24.母ドラゴン
竜の渓谷で野営していたら、俺たちは紅玉竜の襲撃を受けた。
そいつは昼間戦った奴より何倍もでかく、まさに竜種と呼ぶにふさわしい存在感を持っていた。
そんな奴が俺たちのそばへ降り立つやいなや、大きな声を上げてこちらを威嚇する。
そして今にも飛び掛からんとするところへ、ドラゴが割り込んだ。
「ヴモー!」
「グウッ?」
ドラゴはフェイクドラゴンの姿のままだが、それでも敵の気を引くのには十分だった。
ルビードラゴンは戸惑いながらも、ドラゴの様子をうかがう。
「ヴモー、ヴモヴモ?」
「ガウ?……ギャギャギャウ、ギャ」
やがてドラゴの呼びかけに応え、彼らの間で会話が始まった。
種族は全く違うのに、言葉が通じる不思議。
それとも竜の共通語とかあるのかな?
まあ、ドラゴは精霊獣みたいな存在なので、特別なのかもしれない。
やがてある程度話がついたのか、ドラゴがこちらを向いた。
(マスター、なんか昼間逃げられたルビードラゴンの、母親らしいです~)
「あ~……そういうこと? それで彼女がお礼参りに来たって感じか」
(ええ、そうみたいです。子供をいじめた人間は殺すと言ってます~)
「とりあえずそれは思いとどまってくれた、んだよな?」
そう思って改めて観察すると、めっちゃにらまれてた。
まあ、子供をいじめたのは事実だから、下手な言い訳もできない。
何か彼女をなだめる手はないかと、仲間に相談してみる。
「どうしよう。今日、狩ろうとしたルビードラゴンの親だって」
「あれは幼体だったのですね。しかしなぜあのような場所に、単独でいたのでしょうか?」
「そういえばそうだな。まあ、まずは謝って、事情を聞くか」
その後、ドラゴを介して謝罪をし、事情を聞いてみた。
すると目の前の母ドラゴンは、ルビードラゴンの中でもトップクラスの個体で、普段はもっと奥に住んでることが分かった。
しかし育成中の子ドラゴンが、フラフラと遊びに出てしまった。
どうやら腕白盛りの子供が、ストーンドラゴンを倒して、腕試しをしようとしたらしい。
さすがに同じ種族を相手に、ケンカをするわけにもいかないからな。
しかし子ドラゴンはたまたま俺たちに見つかり、袋叩きにされて、ほうほうの体で逃げ帰った。
それを聞きつけた母ドラゴンが、”そいつらぶっころす”って感じで、駆けつけたわけだ。
母ドラゴンはいまだにこっちをにらみつけてるが、さっきよりは落ち着いてる。
そもそも激怒して駆けつけたはいいが、その先に化け物みたいに強いのがいたんで、思いとどまってくれたらしい。
化け物ってのは、俺の眷属チームのことね。
みんな小型サイズに擬態してるけど、ドラゴとバルカンは中位の竜種だし、キョロやシルヴァだってかなり強いからな。
そんな彼らの脅威を背景に、母ドラゴンとじっくり話をしてみた。
(うむ、そうなのだ。あの子は背伸びをしたがっていてな)
「あ~、そういう時期ってあるよね」
最初はドラゴに通訳させてたんだが、面倒臭くなったので、俺の使役スキルを受け入れてもらった。
そもそもドラゴの通訳自体、かなり怪しかったのだ。
同じ竜種とはいえ、やはり共通の言語があるわけじゃないらしい。
しかし俺とドラゴが普通に会話してるのを見て、興味が湧いたらしい。
それで俺が意思疎通を可能にするスキルを持ってるって言ったら、母ドラゴンが食いついた。
そこでこれ幸いと契約を施し、使役リンクに組み入れたって寸法だ。
まあ、俺のスキルじゃ支配とかできないので、翻訳スキルと言っても間違いじゃないんだけどな。
(しかし、おぬしらはここへ何をしに来たのだ? わざわざこんな竜の巣窟へ)
「別に竜種と戦いにきたんじゃない。俺たちはあくまで、この渓谷の先へ行きたいだけなんだ」
(ということは、この渓谷の主と戦うためか?)
「いやいや、戦うなんてとんでもない。その主ってのと話をつけて、その先に行きたいんだ」
(ほう、その先には一体、何があるのだ?)
