19.カイン
エルフ族最古の集落”アルヴレイム”にたどり着いた俺たちはその晩、長老たちに手厚い歓迎を受けた。
想像以上に彼らが協力的だったのは幸いだったが、肝心の”天空郷”への道は、ひどく困難だという。
そこで俺は、まずは天空郷への道である”竜の渓谷”の情報を集め、攻略の糸口を探ることにした。
翌日から古文書を読める人を助手に付けてもらい、アルヴレイムの記録を探った。
「どうやら”竜の渓谷”の情報は、これぐらいしかないそうですね」
「はい、他には見当たりませんね」
調査を手伝ってくれたアイリスが、古文書を片付けながら言う。
彼女はふんわりとした金髪に眼鏡を掛けた、優しそうなエルフ女性だ。
俺たちの調査に粘り強く付き合ってくれる、ありがたい人である。
彼女の協力でひととおり記録を漁ると、”竜の渓谷”の状況がおぼろげに見えてきた。
そこは名前のとおり、竜種が跳梁跋扈する危険な場所だ。
その情報をまとめた木板を見ながら、チェインが呆れた声を出す。
「しかしまあ、”竜の渓谷”とはよく言ったもんだね。岩石竜や紅玉竜、さらには飛竜までいるってんだから」
ストーンドラゴンやルビードラゴンてのは、わりと小型の竜種で、それぞれ岩石と紅玉に似た皮膚を持っている。
小型と言っても牛より何倍もでかいし、その身体能力も脅威だ。
しかもルビードラゴンに至っては、火の玉を吐くというんだから、油断できる相手ではない。
ワイバーンはおなじみの空飛ぶ竜種だが、あれはけっこう群れる習性がある。
さすがに普通のワイバーンはバルカンみたいに火の玉は吐かないが、空から複数で攻撃されれば厄介この上ない。
しかも、本当の脅威はそれだけではないのだ。
「ルビードラゴンやワイバーンなんて、まだましだよ。この記録によれば、高位の竜種がいる可能性が高いみたいじゃないか」
しょせんルビードラゴンやワイバーンなんて、知能の低い下位竜だ。
まれにガルダみたいに利口なのがいるが、相当長生きしないとああはならない。
だから火精霊から進化したバルカンぐらいになると、これらの下位竜は大した敵じゃない。
しかし俺たちがガルド迷宮で倒したような真のドラゴンになると、桁違いに強くなるのだ。
「高位の竜種っていうと、火炎竜とか大地竜みたいな奴かい? たしかデイルさんたちは、迷宮でファイヤードラゴンを倒したんだろ?」
「ええっ、ファイヤードラゴンを倒すなんてこと、あり得るんですか?」
チェインの言葉に、アイリスが驚いている。
しかしさすがに俺も、そこまではうぬぼれていない。
「いや、あの時は迷宮産のドラゴンだったし、敵も油断してた。天然のドラゴンに同じ手が通じるとは、思えないけどな」
「ええっ、迷宮産だからって、倒せるものなんですか? ドラゴンですよ!」
アイリスがさらに混乱してるのを尻目に、レミリアが疑問を挟む。
「しかしこの記録、本当に信用できるのでしょうか? ハイエルフから聞いた間接情報ですよね?」
「う~ん、まあそうですね。たしかにストーンドラゴンやルビードラゴンは、周辺で目撃されてますけど、それ以上奥へは、誰も行ってませんからね」
アイリスが言うように、アルヴレイムの住人は無理に”竜の渓谷”へ踏み込む必要がなかったため、周辺で下位竜を見かけるぐらいしか情報がない。
しかし、とある資料に真の竜種が奥にいるらしいことを、ハイエルフが示唆したという記録が見つかった。
「数百年も前の話みたいだし、今もいるかどうか、怪しいんじゃないかい?」
「いや、都合よく考えておいて、実際にいたら大ごとだ。最悪を想定して、準備を整えなきゃ」
