6.カガリのママ
黒い海蛇竜の頭部を凍らせて、戦闘に勝利した俺たちだったが、カガリが意外なことを言いだした。
「はあ? これ、本当にお前のママなのか? カガリ」
(う~ん、まだ自信ないけど、そんな気がする~)
どうやら確実ではないようだが、その可能性があるなら殺すことはできない。
「とりあえず、近くの陸地に上げて様子を見るか。イレーネさん、一番近い陸地はどこですか?」
(それなら、こちらの方向に小さな島があるようです)
人魚たちは散開して調査を行っていたから、その情報を統括するイレーネさんは地理にも詳しいのだ。
教えてもらった方向へみんなで移動すると、やがて島が見えてきた。
その島は近くに寄っても全体が見渡せるようなちっぽけなものだったが、砂浜があるのでシーサーペントを陸揚げするのにはちょうどよかった。
カガリとその配下の力を借りて、敵の巨体を砂浜に押し上げる。
いまだに頭部は氷漬けのため、シーサーペントは気絶したままだ。
「さて、カガリ。なんでママだと思うんだ?」
(うん、ママと臭いが似てるの。最初はよく分からなかったけど、海上に出てから、なんか懐かしい臭いだって気づいたんだ)
「ふーん、最初は分からなかったのか。気絶して何か変わったのかな? そういえば、なんか所々、白くなってるな」
さっきまで全身が黒かったのに、所々に白い鱗が見えていた。
するとその表面を突いていたチャッピーが、思わぬことを言いだす。
「デイル、この黒いの、闇属性じゃないかのう」
「闇属性? ヤバくないか、それ」
「いや、これ自体に危険性はないようじゃ。しかし、シーサーペントが闇属性をまとうなぞ、聞いたことがないのう」
(そうですね。シーサーペントは海の王者ですが、決して邪悪ではありません)
イレーネもチャッピーの意見に賛同する。
すると、黒サーペントの体を嗅ぎ回っていたカガリが、ふいに水流を吹きかけた。
まるで何かを洗い流すように、黒サーペントの体に水を吹きかけていく。
そしたら表面の黒い何かが、徐々に剥げてきた。
やがて頭部以外はすっかり白くなってしまう。
(ご主人~、頭の氷、取って~)
「う~ん、大丈夫かなあ。また暴れるかもしれないぞ」
(ん~、なんとかするぅ)
カガリにしては珍しく、断固たる決意が窺えた。
レミリアも頷いていたので、その場で凍結魔法を解除する。
氷が消えても、まだ気絶している敵サーペントの頭を、またまたカガリが洗う。
すると、後にはカガリとそっくりな、白銀の蛇体が残された。
さらにカガリはその口をこじ開けると、中に水を吹きこんだ。
「ギョブッ、ギョギョギョギョッ」
すると奇妙な声を上げながら、敵サーペントが覚醒した。
人間でいえば、息を吹き返したようなもんだろう。
そしたら今度は、新たな念話が俺たちに届く。
(フオーッ、なんて爽やかな目覚め。こんな気分はずいぶんと久しぶりざーます。さっきまでは悪い夢を見てたみたい)
う~ん、なんか濃いキャラクターだな。
こんなのと付き合ってると、ちょっと疲れそうだ。
そんなことを考えていたら、カガリが呟いた。
(ママ)
するとそれに気づいた敵サーペントが、カガリに気づく。
(あら、こんなところに私と同じ種族が。ちょっとあんた、人の縄張り荒らしてんじゃないざます)
(ここはママの縄張りじゃないよ)
(はあ~! なんであんたがそんなこと知ってるざます。たしかにここは私の縄張りじゃないみたいだけど。っていうか、ママって呼ぶなざますっ!)
(だってママなんだもん。あたし、ママの臭い覚えてるよ。そして名前はメルディーヌっていうんだよね)
その言葉に敵サーペントが大きく動揺した。
(ななな、な~に言ってるざます、あなた。なんであんたが私の名前知ってるわけぇ? その名前は親しい家族にしか……ハッ、スンスン、スンスン)
急に敵がカガリの臭いを嗅ぎだした。
カガリの方はくすぐったそうにしているが、決して嫌そうではない。
そしたら今度は敵サーペントが、カガリを舐めだした。
(ペロペロペロ、ペロペロペロ……この臭い、味。まさかあなた、まさかあなた)
何やらただ事でない雰囲気で敵サーペントが身悶えし始めた。
そして次の瞬間、奴はカガリに抱き着き、滝のような涙を流し始めた。
(ウオーーッ、ウオーーッ。生きて、生きていたのね~、マイ・スウィート・ハートォ。こんなに、こんなに嬉しいことはないざ~ます。ウオーーッ)
念話なのに、奴の思念は俺たちに騒々しく響いた。
なんともうるさくて仕方ない。
しかし敵、いやカガリのママを止める術などなく、彼女が泣くに任せるしかなかった。
やがてさんざん泣いておとなしくなったカガリママと話をする。
「えーっと、俺はデイル。冒険者ですけどカガリ、つまりお嬢さんを拾って使役契約を結んでます」
(ご主人はね、死にかけてたあたしを助けてくれたんだよ。おまけに魔力を分けてくれたから、こんなに大きくなったんだ、エヘヘ)
(まあっ、そうだったざますか。私はメルディーヌ。北の海では深海の魔王とか呼ばれてるざます。娘がずいぶんとお世話になったようで、感謝の言葉もないざます)
「はあ、まあカガリとは偶然会ったんですよ。まあ、この水の双剣に引き合わせられたとも言えますが」
そう言ってレミリアの双剣を見せると、メルディーヌの顔色が変わった。
いや、本当に変わったんじゃないんだが、ひどく驚いたように見えた。
(こここ、これって、凄い魔道具じゃございませんこと? なんか魔力をビリビリ感じるざます)
「え、そうなんですか? これは迷宮の階層を初クリアしたら出てきた品なんですけど」
(迷宮産ざますか。道理で。これは使い方によっては、もの凄いことができるかもしれませんわよ)
(うん、さっきもママの頭を凍らせてたもんね。あたしのご主人は凄いんだよ、エヘヘ)
(本当ざますか? そういえば、私が暴れてた時に、急に気を失ったのは、それだったざますか)
メルディーヌがしきりに納得している。
「そういえば、なんでメルディーヌさん、暴れてたんですか? さっきまで闇の瘴気に包まれてたみたいだし」
(闇の瘴気? なんざますか? それ)
「えーっと、これですよ」
俺はまだ足元に残っていた黒いカスを指し示した。
するとメルディーヌがそれを舐めとり、しばらく分析していた。
(こ、これはっ!)
どうやら何か、心当たりがあるようだ。
作中で”マイ・スウィート・ハート”とか出てきますが、この世界での外来語みたいなものと解釈ください。転生者設定はないです。