31.海底神殿へ、再び
バハムートの協力を取りつけた俺たちは、バルカンの先導で天空郷を発ち、海底神殿へ向かった。
厳密に言うと、まずは神殿の近くの小島へだ。
そして小島へ向かう途中、海蛇竜のカガリにも連絡を取ってみた。
(カガリ、今どこにいる?)
(あ、ごしゅじ~ん。今はね、海底神殿より北の方で遊んでるよ~。ママも一緒)
(あ~、そうか。こっちに進展があったから、俺たちは神殿の近くの島へ向かってるんだ。お前も来れるか?)
(え~、もうハイエルフに会えたの~? 凄いね、ご主人。それじゃ、あたしたちも島へ向かうね。楽しみ~!)
(ああ、それじゃあ、また後でな)
カガリとの念話を終えて、セティーリアに話しかける。
「とりあえず今、仲間のシーサーペントに連絡を取りました。これから向かう島へ来てくれるそうなので、すぐに潜れるでしょう」
「ああ、ありがとう。それにしても、ワイバーンどころかシーサーペントまで手懐けているとは、とんでもないな、君は」
「そうですかね? ハイエルフもたくさんの魔物を使役できるって、聞いたことありますけど」
するとセティーリアは、笑いながら首を横に振った。
「実はそうでもないのさ。ひと口にハイエルフと言っても、いろいろだ。我々は総じて魔力が高く、魔法技術にも長けてはいるが、あまり周囲との関係を築こうとはしない。だからよほどの変わり者でない限り、魔物を使役することはないんだよ」
「はあ、そんなもんですか。まあ、俺も迷宮に潜ったりしなければ、こんなに仲間はできなかったと思いますけどね」
「ほう、デイル君は迷宮探索者だったのか。どれぐらいの実績があるんだい?」
「エヘヘ、実はこれでも迷宮踏破者なんで、向こうの大陸ではけっこう有名なんですよ。リーランド王国の、ガルド迷宮って所を踏破したことがあります」
するとその話に、アルデールが興味を示した。
「へえ、デイル君はリーランド王国の出身だったか。実は私も、あそこで冒険者をやっていたことがあるんだよ」
「えっ、そうなんですか? 奇遇ですね。どれぐらいの期間、冒険者やってたんですか?」
「そうだな。あちこち回りながら30年ほど、といったところか。私は人族の生活に興味があってね。冒険者をしながら見聞を広めていたのだが、師匠の異変を知って、こちらへ舞い戻ったのだよ」
するとバンダルクが、いかにも軽蔑するように言った。
「フンッ、人族と付き合うなど、なんと愚かしい。そんなことをやっているから、師匠にも見捨てられたのだ」
「そんなことはない! ヤザン師匠は、世界を見て回るのは良いことだと、言っていた。お前こそ下界を見もせず、分かったつもりでいるから、後継者に指名されなかったのだろうが」
「なんだと!」
一気に空気が悪くなって、殴り合いが始まりそうな雰囲気になった。
それをうんざりした顔で、セティーリアが諫める。
「いいかげんにしないかっ! 海底神殿を調べれば、ヤザンが何を考えていたかも分かるはずだ。ここでいがみ合ってどうする」
「も、申し訳ありません」
「フンッ」
アルデールは素直に頭を下げたが、バンダルクはふてくされたままだ。
奴はさっきからずっと不機嫌な様子を隠さずに、周りの空気を悪くしている。
そんなに気に入らないのなら、お前は来るな、と言ってやりたいほどだ。
そんな俺の気持ちを察したのか、セティーリアが俺に謝る。
「すまないね、デイル君。せっかく協力してもらってるのに、態度が悪くて」
「いえ、まあ、見返りもあることですし、いいですよ……ところで、18年前に何があったか、詳しく教えてもらえませんか?」
「いや、それが我々にもよく分かっていないんだ」
セティーリア曰く、それまでは天空郷も海底神殿も、正常に機能していたそうだ。
今も昔も、ハイエルフは自身の研究に取り組みつつ、いくつか残された神々の遺物を管理している。
海底神殿はその中でも特に重要なひとつであり、冥界から溢れ出る瘴気を浄化していた。
その管理を任せられるのは、ハイエルフにとっても名誉なことであり、それなりの権力となるそうだ。
そんな海底神殿の管理者として、ヤザンは百年近い時を過ごしてきた。
そしてそろそろ代替わりが囁かれる中で、それは起こったらしい。
突如、天空郷と神殿をつなぐ転移装置が、機能を失ったのだ。
天空郷は一時、大騒ぎになったが、すぐにほとんどのハイエルフは興味を失った。
どうせヤザンの方から連絡が来て、また元通りになるだろうと思ったのだ。