「”天空郷”っていう、ハイエルフの住まう地があるらしいんだ。俺はそこに行って、やる事がある」
(そうか、そのような場所があるのだな……しかしそれは、難しいだろう)
母ドラゴンは、すっかりくつろいだ状態で話をしている。
使役リンクに入ったからには、もう仲間みたいなもんだからな。
しかし予想どおり、天空郷へ行くのは難しいと言われてしまった。
「やっぱり、その主ってのが問題かぁ」
(うむ。渓谷の主は、我が足元にも及ばないほどの強大な存在だ。おぬしの願いなど、聞き入れるはずがない)
「どんな存在なのじゃ? その主とは」
ここでチャッピーが母ドラゴンに問う。
(主殿は立派な翼を持つ、真正のドラゴンよ。普段は渓谷の最奥でおとなしくしておるが、我らなど怖くて近寄りもできん)
「立派な翼、か。ガルド迷宮で倒した火炎竜みたいな奴かな」
「まあ、最低でもそのレベルじゃろうな。ひょっとしたら、さらに上位の古代竜かもしれん」
「エンシェントドラゴンって、どんなの?」
「儂も詳しくは知らん。なんでも数千年を生き、高い知性と膨大な魔力を持つ高位の存在、らしいぞ」
「それって、絶対に敵に回しちゃいけないやつだよな。はたして交渉の余地があるのかなぁ……」
すると、黙って話を聞いていたレミリアが、口を挟んだ。
「そこまで強力な存在となると、ただの力試しではないと思います。この渓谷が天空郷への唯一の道であるのなら、審査のようなものがあるのではないでしょうか」
「うむ、レミリアの言うことにも一理あると思うぞ。とりあえず話してみるしかあるまい」
「人類は問答無用で殺す、とかじゃないといいんだけどな……」
翌日から母ドラゴンも加わって、渓谷の旅を再開した。
子ドラゴンの方も途中から合流している。
最初は俺たちを怖がっていたが、かーちゃんに説得されてついてきたのだ。
慣れてみれば、かわいいもんだ。
さすがに名前は付けてないけどな。
この状況で下手に名づけすると、また眷属になっちゃうからやらない。
しかし、トップクラスのルビードラゴンが同行していれば、安全かと思ったら、そうでもなかった。
あくまでもトップクラスであって、ライバルが皆無ではないからだ。
「グオオオーーッ!」
「また新しいのが来ます」
「またかよ~」
おそらくルビードラゴンは、それぞれに縄張りを持っているのだろう。
弱い個体の場合は、かーちゃんを見るとすごすごと引き下がるのだが、気の強い奴は逆に突っかかってくる。
しかも単体じゃなくて、群れで襲ってくるのだ。
子育て中の母親とか、ハーレム持ちのオスとかな。
「グラアアーッ」
「そっち行ったぞ~」
「了解」
そんな奴らを、かーちゃんと協力して撃退するんだが、殺害は禁止されてる。
ライバルとはいえ、同族を殺めるのは避けたいとの、かーちゃんの意向だ。
幸いにも、ある程度実力を見せれば、かーちゃんの説得で引き下がってくれる。
おかげで比較的順調に、渓谷の旅は進んでいた。
「今日も疲れたな~」
「本当なのです」
「ハハハッ、しかしいい鍛錬になりますよ」
何回かの戦闘を乗り越えて、ルビードラゴンの領域はほぼ踏破した。
今は焚き火を囲んで、くつろいでいるところだ。
「それにしても、ドラゴンてのは意外に小食なんだな」
(うむ、我らは魔力さえあれば、それほど食わないからな)
そう言いながら母ドラゴンが、木の実をぱくついている。
種族によっていろいろあるが、少なくともルビードラゴンは雑食だそうだ。
だから木の実や果物に加え、肉なども食うが、その量は意外に少ない。
なんでも、この渓谷は魔素が濃いから、それで補えるんだそうだ。
(僕らもこの渓谷は居心地がいいね~)
(うむ、豊富な魔素にさらされていると、心地よいわ)
(ああ、食事量も少なくて済むしな)
(うふふ~、この渓谷の草は美味しいんですよ~)
眷属たちにも好評である。
このまま順調に、目的地へたどり着けるといいのだが。