「それではやはり、仲間たちに召集をかけますか?」
「ああ、ガルド迷宮の踏破メンバーを呼ぼう。俺がバルカンと一緒に戻って、カインたちを連れてくるよ」
レミリアが提案したように、俺は仲間を迎えにいくつもりだった。
するとここで、チャッピーが嬉しい提案をしてくれた。
「戦力を集めるのもいいが、情報も必要じゃろう。ちょっと儂が”竜の渓谷”の中を、見てきてやろう」
「大丈夫か? チャッピーが見える魔物だっているだろ?」
「たとえ妖精が見えても、無視されるわい。まあ、奥の竜種には用心するがのう」
「……そうか。ちょっと心配だけど、頼むよ。気をつけてな」
「うむ」
人の目からは隠れられるチャッピーだが、強い魔物には通じない。
しかし情報は欲しいから、彼の厚意に甘えさせてもらうことにした。
その後、俺はレミリアたちを残して西部へ戻ってきた。
まずはバルカンのみを連れて、セシルの故郷へ転移したのだ。
そこからバルカンに乗って、カインの故郷まで飛ぶ。
「デイル様、どうしたのですか?」
村の外に現れたバルカンを見て、すぐにカインが飛んできた。
カインは赤髪に紅い目を持った鬼人の偉丈夫だ。
村長の一族である彼はすでに所帯を持ち、次期村長の候補として活動しているのだ。
「よう、カイン、久しぶりだな。実はまた、力を貸して欲しくてな」
「何を水臭い。デイル様のためなら、なんでもやりますよ」
カインが男臭い顔で笑う。
彼が故郷に住むようになってから会う機会は減ったが、彼はこうして変わらぬ忠誠を誓ってくれている。
俺も断られることはないと思っているが、彼にも立場があろう。
「実は海で異変があってな。それを調査していたら、ハイエルフのいる天空郷へ行かなきゃいけなくなった。だけど、そこへ行くには竜種が跋扈する道を――」
「ちょっと待っててください!」
「お、おいっ」
とりあえず主旨だけでも説明しようとしたら、途中でカインが消えちまった。
しばらく待っていると、彼が装備を整えて現れる。
「準備してきました、デイル様。すぐに行きましょう」
「すぐに行こうってお前、いいのかよ?」
「ええ、大丈夫です」
”風の魔槍”にオーガ革の大盾を持ったカインが、ニコニコ笑って立っている。
その身には、やはりオーガの革で仕立てたパンツと胸当てを着けている。
妖精迷宮も踏破した、彼の完全装備だった。
この装備をまとった彼にはオークの突進も通じないほどで、彼が”鉄壁のカイン”と呼ばれる所以である。
俺は念のためカインの親父さんに話を通したが、彼も快く了承してくれた。
まあ、西部同盟の立役者に、いやとは言えないのは分かってるけどな。
ちょっと顔がひきつってたけど、許してもらおう。
それからカインを伴って、カガチの拠点へ戻る。
するとそれを嗅ぎつけたサンドラが、すぐに駆け寄ってきた。
「おお、我が君。ようやく戻ったのか? 寂しかったぞ」
腰まである豊かな青い髪を揺らして、サンドラが抱き着いてきた。
竹を割ったような性格のわりに、けっこう寂しがり屋でかわいいところのある嫁だ。
赤いビキニアーマーに包まれた肢体を、嬉しそうに押しつけてくる。
「おお、兄者ではないか、久しぶりじゃな。嫁御殿は元気か?」
「ああ、お前も変わりなさそうだな」
ついでのように挨拶されたカインが、苦笑しながら答える。
まあ、この辺も平常運転だ。
「それで我が君、レミリアやチェインがおらぬが、どうしたのじゃ?」
「ああ、実は天空郷への道を見つけたんだが、厄介な場所らしくてな。最強メンバーを集めようと思うんだ」
「ほほう……それは楽しみじゃな」
練達の剣士である彼女が、不敵に笑いながらそう言った。