6.里帰りと交渉
ドワーフの町ガサルを訪れた俺たちは、ガル、ガムの祖父母に会うことができた。
そしてこの町から南に行けば猫人族の集落に、北に行けば狐人族の集落にたどり着くことが判明した。
そこでまず俺はバルカンに乗り、猫人のリズとミントを迎えにいった。
リズたちは飛竜に変身したバルカンに乗るのを怖がっていたが、無理矢理かっさらってガサルにとんぼ返りする。
猫人族の村までは馬車が使えないので、馬車をガランさんに預け、ガル、ガムも残して出発した。
ガルたちには、しばらく家族と一緒の時間を過ごさせてやろう。
猫人族の村に向かって歩き出すと、今度は自分が家族に会えると、ミントが嬉しそうだ。
すでに9歳のミントだが、彼女は4歳の時に村を出たのであまりよく覚えていないそうだ。
それから彼女は親子共々、リーランド王国に渡ったものの、両親は病に倒れた。
その後はシュウと一緒に暮らしていたところを、俺が拾った形だ。
一方のリズは10歳になってから村を出たので、ある程度は覚えているらしい。
彼女もやはり親に先立たれ、路頭に迷っていたところをヒルダたちに拾われ、その後、俺たちに合流した形だ。
そしてどうやら、ミントとリズは同郷であることが分かっていた。
問題はその村がどこかだが、それはこれから確認する必要がある。
実は猫人族の村はこの辺にいくつかあって、今向かっている村が故郷かどうかはまだ分からないのだ。
しかしまずは最も近い村を目指して歩き続け、4日目には目的地へ到着した。
その村はガサルに比べるとかなり貧相だったが、一応は防壁で囲まれており、門番もいた。
「君たちはどこの村の者だね?」
「あのー、昔チッタ村に住んでいたんですが、この村はなんと言うんですか?」
リズがそう尋ねると、門番が訝しそうに聞き返す。
「ここがチッタ村だが、覚えてないのか?」
「あっ、やっぱりそうだったんですね。もう10年近く前に出ていったから自信がなくて、テヘ……私はケインとレイナの娘、リズと言います」
「ケインとレイナ? 知らんな。他に家族はいないのか?」
「えーっと、たしかおじいちゃんがゲイルで、おばあちゃんがアイナでした。あと、マイクっていう叔父さんがいました」
「ああ、ゲイルさんのところか。たしかにあそこの息子は出ていったはずだが、彼はどうした?」
「人族の大陸に渡って暮らしてたんですけど、病気で……」
「……そうか、それは気の毒に。それで、そっちの子は?」
門番が今度はミントのことを聞いてきた。
「この子はミントって言って、5年くらい前まで西の方に住んでたアッツさんの子供だと思うんです」
「うん、お父さんがアッツで、お母さんはメロンっていうの」
「アッツとメロン? ああ、カムリさんとこにそんな息子がいたな。よし、それなら通ってもいいぞ」
「ありがとうございます。あっ、それであっちの人たちも一緒にいいですか? 身分は私が保証します」
ここでようやく、少し離れて見ていた俺たちの話になる。
「ん? 人族と狼人族か。どういう関係だ?」
「えーと、旅回りの行商人で、私の雇い主です」
「こんな所に行商に来るとは、珍しいな?」
「私たちの里帰りを兼ねてるものですから」
「なるほど。行商人なんかめったに来ないから、こっちとしては助かるよ。一応、荷物は確認させてもらうぞ」
その後、ドラゴに積み込んだ荷物を調べられ、ようやく通してもらえることになった。
実際に商売をするつもりで衣服や加工品を持ってきていたから、特に怪しまれることもなかった。
村に入ってまずはリズの実家に向かう。
すると、お目当ての家の中から出てきた年配の女性と出くわした。
「ひょっとして、おばあさん?……私、リズです」
「リズって、お前……本当だ、すっかり大きくなったねえ。しかし急にどうしたんだい? ケインは元気かい?」
「それが……お父さんもお母さんも流行り病で死んじゃって。こちらのデイルさんのおかげで、私だけ帰ってこれたの……」
リズがそう言うと、アイナさんが悲しそうな顔をする。
「そうかい……ケインたちは死んだのかい。でも、リズだけでも戻ってきてくれてよかったよ……あなたがリズを連れてきてくれたんですか?」
「はい、デイルと言います。彼女とは縁があって、私の下で働いてもらっています」
「そうでしたか。孫がお世話になってます。立ち話もなんですから、中へどうぞ」
家の中でそれまでの経緯を話すと、凄く感謝された。
当然、ミントの家にも寄り、彼女の家族にも会うことができた。
その晩は、リズの家で歓待を受けた。
ミントの家族も相乗りしてるので、大人数での宴会になった。
