32.神殿の調査
俺たちはハイエルフのセティーリアから、海底神殿への案内を頼まれた。
いずれにしろ神殿へ管理者を派遣してもらう必要があるので、俺はそれを受けることにした。
まずは海底神殿の近くの小島へ行って夜を明かし、朝になるとすぐに海へ潜る。
今回は人数が多かったので、カガリの母親であるメルディーヌの力を借り、神殿までの足となってもらった。
そして巨大ガメのポッポスから借りた鍵を使い、あっさりと神殿へ入ってみせると、セティーリアが乾いた笑いを洩らす。
「ハハハ、あっさりと入れてしまったな、アルデール」
「はあ、我ながら18年も、何をやっていたのかと思いますよ」
その方法を探していたはずのアルデールが、自嘲気味に答える。
ちなみに同様に18年を無駄にしたはずのバンダルクは、黙って周囲を観察していた。
一見、神妙にしているようだが、そのギラギラした視線には、ただならぬものを感じる。
改めて警戒感を強めつつも、俺は彼らを祭壇の間へ誘った。
「さあ、祭壇の間へ行きましょうか。何か分かると、いいんですけどね」
「ああ、そうだな。まずはここの状況を確認してから、先のことを考えよう」
すぐに彼らを引き連れて、祭壇の間へ向かう。
以前のように3頭魔犬が出ることも予想したが、どうやら打ち止めだったらしい。
何も出てこない道に拍子抜けしながら進むと、やがて最上階まで到達する。
とはいえ階層を3つも上がるには、外では夜になっているぐらいには時間が経っていた。
扉をポッポスの鍵で開けて中へ入ると、例の祭壇と水晶玉が目に入る。
すると大喜びで駆けだした奴がいた。
「おお、間違いなく海底神殿だ。宝珠もちゃんと機能しているようだな。ワハハハハッ」
何が嬉しいのか、奴は水晶玉に駆け寄ると、嬉々として調べはじめた。
すでに他人のことなど目に入らないかのようなバンダルクを、セティーリアがたしなめる。
「待て、バンダルク。今から調べるのだから、手を付けるな」
「し、しかしセティーリア様。一刻も早く神殿の機能を回復させなくては……」
「いや、18年前に何が起こったかを調べるのが、最優先だ。その原因が分からなければ、また同じことが起こるかもしれないからな」
「……分かりました」
本当に渋々といった感じで、バンダルクが祭壇を離れる。
一応、セティーリアに従う素振りを見せてはいるが、どうにも信用できない野郎だ。
そんな俺の考えを見透かしたのか、セティーリアが側に寄ってきて囁いた。
「デイル君、申し訳ないが、バンダルクが余計なことをしそうだったら、教えてくれないか。私は神殿の中を調べるのに、忙しくなるからね」
「それはいいですけど、やはり何か怪しいと思ってるんですか?」
「状況的に彼が何かをしたのではないかという意見は、18年前にもあったのだ。当時は調べようもなかったのだがね」
「なるほど。それなら協力しますよ」
「頼む」
彼女はそれだけ言うと、神殿の調査に取りかかった。
まずは祭壇の間の一角にある、管理者の居室へと向かう。
その途中で、レミリアが俺に聞いてきた。
「旦那様、例の魔神族は呼ばなくていいのですか?」
「え? ああ、バルデスのことか。そのうち勝手に来るんじゃねえ? この間もそうだったし」
するとチャッピーが、俺の記憶違いを指摘する。
「たしかバルデスは、転移の指輪に念じて呼べ、と言わんかったかのう」
「ありゃ、そうだったっけ……そういえば、そんな気もするな。とりあえず呼んでみるか」
あの時は転移の指輪の話で浮かれていたため、すっかり忘れていた。
俺はそんな気まずさをごまかすように、指輪に念を込める。
てっきりすぐに現れると思っていたのだが、予想に反して何も起きない。
まあ、彼にも都合があるだろうと思い、セティーリアの方に合流する。
