキョロを外へ出すのじゃ。さすれば儂らが、なんとかしてやろう」
「なんとかって……そうか、あの手だな?」
「そうじゃ。妖精の真価、見せてやるわい。フヒヒッ」
非常時でも落ち着いたチャッピーの態度が、とても頼もしい。
そうだ、俺にはいつだって、頼れる仲間がいる。
「よし、ちょっとだけ障壁を解くから、みんなは防御を頼む。カインの盾とリュートの塊剣で防ぎつつ、魔剣で敵の攻撃を弾くんだ。チャッピーとキョロを送りだしたら、また障壁を張って耐えるぞ」
「お任せください、デイル様」
「了解です」
彼らがすぐ入れ替われるよう配置に就くと、タイミングを見計らって、障壁を解く。
「それっ、後は頼んだ」
「承知っ! やるぞ、リュート」
「はいっ」
すかさずカインたちと入れ替わり、俺は大盾と塊剣の陰に入る。
もちろんそれだけでは防ぎきれないので、サンドラとレミリアが魔剣で敵の攻撃を弾いていた。
おかげでわずかながら、俺は防御から解放される。
それと同時に、チャッピーを背に乗せたキョロが飛び出ていった。
「それでは行ってくるぞ」
(うふふ~、ちょっと待っててね~)
「ああ、頼んだぞ」
チャッピーの幻惑魔法で姿を消しながら、キョロが走り去っていく。
それを見ていたアルデールが、怪訝な顔で問うてきた。
「どうするつもりなのだ?」
「バンダルクを奇襲するんですよ。本当に上手くいくかは、微妙ですけどね。さて、すぐに障壁を張った方がいいか?」
「よろしくお願いします。やはりきついです」
「少しでも休めただけ、上出来さ。それ、代わるぞ」
再び俺が障壁を張ると、カインたちはその場にへたり込んだ。
盾だけでは敵の攻撃を完全には防げず、それなりに被弾していたのだ。
すぐに彼らは、治癒ポーションで傷を癒やす。
「フウッ、ようやく人心地がつきました。やはりデイル様の障壁は偉大ですね」
「ご苦労さん。これも魔盾のおかげだけどな」
無属性魔法で障壁を張れる魔盾は、セイスで手に入れたものだ。
ひょんなことから入手できたこの魔道具は、実にいい仕事をしてくれる。
俺がそう謙遜すると、ようやく立ち直ったセティーリアからも褒められる。
「いかに魔道具を使っているとはいえ、デイル君の魔力量は相当なものだな。とても人族とは思えない」
「ええ、なんでか魔力量は多いんですよ。それにしても、バンダルクの方も勢いが衰えませんね」
「あれはバンダルクというよりも、宝珠に蓄積された魔力が暴走しているだけだ。そう簡単には止まらないだろうよ」
「そうなると、やはり奴を止める何かが必要か。先ほど出た宝玉栗鼠で、どうにかなるのか?」
アルデールの質問を聞いて、セティーリアが面白そうに言う。
「なんだ、アルデールには、あれがただのカーバンクルに見えるのか? お前もまだまだだな」
「えっ、そんなに変なことを言いましたか? たしかに言葉を解すし、妙に魔力は高いようでしたが……」
「フフフッ、まあ見ていろ……そろそろかな?」
「ええ、そろそろですね」
それから少しの間をおいて、バンダルクの背後で電撃が弾けた。
「グワッ!」
(うふふ~、容赦しないよ~)
バンダルクに覚られずにたどり着いたキョロが、渾身の雷撃を撃ち込んだのだ。
その姿はいつの間にか雷玉栗鼠になっており、彼の全力攻撃がほとばしる。
さすがのバンダルクも、背後からそれを浴びせられては敵わない。
大きく痙攣すると、宝珠を取り落とした。
「今だ、撃てっ!」
「はいです、兄様」
「あいよ!」
すかさず障壁を解除するやいなや、俺とリューナ、チェインは強魔弾を放った。
ほとんど殺すつもりで放ったそれはしかし、バンダルクを大きくはじき飛ばしただけだった。
宝珠の魔力で強化されていると思われるが、それでもダメージはしっかりと入ったようだ。
奴はもんどりうつように倒れると、ピクピクと痙攣していた。
そこへ真っ先に駆けつけたカインとリュートが、奴の身柄を確保する。
「気は失ってますが、とりあえず生きているようです」
「ずいぶんと頑丈な奴だな」
少し遅れて駆けつけると、たしかに奴は息をしていた。
しかし頭でも打ったのか、白目をむいて気絶している。
そこへ大役を果たしたキョロが、まとわりついてきた。
(うふふふ~、役に立ったでしょ~、ご主人)
「ああ、お手柄だったな、キョロ。チャッピーもご苦労さん」
「うむ、なんとか上手くやれたわい、フヒヒッ」
なんとかバンダルクを取り押さえることができ、緩い空気が漂いだした矢先、セティーリアが悲鳴を上げた。
「ま、まずいぞ、デイル君! 神殿の宝珠にひびが入っている」
「ええっ、それってまずいんですか?」
「……無理に宝珠をはぎ取ったうえに、それが損壊したのだ。おそらくこのままでは神殿を維持できず、建物が崩壊を始めるだろう」
アチャ~、ちょっと失敗したか?