29.後継者争い
なんとか天空郷へたどり着いた俺たちが、最初に出会った住人の名はセティーリア。
れっきとしたハイエルフで、この地のまとめ役もやっているそうだ。
とりあえず自己紹介を終えると、建物の中へ招かれた。
ロビーのような所で腰を下ろして、さあお話をと思っていたら、カツンカツンという規則的な音が近づいてくる。
「ああ、警戒しなくていい。これは我々の召使いのようなものだ」
「はあ、召使い、ですか……」
姿を現したそれは、白っぽい動石人だった。
背丈が俺の肩ほどまでの、石でできた魔法生物だ。
一応、ヒトの形はしているが、その頭部はつるりとしていて味気ない。
主人の指示を受けて、簡単な仕事をする存在のようだ。
その召使いが持ったお盆から、お茶を置いていく。
その動作はぎこちないが、召使いとする分には不足はないようだ。
ゴーレムはお茶を出し終わると、またカツンカツンと足音を立てながら、去っていった。
「さて、先ほどの話だが、もう少し詳しく聞かせてもらえるかな」
「ええ、いいですよ。まず事の発端は――」
先ほどの話を補完する形で、今までの事情を語った。
まずは人魚女王に頼まれて海中を調べ、海底神殿の中で管理者の遺体を発見した話。
そしてその場で魔神族と遭遇し、新たな管理者の派遣を頼まれた、という内容だ。
セティーリアは時々質問をするだけで、おとなしく聞いていた。
やがてひととおり話すと、彼女がため息をつく。
「ハァ…………何やら面倒なことになっているようだね。本来はそうなる前に、後継者に引き継がねばならないのに」
「やはりそうなんですよね。まあ、瘴気を浄化するような設備が放置されるなんて、おかしいですからね」
「ああ、そのとおりだ。しかしどういうわけか、ここから海底神殿への道が閉ざされていてね。向こうの状態も分からないので、後任を送りだせなくて困っていたんだ」
「一応、気にはしてたんですね?」
「ああ、もちろんだ……しかし恥ずかしい話だが、神殿への移動を転移装置に頼り切っていたため、それが壊れた状態で手詰まりになっていてね」
セティーリアが苦々しそうな顔をする。
「あ~、そうなんですか……ちなみに、後継者はもう決まっているんですか?」
何気なく聞いたら、彼女はさらに苦々しい顔になった。
「……実は、後継者を自任する者が2人もいて、少し混乱しているのだ」
「ええっ、2人もいるんですか?」
改めて話を聞くと、妙なことになっていた。
海底神殿と連絡が取れなくなってから、自分が後継を託されたというものが、2人も名乗り出たんだそうだ。
しかもどちらも管理者ヤザンの弟子だったのは事実であるため、周りも判断し兼ねた。
結局、先に海底神殿へ赴いて事実を明らかにした者が後継になる、ということで一致し、2人はそれに取り組んでいるとか。
それはまあいいとして、問題はその期間だ。
「18年も前からやってるんですかぁ?」
「そのとおり……我らの感覚からすれば、別に大した時間ではないんだがな」
思わず呆れたような声を出したら、大したことないと言われてしまった。
そりゃあ、海底神殿の機能がおかしくなるわけだ。
しかしセティーリアに言わせれば、この天空郷にいるハイエルフは、それぞれに趣味やライフワークを持っていて、その片手間で仕事をしているようなものらしい。
そんなだから、ちょっと姿を見ないと思ったら、何十年も留守にすることも多いとか。
ちなみにハイエルフの寿命は、千年前後もあるらしい。
そりゃあ、18年くらい、大したことないか。
「それではその後継者候補の方に、会わせてもらえませんか? その方たちとお話をして、どうするか決めたいと思います」
「うむ、そうだな。しかしあいにくと、今ここには1人しかいない。もう1人は外に出ているので、すぐに帰るよう連絡を入れた。2人揃ったら会わせるので、少し待っていてくれるか?」
「ええ、それで構いませ――」
「セティーリア様! 何やらヤザン師匠の気配を感じたのですが」
ここでふいに、話に割り込んできた男がいた。
「バンダルク。なぜここへ?」
「ですから師匠の気配を感じたのです……む、何者ですか、こやつらは? どう見ても下界の民ですね」
「……この者たちは、バハムートが連れてきた客だ。今、私が対応しておる」
「バハムートが、ですか?」
バンダルクと呼ばれた男性が、ぶしつけに俺たちを眺める。
その態度はお世辞にも好意的とは言えず、直感的に嫌な奴だと感じた。
しかし目の前の男は、さすがハイエルフだけあって容姿は整っていた。
輝くような金の髪に、宝玉のような青い目。
鼻筋はスッキリしていて、目や口の配置も絶妙だ。
普通の女性なら、頬を染めながらため息を漏らすことだろう。
しかし、俺が人族だからといって、初見の者をこうも見下すような態度はいただけない。
セティーリアは普通に接してくれてるから、ハイエルフの皆がこうではないのだろう。
やがて品定めを終えたバンダルクが、再び口を開いた。
「その方、何者だ? なぜお前から師匠の魔力の残滓が感じられるのだ?」
「ん? どういうことだ? バンダルク」
「ですから、ヤザン師匠の魔力を感じるのです。おそらく師匠と、なんらかの接点を持っているのでしょう」
「実は今、その話をしていたのだ。デイル君、もう一度、神代の証を見せてもらえるか?」
セティーリアに言われ、俺は渋々と徽章を取り出す。
「これから魔力の残滓を感じるってことですか?」
「な、神代の証ではないか! まさか師匠の……ええい、こちらへ寄こせっ!」
「おっと、乱暴はよしてください」
バンダルクの野郎が神代の証を奪い取ろうとしてきたので、俺は身をひるがえした。
ずいぶんと乱暴な野郎だ。
なおも追いすがろうとするバンダルクを、セティーリアが制止する。
「よせ、バンダルク。客人に失礼ではないか」
「しかしセティーリア様。神代の証を下界の民が持っているなど、おかしいではありませんか。しかもそれからは、師匠の魔力が感じられるのですよ」
「それについてはこれから説明しよう。とりあえず落ち着くのだ」
バンダルクに対し、セティーリアも持て余し気味に見えるのは、気のせいではないだろう。
どうやらこの男、問題児と見た。
バンダルクも腰を下ろしてから、俺は先ほどの話を繰り返した。
いちいち話の腰を折られるのでいらついたが、なんとかひととおり話し終えると、奴は傲慢に言い放った。
「なるほど。そうだったのか。下界の民にしてはよくやったな。誉めてつかわす。その証は、弟子の私が預かろう」
「え~~~……」
その言いぐさに呆れて、セティーリアを見ると、ちゃんと止めに入ってくれた。
「待て、バンダルク。それをどうするかは、アルデールも揃ってから決める」
「なぜですか? 私こそが正当な弟子なのですから、私が受け取るのは当然ではありませんか!」
「だからそれは結論が出ていないであろう。今の段階でその方に預けるのは、不公平だからな」
「チッ……まだそのようなことを」
忌々しそうにバンダルクが舌打ちをすると、そこにかぶせるように声が掛かった。
「お前が正統な弟子だなどとは、聞き捨てならないな、バンダルク」
「あ、アルデール」
そこに現れたのは、もう1人のハイエルフだった。