5.黒いシーサーペント
北の海の調査に出かけた俺たちは、快適に旅を続けていた。
昼間は人魚たちが散開して調査する後ろを付いていき、夜になると近くの陸に上がって野営をした。
ずっと俺と一緒にいられるカガリは上機嫌だし、レミリアやリューナもいるから俺も退屈しない。
そして予定では最後の5日目も、特に異変なく終わりそうだった。
「とうとう今日で終わりですけど、異変ありませんね」
(いいえ、本来はもっと北方にいる魚たちを多く見かけます。間違いなく異変は起こっているのです)
念話で答えてくれたのは、イレーネという古参の人魚だ。
古参だけあって知能が高く、俺との使役契約によって意志の疎通が取れるようになってる。
しかし彼女からすると、今の状況は異常らしいのだ。
「ふーん、そうなんですか。そのうち何か――」
(あっ、先行している部隊から連絡がありました。何か大きな魔物と戦闘に入ったようです)
「大きな魔物ですか?……まあ、カガリもいるからなんとかなるかな」
(任せてよ、ご主人。あたしの強いとこ、見せちゃうから)
「そういうところが信用できないんだけど、無視はできないな。イレーネさん、案内してください」
(はい、付いてきてください)
イレーネに従い、速度を上げるカガリ軍団。
すると、チェインが不安の声を上げる。
「そんな巨大な魔物なんて、大丈夫かね? あたしらは海の中じゃ何もできないよ」
「まあ、そうなんだけどな。いざとなったら、この隔壁をカガリから分離できるよな? リューナ」
「はい、できるのです」
「なら、戦いはカガリたちに任せて、俺たちは後方で見てようぜ。無理することはないって」
「でも、もしカガリまでやられたらどうするんだい?」
「そんな不吉なこと言うなって……まあ、もしもの時はリューナにどでかいのぶっぱなしてもらって、逃げるとしようぜ」
「それはちょっと怖いねぇ。あたしらも巻き込まれないかい?」
「もうっ、私だって今ではけっこう制御できるんですよ」
そんな無駄話をしているうちに、前方が騒がしくなってきた。
暗くてよく見えないが、たしかに何かが暴れているらしい。
やがて、蛇のように細長い何かが見えてきた。
それはまるで、カガリを黒く大きくしたような存在だった。
「おい、あれって、海蛇竜だよな? カガリ、お前の知り合いか?」
(ん~? 分かんな~い)
(たしかにあれはシーサーペントですね。体の色は真っ黒ですが。それにしても大きな個体です。おそらくかなり高齢かと)
イレーネがいろいろ解説してくれたが、そのシーサーペントが暴れ回っていた。
多数の人魚や半魚人がまとわりつくのを嫌って尻尾を振り回し、水のブレスを吐き出している。
その様はまるで狂ったような暴れ方で、とても近くに寄れない。
しかし、それに闘志を燃やす奴がいた。
(あいつ~、好きなように暴れやがって~。この辺の女王はあたしなんだぞ~。ご主人、ちょっとやっつけてくるから待ってて)
「おいおい、大丈夫かよ。向こうの方がお前よりでかいぞ」
(ん~、手下もいるからなんとかなると思う~。とにかくあたしから離れてて~)
「うーん、仕方ないか。リューナ、隔壁を分離してくれ」
「はいです、兄様」
リューナの操作で、海水を締め出してる隔壁がカガリから離れた。
すると卵状の隔壁が浮き上がり始めたので、すかさずレミリアのウンディーネに押さえてもらう。
そのまま海中に留まって見ていると、カガリとその仲間が敵の黒いシーサーペントに向かっていくのが見えた。
まずカガリが正面から突っ込んでいくと、敵とつかみ合いになった。
つかみ合いというか、互いの蛇体を絡め合って噛みつこうとしている。
しかし、敵の方が何割か体が大きいため、カガリが不利だ。
そこで配下の針海豹、鋭刃鮫、喋海豚などが、黒サーペントに向かっていく。
カガリよりさらに小さいが、数十匹が束になると、それなりの力になる。
チマチマ黒サーペントにまとわりついていたら、やがて敵がキレた。
「ググガガガガガーーーッ」
さっきまでも凄い暴れ方だったが、今度は狂ったように暴れはじめた。
体をメチャクチャに振り回し、水のブレスを吐きまくる。
敵に取りついているカガリも、かなり苦しそうだ。
(ぐうう~っ、このままじゃ敵わないよ、ご主人~。なんとかして!)
「海の中で海獣のケンカに割り込めとか、アホかお前は? でもこのままだと、カガリがヤバいな。何か手がないものか……」
考え込む俺に、レミリアが提案をしてきた。
「旦那様、水の双剣の力で、頭を凍らせてみてはどうでしょう? 以前、大型魔物で効果がありました」
「ん? そういえば、そんなことがあったな」
以前、遭遇した地竜があんまりタフだったもんだから、頭を丸ごと氷漬けにしたことがあった。
さすがに竜種だけあってそれだけでは死ななかったが、気絶させることはできたので、今回も期待できる。
「よし、その手で行くか。カガリ、お前と配下はそいつの頭の動きを止めろ。一瞬でいいからな。そしたら俺とレミリアでとどめを刺す」
(う~~っ、大変だけど、なんとかするう~)
「任せる。リューナは、俺とレミリアを隔壁から切り離してくれ。レミリアは呼吸できないけど、我慢できるか?」
「しばらくの間なら耐えてみせます、旦那様」
「気をつけてくださいね、兄様。切り離しますよ~」
ふいに俺とレミリアが海中に放り出された。
俺の方は水精の衣に身を包んでいるからすぐに順応できたが、レミリアは生身だ。
しかし、彼女はウンディーネと契約しているから、案外大丈夫そうだ。
そしてレミリアが俺の腰を抱え、水中を突き進む。
その先には暴れ回る黒サーペントがいた。
カガリとその配下が、渾身の力で敵を押さえ込もうとしている。
やがてその努力が報われ、わずかに敵の頭が止まった。
その瞬間を待っていた俺は、レミリアの双剣に魔力を流し込んだ。
そして黒サーペントの頭部を覆う形で、瞬間凍結魔法を行使する。
ビキビキビキッ。
そんな勢いで敵の頭部が氷に包まれると、やがて敵が動かなくなった。
やがてゆっくりと、そいつが浮上し始める。
(カガリ、そのままこいつを海上へ運んでくれ)
(りょうか~い。さすがご主人だね、簡単に倒しちゃった~)
(いや、こいつはまだ気絶してるだけだからな。気をつけろよ)
(あ~い)
カガリが敵を抱えたまま浮上し始めた。
俺とレミリアもそれに便乗すると、さほど掛からずに海上へ出ることができた。
リューナとチェインも続いて現れた。
「さて、こいつはどうしようか? とりあえず息の根を止めて、近くの陸で解体するかな」
そう提案した途端、カガリが猛烈に反対してきた。
(待って待って、ご主人。このシーサーペント、あたしのママかもしれない)