25.渓谷の主
竜の渓谷でルビードラゴンをやり過ごした後は、飛竜の領域を経て、いよいよ渓谷の主へ近づくことになる。
ワイバーン自体は空を飛んで餌を取りにいくので、その生息域はさほど広くない。
しかし、その縄張りに異分子がまぎれ込めば、突っかかってくるのも当然だろう。
「ギャー、ギャー」
「また来ました」
「こっちは引き受けた。そっちはキョロ、頼む」
(りょうか~い)
さすがに空飛ぶ相手には剣も届かず、俺、リューナ、チェイン、キョロ、シルヴァで追っ払った。
特にキョロの雷撃が有効で、俺たちの手間を減らしてくれたのは助かった。
しかしそんな状況を不満げに見ていたのが、ワイバーンのバルカンだ。
(主よ、本当に我が出なくてもよいのか?)
「ああ、バルカンが出るほどのこともないからな。なまじ同族が出ると、全面衝突になるかもしれないし」
(我に任せてくれれば、敵のリーダーを倒してくるぞ)
「うんうん、バルカンは強いからな。だけど騒ぎが大きくなるかもしれないから、最後の手段にしておこう」
(むう、ならば仕方ないな……)
バルカンは簡単そうに言うが、そもそもワイバーンの群れはひとつではないのだ。
いくつもの群れの相手なんかしてられないし、下手に勝ちすぎても都合が悪い。
ワイバーンは群居性が高いから、負けた群れがそのままバルカンについてくる可能性もあるのだ。
そんなわけでバルカンをなだめつつ、俺たちは渓谷の奥を目指した。
そして渓谷に入って7日目、俺たちはようやく最奥部と思われる場所へたどり着いた。
「どうやらここが、主の住み家みたいだな」
「ええ、ワイバーンも近寄れないほどの、何かがいるようですね。あの洞窟の中、ですか」
「だろうな。シルヴァは何か感じないか?」
(うむ、何かがいるのは分かるのだが、得体が知れぬ。まるで自然の中に溶け込んでいるようだ)
シルヴァに気配を覚らせないとは、相当なものだ。
やはり高位のドラゴンか。
しかしその場で考えていても仕方ないので、洞窟に踏み込むことにした。
問題は誰が入るか、だが。
「私も連れていってください、旦那様」
「ならば、わらわも行くぞ」
「それなら俺も」
「私も行くのです」
レミリア、サンドラ、カイン、リューナが一緒に行くと言って譲らないのだ。
しかし交渉の余地があるかどうかも分からないのに、連れていくわけにはいかない。
「だから、最初は俺と眷属だけで行く。これは決定だ」
「ですが旦那様――」
「魔盾を持ってくから大丈夫だ。むしろ他にいると守りきれない」
「でも、兄様……」
「我が君……」
「大丈夫だって。すぐに戻るから」
そう言って俺は、3人の嫁を抱き締めた。
彼女たちの気持ちは嬉しいが、逆に危険な目にはあわせたくない。
それからしばしやり取りを繰り返し、なんとか彼女たちを納得させた。
最終的にはチャッピーが間に入り、冷静に諭してくれたので助かった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「お気をつけて」
俺は仲間に見送られ、洞窟に足を踏み入れた。
同行者はキョロ、シルヴァ、ドラゴ、バルカン、そしてチャッピーだ。
人外の最大戦力を伴っていた方が、多少は抑止力になるだろうと期待してのことだ。
チャッピーはまあ、最年長だし、アドバイザーみたいなもんだな。
洞窟の中は、思ったよりも明るかった。
少し先の方で、上から光が差していたのだ。
実際に足を進めると、上から光が降り注ぐ大きな空間に出た。
どうやら上部も外へ通じているようだ。
そしてその中央に、黒っぽい小山が鎮座していた。
薄暗くてよく分からないが、それはどこか生き物めいて見える。
「ゴクリ……た、頼もう! 渓谷の主殿はおられるか?」
恐る恐る声を掛けると、少し遅れて黒い小山が蠢いた。
ザワザワと揺れながら、表面の石や土がこぼれ落ちていく。
やがてその一部分が隆起し、ドラゴンの頭部が現れた。
それはガルド迷宮で見たファイヤードラゴンに似ている。
(ふむ、人族の訪問とは珍しい。多少は礼儀をわきまえているようなので、近くへ寄ることを許そう)
それは普段俺たちが使っている念話とは、少し違うものだった。
何か圧倒的な圧力というか、存在感みたいなものを伴っており、思わず膝をついてしまいそうだ。
しかし側へ寄れと言っているので、勇気を出して足を進める。
ドラゴンの近くに寄ると、その細部が見えてきた。
それは犬が丸まるような姿勢で寝ていたようで、今は足を横へ伸ばし、くつろいだ姿勢で頭だけを立てていた。
頭には鹿のようなツノが2本生えていて、顔立ちはトカゲのようだが、その瞳は深い青で、高い知性を感じさせる。
その青い瞳が、俺より3倍ほど高い位置から、こちらを眺めていた。
「お初にお目に掛かります。俺は人族の冒険者で、デイルといいます。訳あって天空郷への道を求め、ここまで参りました」
そんなあいさつを聞きながらも、ドラゴンは俺たちをしげしげと眺めている。
やがて状況を察したのか、再び念話が発せられる。
(ふむ、何やらおもしろい仲間を連れておるな。どれも上位精霊に近い力を感じる。よほど精霊に愛されておるのか……)
「え~、そうですね。妖精女王とも知り合いですし」
(ほう、ティターニアを知っておるか?)
「あ、ご存知ですか? さすがですね。ちなみにお名前をおうかがいしても?」
(よかろう。我が名はバハムート。神代の時代より生きし、真の竜である。ある者は古代竜とも呼ぶな)
「あ~、やっぱりエンシェントドラゴン様でしたか~」
チャッピーの予想したとおりだった。
しかし存外、話は通じそうだ。
(その様子では、予測がついていたようだな。おぬし、なかなかに興味深いのう)
そう言ってバハムートは首を下げ、俺の顔をのぞき込んできた。
どうやら見かけによらず、物見高い部分もあるらしい。
「ええ、まあ。竜の渓谷の最奥部を守るなら、その可能性は高いと思ってました。ところでバハムート様は、天空郷への道をご存知ですか?」
(もちろん知っておる。しかしやすやすと教えることはできんぞ。天空郷へ入るには、それなりの資格がいるからのう)
「資格っていうと、このようなものですか?」
そう言いながら”神代の証”を取り出すと、バハムートがさらに顔を近づけて証を確かめる。
もう鼻息が掛かるぐらいの距離だ。
(なんと、神代の証ではないか。おぬし、それをどうやって手に入れた?)
「それについては少し長い話になるのですが――」
それからしばらく、海底神殿で起きたことについて、バハムートに説明した。
ひととおり話し終えると、彼がしばし考え込む。
(ふむ、そんなことになっておったのか。何やらハイエルフたちに、不測の事態が起こったのであろうな)
「ええ、そうなんでしょうね。それで神殿で出会った魔神族に、新たな管理者を連れてきてくれって頼まれまして」
(なるほど。そうすると、ここへ来るのは必然だな)
「ええ、いろいろと手がかりをたどって、ここまで来ました。よければ、天空郷への道を教えて欲しいのですが……」
あとひと息だと思い、バハムートに援助を頼む。
しかしやはり、ただでというわけにはいかなかった。
(それには少し、試練が必要だぞ)