ちょうどここまでの道中で鹿を捕まえてあったので、それが夕食のメインとして供される。
その料理を食べながら、この村の話を聞かせてもらった。
この村には現在、200人に満たない猫人族が住んでいるそうだ。
猫人族自体はもっとたくさんいて、周辺には7つの村が点在しているとのこと。
しかしこの辺の村はガサルに近いため若者がそちらに移りやすく、過疎化が進んでいるそうだ。
奴隷狩りについては、昔はかなりやられていたものの、最近はそうでもないとか。
おそらく、奴隷狩りの狩場が他所に移っているのだろう。
「あのう、実は俺の仲間にも何人か奴隷狩りに遭った者がいて、そんな人間を減らしたいと思って魔大陸に来たんです」
「はぁ、そんなことをなぜあなたが?」
リズの爺ちゃんのゲイルさんに聞かれた。
「この大陸の住人を奴隷にしてる奴らが許せないんですよ。特に小さい内に攫われた子供ほど人族の地になじめず、衰弱死する場合すらあるんです。そんなひどいことを、やらせておいていいはずがない」
すると、家族と料理を食べていたミントが喋りだした。
「デイル兄ちゃんはね、すっごく強いんだよ。だけど私たちみたいな獣人も差別しないし、いろいろ助けてくれるの。だから私もお兄ちゃんを手伝って、恩返しするんだ。おじいちゃんたちも手伝ってくれる?」
「私からもお願いします。デイルさんは本気で、奴隷狩りをなくそうとしているんです」
ミントとリズが協力を求めると、家族たちは戸惑っていたが、やがて信じる気になったらしい。
「人族にもそんな方がおるんですのう。私にもぜひお手伝いさせてください」
「それでしたら、この村の責任者に会わせてもらえませんか? 奴隷狩りの対抗策について話し合いたいんです」
「分かりました。さっそく明日にでも手配しましょう」
翌日、ここの村長に会わせてもらい、状況を説明した。
この大陸で奴隷狩りが横行し、多数の亜人奴隷が人族の大陸へ送られていること。
中には衰弱してそのまま死んでいる者もおり、この蛮行をやめさせるには各種族が協力して監視網を築き、対処して行く必要があることなどを説き、協力を仰いだ。
最初、村長は俺の申し出に驚き、疑いすらしていたが、リズたちの口添えもあってようやく好意的な態度に変化した。
結局、他の種族の協力が得られるなら、猫人族を取りまとめようという話になった。
さらに付き合いのある獅子人族と虎人族の村を教ええもらい、紹介状と案内人も付けてくれるそうだ。
俺はその申し出に礼を言い、ありがたく受けることにした。
村長との話が終わってから、村の中で行商をした。
もっとも、この村には貨幣なんかほとんどないので物々交換だ。
基本的に利益度外視で売ったから、村人には大好評だった。
これによって、この村で作ってる農作物とか、周辺の魔物の情報も仕入れることができた。
交渉と行商を終えてから一旦、バルカンに乗ってガサルへ舞い戻った。
さすがにドラゴは乗れないので、バルカンが後ろ足で抱えて移動した。
重さ的に大丈夫かと思ったが、バルカンは火魔法の応用で上昇気流が作れるので、見た目以上に運搬能力には余裕がある。
無事にガサルに着くと、ガル、ガムも拾って馬車でカガチへ戻った。
その日の内にカガチに到着し、仲間たちと情報を共有する。
周辺の調査も順調に進んでいるようだった。
次の日は、新たにシュウ、ケンツ、アレス、ケシャ、アニーを連れて出発だ。
ガサルの近くまではバルカンで飛び、そこからまた陸路で狐人族の村まで4日歩く。
着いた所は、猫人族の村より少し大きい程度の村だった。
まずシュウたちが門番と話をすると、この村はシュウの故郷であることが判明した。
シュウは小さい頃に両親と共に村を出て、リーランド王国で親と死に別れた。
その後、他の孤児をまとめて頑張っていたところを、俺が拾った。
狐人族の村はこの周辺に5つあり、ケンツとケシャは別の村になるようだ。
ケンツは俺と同じ孤児院の後輩であり、ケシャは”女神の盾”の一員だった。
2人とも幼い頃に魔大陸を出て、親と死に別れた形だ。
とりあえずシュウの実家を訪ねると、大歓迎された。
さらに行商も好評で、やはり安く譲ったので凄く感謝された。
比較的トンガに近いとはいえ、人族との接触はほとんどないらしい。
ここでもチッタ村と同様に村長を紹介してもらい、奴隷狩りの話をした。
この辺でもたまに奴隷狩りの被害があるらしく、他種族と共闘できるなら狐人族を取りまとめるという話になった。
その後、ケンツとケシャの村もそれぞれ訪問し、狐人族への根回しは終わった。