すると彼女は俺を待っていた。
「何をしていたのだ?」
「ああ、以前会った魔神族に、連絡してみたんですよ。この指輪に念じれば来るって言ってたんですけど、来ないようです。今は忙しいのかもしれませんね」
「そうか。できればそういうことは、やる前に言ってくれよ。いきなり見知らぬ者が現れたら、驚くだろう」
「あ~、そうですね。気をつけます」
素直に謝っていたら、ふいに背後から声が掛けられた。
「その者の言うとおりだな」
「バルデス!」
「思ったよりも早かったな。人族の冒険者よ」
振り向くと、青白い肌をした偉丈夫が、金色の瞳を輝かせながら、あいさつをしてきた。
するとセティーリアは平然とバルデスに接近し、4,5歩の距離を置いて対峙した。
「そなたがデイル殿を天空郷へ送ってくれたのだな? 私の名はセティーリア。ヤザンの同胞であり、神殿の状況を確認しにきた者だ」
「ほう、彼はちゃんと仕事をしてくれたようだ。我は魔神族のバルデス。冥界神アルダヌス様に仕え、冥界とこの神殿の連絡役を担当している」
「うむ、よろしく頼む。デイル殿の話では、貴殿はヤザンの死について何も知らぬようだが、何か気づいたことはないだろうか?」
「特に思い当たることはないな。我が異変に気づいて駆けつけた時には、彼はとうに息絶え、天空郷へ連絡を取ることもできなかった」
「何? ヤザンの部屋に通信機ぐらいはあったはずだが……」
「細かいことは知らんが、そのようなものは見当たらなかったな」
「そうか……」
セティーリアはなおも不審そうにしていたが、すぐに切り替えて調査を開始した。
そのまま全員でヤザンの部屋へ戻り、ハイエルフたちが調べはじめる。
俺たちは見守るしかできないが、バンダルクの行動には特に注意していた。
もちろんセティーリアの指示に従ったまでだが、俺も奴は怪しいと思っていた。
ひょっとして、18年前のことにだって関わっているかもしれない。
セティーリアたちはまず、机に突っ伏したままのヤザンの遺体を、詳細に調べはじめた。
まずは遺体を床に置き、冷静に服をはぎ取って状態を確認していく。
ミイラになっているので、それほど無残ではないのが救いだが、あまり気持ちのいい光景ではなかった。
「ふむ、外傷は無いようだな」
「ええ。そうなると死因は、病死でしょうか?」
「いくらなんでも、全く連絡を取らずに死ぬなどありえんだろう。ヤザンはまだ8百歳くらいだしな」
彼女にとって8百歳は、まだ若いうちらしい。
それに対し、アルデールが問いを放つ。
「それでは師匠は自ら死を選んだと?」
「分からんよ。ひょっとしたら、誰かに殺されたのかもしれないしな」
「しかし外傷は無いのですよ……まさか、毒殺されたとでも?」
「それも可能性のひとつだが、これほど時間が経っていては、何も分からんだろう」
ヤザンが死んでいた机にはカップが置かれており、その底には何か飲み物の残滓が残っていた。
しかし18年も経っていては、どうしようもないだろう。
彼女たちは引き続き室内を調べていたが、通信機の類は出てこなかった。
それはやはり、彼女たちの常識としてもおかしいらしい。
「やはり妙だな……バンダルク。ヤザンは生前、通信機を使っていなかったのか? しばしば連絡を取っていたように見えたが」
「は、はあ……もちろん使っておられましたが、ここには見当たりませんね」
どこか居心地悪げに答えるバンダルクを、セティーリアがにらみつける。
しかしそれでは埒が明かないと思ったのか、諦めて話を続ける。
「あるべき物が無いとなると、やはり外部の干渉があったと見るべきだろうな。その線で調査を進めよう」
そう言って彼女は、他の部屋へ移動を始める。
どうやら調査は、簡単には終わらないらしい。