21.竜の渓谷
ハイエルフの住まう地”天空郷”へ行くには、”竜の渓谷”という難所を通らねばならないことが判明した。
そこで俺は、迷宮探索に同行した最強メンバーを呼び寄せる。
それと同時にチャッピーに”竜の渓谷”の偵察を頼んでおいたら、やはり上位の竜がいるらしいことも判明した。
「上位のドラゴンともなれば、その知性は人間以上じゃ。おそらく”竜の渓谷”の門番みたいなもんじゃから、話せば通じるかもしれんぞ」
「通じるかもしれんぞって、通じなかったらどうすんだよ……」
俺だけならまだしも、仲間も連れていく以上、そんな気楽には考えられない。
そう思ってチャッピーに抗議したら、レミリアが背中を押してくれた。
「旦那様、どの道行くと決めているのでしょう? でしたら覚悟をお決めくださいませ」
「そうだよ、デイルさん。こっちだって最強メンバーを集めるんだから、なんとかなるさ。あたしも及ばずながら、力を貸すよ」
「う~ん、そうなんだけどさぁ……ていうか、チェインさんも付いてくるつもりなの?」
「えっ、連れてってくれないのかい?」
チェインが当然のように聞き返してきた。
しかし俺は逆に、彼女が付いてくるつもりであることが驚きだ。
「今回のメンバー選びも、あえて2軍連中は外してるんだ。チェインさんには、ここに留まっていて欲しいんだけど……」
「それはあんまりだよ、デイルさん。たしかにあたしは頼りないかもしれないけど、同じエルフとして、ハイエルフに会う機会は逃したくないんだ。頼むよ、連れてっておくれよ」
必死に懇願するチェインを、レミリアも後押しする。
「旦那様、チェインは体術に優れていますから、それほど足手まといにはならないと思います。魔法戦力は多いに越したことはないので、連れていってはいかがですか?」
「ありがとう、レミリアちゃん」
レミリアの意外な高評価に、チェインが顔をほころばせる。
たしかにチェインは俺と知り合うまで、ガルド迷宮を攻略するベテラン冒険者だった。
ヒルダという仲間と一緒に、”女神の盾”というパーティを支える存在だったのだ。
今でこそ魔法戦士として後衛に回っているが、それまではバリバリの前衛だ。
それらの経験も加味すれば、たしかに2軍の中ではマシな方なのかもしれない。
「う~ん……レミリアがそこまで言うのなら、連れていくか。ただし、俺の指示には従ってもらうよ」
「もちろんさ。あたしがデイルさんにほの字なのは、知ってるんだろ? なんでも言うこと聞くから」
チェインが恥じらいながら、頬を染める。
彼女はしばしばこうして、俺にアプローチを掛けてくる。
ダークエルフの彼女は、褐色の肌に黒髪でとび色の瞳と、レーネに比べると地味に見えなくもない。
しかしその豊満なボディと妖艶な仕種が、とても魅力的な女性である。
俺が3人も嫁をもらってなければ、とっくにいい仲になっていただろう。
「あ、ああ、それならいいんだ」
結局、彼女も同行することになり、その後も俺たちはチャッピーの話を聞きながら、作戦を立てた。
やがて日も暮れてから、バルカンがアルヴレイムへ到着したとの念話が入る。
長老たちを伴って迎えに出ると、カインたちが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「只今、到着しました、デイル様」
「ああ、みんなご苦労さん。こちらがアルヴレイムのご長老だ」
「「お世話になりま~す」」
俺が長老を紹介すると、皆が頭を下げる。
すると長老も、嬉しそうにそれに応じた。
「ホッホ、さすがはデイル様のお仲間じゃ。歴戦の勇士の気配を漂わせておりますな」
「ハッハッハ、それほどでもないぞ、ご長老。そういうあなたも、かなりやりそうじゃ」
「とんでもない。儂はただのジジイですじゃ」
サンドラがさりげなく返すと、長老もまんざらではなさそうだ。
「さて、これでお揃いならば、中で休まれるがよかろう。こちらへどうぞ」
こうしてその晩は、またもや長老の家にお世話になり、歓待を受けた。
ちなみにリューナがいたので、ユージンへの精霊紹介を済ませておいた。
無事に風精霊と契約できたユージンが、感涙にむせび泣く。
これからしばし彼は、このアルヴレイムで精霊術を学ぶそうだ。
そしてリューナに精霊紹介の力があることを知った長老が、取引きを持ちかけてきた。
それは今後も俺たちに便宜を図ることを条件に、アルヴレイムの住人にも精霊を紹介して欲しい、というものだった。
その意図はよく分かるし、彼らには世話になったので、戻ってから対応するという形で了承した。
明けて翌日、俺たちは早々に”竜の渓谷”へ向けて旅立った。
戦士長のアインデル他数名が、入り口まで案内してくれる。
そして半日ほどで渓谷の入り口までたどり着き、彼らと別れの挨拶を交わした。
「我々の案内はここまでだ。無理だと思ったら、素直に戻ってくるのだぞ」