一応、海底神殿との連絡を回復するよう、ヤザンの弟子へ指令が下ってもいた。
その弟子こそが、バンダルクとアルデールだ。
2人はヤザンに師事し、弟子の証とされる証書を渡されていた。
この証書ってのは手のひらほどの紙片で、対となるものを師匠が保持している。
これには師匠の魔力が込められており、師匠側で紙を燃やすか、魔力が途切れるかすると、弟子に異変が伝わる仕組みだそうだ。
「アルデールさんは、それによってお師匠の異変を知ったということですか?」
「ああ、そうだ。海の向こうの大陸でそれを知った私は、ただちに帰還した。と言っても、船で帰ってきたので、ずいぶんと時間は掛かったがね」
「あっちの大陸からだと、ひと月近く掛かりますもんねぇ」
そんな話をしていたら、チェインが会話に加わってきた。
「ところでアルデールさん。師匠の異変を知った時は、どこにいたんだい?」
「ん? あの時はリーランド王国の王都にいたが、それが何か?」
「いや、アルデールさんが冒険者としてどんな活動をしてたか、気になってね」
「フフッ、それほど大したことはしていないよ。あまり目立ちたくはなかったので、ランクもCまでしか上げていない」
「へ~、そうなんだ。ちなみにその時、いい人とかはいたのかい?」
「む、やけに立ち入ったことを聞くのだな」
アルデールが少し警戒を強めるも、チェインはにこやかにそれをあしらう。
「まあまあ、ちょっとした話のネタさ。ハイエルフ様が人族とどう付き合っていたのか、興味があってね」
「ふむ……たしかに最初はけっこう苦労したな。人族の常識を知らないので、諍いになることもあった。しかし王都では、そこそこうまくやっていたと思うぞ」
「へえ……女性と情を交わすことも、あったんじゃないかい?」
「フフフ……まあ、それなりに親しい者もいたな」
「そうかい。ちなみにそうやって下界と接触を持つハイエルフってのは、他にもいるもんなのかねえ?」
「いや、ほとんどのハイエルフは、下界に興味を持たない。そういう意味で私は、変わり者に違いない」
「なるほど……それならあたしたちとは、仲良くやれそうだね」
「さあ、それはどうかな。まあ、他のハイエルフよりは、上手くやれると思うがね」
その話を聞いて、たしかにアルデールへの親密感は増した。
さすがはチェイン、うまいことやるものだ。
逆にバンダルクは馬鹿にするように鼻を鳴らしたので、ますます印象が悪くなった。
半日ほど飛び続けて、ようやく目的の島へ到着した。
そこにはすでにカガリと、その母親であるメルディーヌがいた。
(ご主人、久しぶり~! あたしはね、ママにいろいろ教えてもらってたんだよ~)
「お~、そうか。よかったな、カガリ。メルディーヌさんもお疲れさまです」
(我が子と過ごすのに問題なんてないざます。むしろ、新鮮で楽しかったざます)
「それは何より。それでメルディーヌさん、ハイエルフの方が、例の海底神殿を調べたいと言ってるんで、またあそこへ行くのに、協力してもらえませんかね?」
(あら、私の力が必要なの? 私も神殿が機能してなくてひどい目にあったから、協力するのはやぶさかでないざ~ます)
「ありがとうございます。それでは――」
無事にメルディーヌの協力が得られることになったので、海に潜る準備をする。
今回は人数が多いので、より巨大なメルディーヌの背中に乗り、魔盾による隔壁を形成した。
チェインとリューナが形成するその潜水装置には、セティーリアたちも目を瞠る。
「なるほど、これで海底深くまで潜ったわけか。我々にも似たようなことはできないでもないが、この発想はなかったな」
「ええ、そうですね。私も単独での潜水は試みたのですが、魔物の力を借りることまでは、思い至りませんでした」
18年前に海底神殿の異変が判明してから、バンダルクとアルデールは神殿への侵入を模索していた。
バンダルクはひたすらに転移装置を修復しようとする一方で、アルデールは下界を調べ回っていたそうだ。
しかし詳細な位置すら分からぬままに、無為な時を過ごしてきたのだとか。
それは師匠の跡を継ぐことも叶わずに、ひどく歯がゆい日々であったろうことは想像に難くない。
そのためかアルデールとセティーリアの顔は、期待に輝いている。
ただしバンダルクだけは暗く押し黙って、ほとんど口を聞かない。
一体何を考えているのか、少し不気味になるほどだ。
奴の動向には、注意を払う必要がありそうだ。
そんなことを考えながら、俺たちは改めて海底神殿へ向かった。