23.ルビードラゴン
”天空郷”を目指して”竜の渓谷”を進む俺たちは、しばしば岩石竜に遭遇した。
最初は楽勝ペースで戦っていたのだが、奥に進むほど敵は強くなる。
敵の数も増えたため、リュートやサンドラでも手間取るようになってきた。
「せいっ!……フウッ、やっと倒せた」
「リュート、お疲れ~」
「ああ、ちょっと数が多くて、手間取ったな」
「フウッ、まったくじゃ」
5匹同時に襲ってきたストーンドラゴンを、なんとか撃退したものの、疲労の色が濃い。
使役リンクを駆使して総出で当たったにもかかわらず、予想外に時間が掛かった。
もちろん、まだ眷属たちの奥の手は残しているが、これでは先が思いやられる。
「さすがにこの数はしんどかったな。この先もこれが続くとなると、進み方も考えないと……」
「いや、そろそろストーンドラゴンは打ち止めじゃろう」
「なんで分かるの?」
「おそらく、こいつがこの辺のボスじゃ。ハーレムを形成しておるからな」
チャッピーに指摘され、ようやく合点がいった。
よく見ると、大きな個体に4匹のストーンドラゴンが従っていたようだ。
「あ~、このゴツイのがボスで、他はメスってこと?」
(はい、そうみたいです~)
同じ竜種のドラゴが、推測を裏付ける。
「ふむ、そうすると、次は紅玉竜のお出ましか?」
「フハハッ、腕がなるな」
カインとサンドラの鬼人兄妹が、楽しそうに笑っている。
まったく、こいつらときたら、相変わらずの戦闘狂だ。
「それじゃあ、この先は少し、慎重に進もうか」
「了解です」
「うむ、慎重にな、フハハッ」
だから嬉しそうにするなっての、サンドラ。
周囲を警戒しながら慎重に進んでいたら、シルヴァから警告が入った。
(新たな敵だ、主。敵は1体だけだが、ルビードラゴンかも知れぬ)
「とうとう来たか。カインとサンドラは前方に警戒。ドラゴとバルカンも、場合によっては変化してもいいぞ」
「よいのか? デイル。それ以上の敵を引き寄せるかもしれんぞ」
「だからって、手を抜くわけにもいかないだろ。たぶんバルカンが飛び回りでもしなきゃ、大丈夫だって」
「本当に大丈夫かのう……」
チャッピーのぼやきをよそに、やがて見目も鮮やかな紅の竜が現れた。
その体躯はストーンドラゴンよりもほっそりとしていて、馬に似ている。
しかしその大きさは馬の3倍くらいあり、特に肩周りが力強く盛り上がり、狂暴な攻撃力を感じさせる。
そして全身はまさに紅の鱗に包まれていて、燃え立つような光を反射していた。
「グルルルルル……」
奴が唸りながら、こちらの出方をうかがっている。
そんな敵に対して、こっちはカインとサンドラが前に出て、盾で防御を固める。
最強戦力のドラゴとバルカンも俺たちの側面を守っているが、とりあえずは様子見だ。
「ガウッ!」
「なんのこれしき」
ふいに敵が動いて、カインの盾に前足を叩きつけた。
しかし鬼人族で、しかも肉体レベル13のカインは、見事にその衝撃に耐えてみせる。
さすがに少し押し返されたが、突出した敵にサンドラが剣を振るう。
「セイッ」
「グギャウ」
サンドラが土の魔剣で前足を斬りつけると、敵は即座に足をひいた。
浅手だが、わずかにダメージが入っている。
敵は斬りつけられた部分を舐めながら、こちらの様子をうかがう。
そんな、相手の出方を慎重にうかがう敵に、リュートが無言で斬りかかる。
敵の胴体に塊剣が届くかと思ったら、ふいに前足がひるがえって弾き返された。
しかし、それと同時に反対側からレミリアが飛び出していた。
「ハッ!」
「グギャッ」
さすがにこの攻撃には対応できず、レミリアの水の双剣が敵の脇腹をうっすらと切り裂いた。
わずかに血しぶきが舞い、ルビードラゴンが苦鳴を上げる。
ここで俺とリューナ、チェインが、強魔弾をお見舞いすると、敵は明らかに逃げ腰になった。
ちなみにその間、シルヴァ、キョロ、ドラゴ、バルカンは周囲の警戒に徹していた。
彼らが参入すれば楽なのは承知のうえだが、あまり甘えすぎてもいけない。
特にドラゴやバルカンは他のドラゴンを呼び寄せる恐れがあったので、俺たちが危機に陥らない限り、手出し無用としておいた。
そんな状態でしばらくルビードラゴンの体力を削っていたんだが、ふいに大きな声を上げた途端、逃げられた。
それはもう、よそ見もせずに、一目散って感じだ。
「アチャ~、逃げられちゃったな」
「ええ、見事な逃げっぷりです」
「彼我の力量が見極められるからには、頭は悪くないようですね」
俺のぼやきに、カインとレミリアも応じる。
たしかに、あのままでは危険だと判断したのだろう。
その様子からすると、意外に知能は高そうだ。
「ふむ、さすがは本格的な竜種、といったところじゃな。今後が楽しみじゃ」
「ああ、そうだな。腕が鳴るというものだ」
「……まだまだ、俺の剣術も甘いな」
「あんたら、本当に戦闘狂だよね。とにかく疲れたからさ、野営の準備しようよ」
「賛成、賛成」
サンドラ、カイン、リュートにチェインがツッコミを入れたが、何が悪いんだという顔をしている。
そんな話をしながら、その日はそこで野営をすることになった。
ストーンドラゴンの肉で夕食を済ませると、今日の反省会をした。
「とにかくあのルビードラゴンは硬かったな。魔剣や強魔弾を弾いてた」
「それでも腹部はわりと柔らかかったですよ。無敵というほどではないですね」
「いや、硬さもそうですが、あの膂力も侮れませんよ。もう少しで盾を持っていかれるところでした」
「カインが苦労するんだから、相当なもんだな。まあ、あの巨体なら当然かもしれないけど」
「まあ、そうは言っても、まるで歯が立たないわけでもなかろう。シルヴァに逃げ道をふさいでもらえば、なんとかなるのではないか?」
サンドラが指摘するように、やりようはあると感じた。
それなら明日はシルヴァに加わってもらおうという話をしていたら、彼から警告が入った。
(主よ、何かが急速に接近してくるぞ。しかもでかい)
次の瞬間、俺たちのすぐ近くに、地響きを立てて何かが舞い降りた。
「グルラアアッーー!」
そして高らかに吼えたのは、巨大なルビードラゴンだった。