「ああ、ありがとう。絶対とは言えないけど、なんとか戻ってくるよ」
俺たちが精霊を紹介できると知り、アインデルの態度も大きく変わった。
彼自身は精霊術が使えるようだが、やはりアルヴレイムの衰退を憂いていたのだろう。
それを打開できる貴重な人材を、危険な場所へ向かわせることに反対もあったそうだ。
一時は力づくで止めることも考えたらしいが、そんなことできるはずもない。
結局、少しでも便宜を図って、俺たちの心証を良くする方針に転換したようだ。
心配そうに見守る彼らを残し、俺たちは”竜の渓谷”へと踏み込んだ。
「よし、みんな行こう」
「「おうっ!」」
その渓谷は、小高い山々の間を縫う緑の回廊だった。
入り口の辺りは100歩以上の幅があり、小さな川も流れている。
幸いにも川沿いに獣道ができており、歩くのにさほど支障はなかった。
そんな道を俺たちは、隊列を組んで歩いていく。
先頭をカインとサンドラ、中段をレミリア、俺、バルカン、リューナ、チェイン、シルヴァ、キョロで構成し、殿をドラゴとリュートが受け持った。
今回は索敵能力に優れるシルヴァがいるから、不意打ちの心配はまずない。
案の定、シルヴァから警告がもたらされた。
(前方に岩石竜が2匹いるぞ、主よ)
「聞いたか、みんな。ストーンドラゴンのお出ましだ。カインとサンドラは接敵に備えろ。加勢はいるか?」
「そうですね。2匹いるので、もう2人ほど加勢してもらえますか」
「それならリューナとチェインさんが、援護してやってくれるか?」
カインの要請に俺が指示を出すと、リュートが立候補してきた。
「俺にやらせてください。カイン兄を支援します」
「そうか。それならチェインさんは、サンドラを援護してくれ」
「分かったよ」
特に反対する理由もなかったので認めると、リュートとチェインが先頭へ移動する。
新たな陣形で先へ進むと、前方にストーンドラゴンの姿が見えてきた。
それは4本足で歩く、太ったトカゲのような存在だ。
トカゲといいながら足は下向きに付いているので、その体形は牛とか豚に近い。
ただしその大きさは牛の何倍もでかくて、一筋縄ではいかない相手だ。
それは名前の由来どおり、全身が岩石のようなゴツゴツした皮膚に包まれていた。
噂ではこのドラゴンは石を食らうらしく、食ったものに応じて見た目も変わるとか。
そんな巨獣がようやくこちらの存在に気づき、警戒の声を上げた。
「グオーーーッ」
「来たぞ、カイン。油断するなよ」
「了解です」
「フハハッ、了解じゃ」
嬉々として向かっていくカインとサンドラに、リュートとチェインが続く。
まずカインが前に出て挑発すると、ストーンドラゴンが突っ込んできた。
その1匹をカインが大盾で受け止め、もう1匹はサンドラが鼻先を盾でどついていなす。
するとリュートがスルスルと前に出て、カインと対峙するドラゴンの横に立った。
「グオ?」
ドラゴンがそちらに向き直ろうとするよりも早く、リュートの手に巨大な剣が現れた。
成人男性の背丈に匹敵する長さと、指3本分ほどの厚みを持つその剣の名は”塊剣”。
普通なら持ち運びにも苦労するほどの大剣は、普段は”収納の鞘”に収まっている。
ガルド迷宮制覇に対する報酬としてもらったその鞘は、どんなにでかい剣も小剣の大きさに収めてしまう魔道具だ。
そしてひとたび抜かれれば、巨大な剣が牙をむく。
「ハアッ!」
「グギャウッ」
横に回り込んだリュートが、ストーンドラゴンの首に塊剣を振り下ろした。
するとうまいこと装甲の切れ目に命中し、敵の首を半分ほど切断してしまう。
ストーンドラゴンはそのまま大量の血をまき散らし、あっさりと事切れた。
さっさと決着がついた横で、サンドラたちも奮闘していた。
サンドラは盾と剣を巧みに使い、ストーンドラゴンを翻弄する。
それはカインのように敵を受け止めるほどではないが、十分に敵を足止めしていた。
そしてその足元から、チェインの魔法が炸裂する。
「土捕縛!」
「グアアーーッ」
するとストーンドラゴンの足元が変形し、その動きを阻害した。
そして足元に気を取られた敵の首筋に、サンドラが土の魔剣を振り下ろした。
「ハアーッ!」
土の魔剣の切れ味とサンドラの技巧により、ストーンドラゴンの首はあっさりと斬り落とされた。
圧勝である。
「さっすが、見事なもんだね。みんな、ご苦労さん」
「まったく、なんて手際だい」
どうやら仲間たちの腕は落ちていないようで、ひと安心だ。
最近はなんとか週1更新を続けてきましたが、いよいよ厳しくなってきました。
”エウレンディア王国再興記”を優先したいので、本作はしばらく不定期更新とさせてもらいます。
読んでもらってる方にはほんと、申し訳ないです。
ううっ、筆が進まないでござる。
5/14 ”竜の渓谷”を”竜のあぎと”にしちゃってたので修正。
エウレンディアとごっちゃになっててすいません。