26.古代竜の試練
竜の渓谷の奥で俺たちは、古代竜のバハムートに出会った。
幸いにも友好的な接触ではあったのだが、それでも天空郷へ行くには試練が必要だと言われる。
「はあ、試練、ですか?」
(うむ、大したことではない。儂の食料を取ってきてくれ)
「食料ですか? 肉なんかをお望みで?」
(いや、それもいいのだが、久しぶりに石が食いたい。これぐらいあればいいぞ)
そう言いながらバハムートは、身振りで欲しい量を示した。
その量はちょっとした小山であり、およそ牛が3頭分といったところか。
聞けば彼は数十年も眠っていたため、腹が減ってるそうだ。
自分で食いにいってもいいが、石のある坑道が狭いため、俺たちに取ってきてもらいたいらしい。
ちなみにその坑道は洞窟の奥の方にあり、すぐ近くとのこと。
俺たちとしては、それぐらいならお安い御用だと、快く引き受けることにした。
そこで外に待たせていた仲間も呼び寄せ、まずは坑道をのぞいてみた。
チャッピーの光魔法で照らしながら進むと、やがて行き止まりになる。
「とりあえずこの辺の石を掘り出して、持っていけばいいのかな?」
「う~む、なんかチロチロ光っとるようじゃのう。ちょっと明かりを消すぞ」
チャッピーが光を消すと、一時的に真っ暗になった。
しかし少し待っていると、あちこちの岩が青白く光を放ちはじめる。
やがてそれは全周に広がり、まるで星空に囲まれたような空間となる。
「うわ~、きれい」
「うむ、なんかこう、ロマンチックじゃのう、我が君」
「凄いのです~」
嫁たちが感嘆の声を上げる横で、チャッピーがつぶやいた。
「ふむ、これが噂に聞く竜輝鉱かのう?」
「竜輝鉱って?」
「なんでも、魔石のように魔素を含む石らしい。竜の多い場所で取れることから、竜輝鉱と呼ばれるようじゃ」
「へー、そんなのがあるんだ。実際にバハムートが食いたいって言うんだから、そうなんだろうな」
目的の鉱石も確認できたので、試しにいくらか掘り出すことにした。
さすがにツルハシみたいな道具は持ってないので、リュートの塊剣で岩を砕くよう頼んだ。
するとリュートはちょっと嫌そうな顔をしたが、すぐにひと抱えほどの鉱石を集めてくれた。
それをとりあえず袋に詰めて持ち帰り、バハムートに差し出す。
「試しに取ってきたんですけど、これでいいですかね?」
(うむ、ご苦労)
ゴロゴロと放り出された鉱石を、バハムートが口に放り込む。
しばしボリボリ、ゴリゴリと硬質な音が空間に響き渡った後、返ってきた答えは残念なものだった。
(ダメじゃ。魔素が散っておるから、とても食えたものではない)
「え~~っ、どうしたらいいんですか?」
聞けばバハムートは普段、鉱脈に直接かじりついて魔素ごと食ってるらしい。
じゃあ、自分で食いにいけよと思うが、大変だからこその試練だ、と言われてしまう。
仕方ないので、しばし坑道にこもって、方策を練った。
「ああ、本当だ。何かが飛び散ってるみたい」
また明かりを消してから手近な石を砕くと、青っぽい光が弾ける。
どうやら空気に触れると、魔素が放出されてしまうようだ。
しかも大きな衝撃を与えるほど、中の魔素も勢いよく噴き出てくる。
「ということは、もっと大きな塊で切りださねばなりませんね」
「そうみたいだけど、どうやる? サンドラの剣で斬りだせないかな?」
「突き出た部分を切り取るぐらいならまだしも、塊を切りだすなぞ、不可能じゃぞ」
「そうだよな~」
あまりの難題に、みんな考え込んでしまった。
そうして特に当てもなく、みんなで竜輝鉱を砕いたりしているうちに、チェインが何かに気づいた。
「あのさあ、ひと口に竜輝鉱っていっても、ずいぶんとムラがあるよね?」
「まあ、鉱石ってのはそんなもんだからな」
「たしか、土魔法で鉱石の純度を高めることって、できたよね?」
「ん~、その物質が特定できれば、やれないことはないかな」
「鉱石の純度が高まれば、魔素も濃くなるんじゃないかい?」
「あ~……まあ、やるだけやってみるか」
俺も半信半疑だったが、試しにやってみることにした。
土魔法なのでドラゴを隣に置き、使役リンクで同調を高めてから、魔法を行使してみる。
まずは鉱石の中の成分を分析し、竜輝鉱らしき成分を凝縮するイメージだ。
しばらく試行錯誤していると、片手の上に乗るくらいの塊ができた。
それは竜輝鉱の濃度を何倍にも圧縮したもので、試しにバハムートに食してもらう。
(ダメじゃ。たしかに石の純度は高いが、魔素が抜けておる)
しかし速攻でダメ出しされた。
方向性としては間違っていないが、魔素が足りないらしい。
仕方ないので再び坑道に戻って、改善策を考える。
あれこれ意見を出し合っているうちに、今度はレミリアが思いついた。
「魔素が抜けてしまうなら、もう一度、籠め直したらどうですか?」
「え~、そんなことできるのか?」
「でも、旦那様はよくやっているではありませんか」
そう言われて、みんなが意表を突かれた顔になる。
「そういえば、魔力補給は我が君の十八番じゃったのう」
「そうなのです。兄様の魔力は温かくて、心地よいのです」
「そうそう、心臓辺りに注がれると、ゾクゾクしちゃうんだよね」
(そうだね~、ご主人の魔力は美味しいんだ~)
(うむ、主に出会ってから、魔力をもらって成長したことを思いだすな)
改めて聞くと、ずいぶんと俺の魔力供給は評判が良かった。
しかし、使役リンクでつながった仲間に注ぐのと、鉱石に注ぐのでは勝手が違う
「ちょっと待てって。石に魔力が注入できるか分かんないし、そもそも俺の魔力でいいのか?」
「まあ、注入できるかどうかは、やってみんと分からんじゃろう。しかし体内に入った魔素が魔力になるのだから、考え方は間違っておらんと思うぞ」
「そんなもんかな……」
「いずれにしろ、また濃縮竜輝石を作って、試してみましょう」
結局レミリアに押し切られ、また竜輝石を濃縮した。
けっこう時間が掛かるので、今度は小さめのを作る。
そして石を載せた手のひらから、魔力を流してみた。
「う~ん、どうなってるんだろ。チャッピー、分かる?」
「ちょっと待て…………う~む、残念ながら魔力が外に流れ出ておる。両手で包んでみたらどうじゃ?」
「両手で?……こんな感じかな」
右手に載せていた石に、今度は左手をかぶせてみる。
そして両手から魔力を流してみたのだが、やはり魔力はダダ漏れだった。
そこからしばし、いろいろと魔力の流し方を試行錯誤してみる。
やがてその甲斐あって、そこそこの魔力を籠めることに成功した。
「うむ、良いのではないか」
「ようやくできた……」
結局、右手から魔力を流しながら、左手で吸い出すようなやり方が一番よかった。
こうしてチャッピーからお墨付きをもらえたその鉱石を、バハムートに差し出した。
(なんだ、ちっちゃいのう)
ぶつくさ言いながらバハムートは濃縮石を舌で絡め取り、ガリッと噛み砕く。
その瞬間、雷に打たれたようにバハムートが硬直した。
やべっ、何かまずかったか?
(う、美味い!)
大好評だった。
バハムートが幸せそうな表情を浮かべながら、濃縮石の味を評価する。
(う~む……このまったりとしながらも、後を引かない味わい。儂にとっても初めての感覚だ)
「気に入っていただけて、何よりです」
どうやらこれで、試練にも目処がつきそうだな。