4.サンドラの復讐
トンガで買い物を済ませ、町中を馬車で進んでいたら、ふいにサンドラが声を上げた。
「兄者、あそこにいるのはジャミルではないか?」
「何、どこだ?……そうだ、少し外見が変わっているが、奴に違いない」
それにカインが応えたと思ったら、もう2人は馬車を降りて走りだしていた。
そして向こうから歩いてきた男たちの前に、立ちはだかる。
向かい合った男の2人は人族で、もう1人は鬼人族だった。
さらにそいつらの背後には、小柄な剣牙虎が従っていた。
「ジャミル、ここで会ったが百年目。我らを奴隷に落とした恨み、今日こそ晴らしてくれるわっ!」
「サ、サンドラ! それにカインまで! なんでお前らがここにいる?」
「おぬしに復讐するために決まっておろうが! ちょっと顔を貸せい!」
いきなりサンドラたちがケンカを売ってしまったので、俺は馬車を停めて様子を見ていた。
相手の鬼人は明らかに動揺しており、サンドラに捕まりそうになったところで、仲間の1人が割り込んだ。
「おいおい、鬼人のお2人さんよ。こいつは俺らゲッコー商会の人間なんだ。変な言いがかりはよしてくれ」
「言いがかりなどではないわ。2年前にこやつが我らに毒を盛り、奴隷商人に売り払ったのじゃ……む、そう言えば、おぬしにも見覚えがあるぞ」
「ヘヘッ、たしかに俺たちは奴隷も扱ってるから、会ったことはあるかもしれねえな。しかし、別に俺たちは法を犯してるわけじゃないしなあ」
「毒を盛って奴隷商人に売り渡すことの、どこが合法なのだっ!」
カインも激怒しているが、話が噛み合わない。
帝国の法律では、魔大陸で亜人を奴隷にしても罪に問われることなんてないんだろう。
逆に亜人側にはそれを規制する法も強制する力もないから、やられっぱなしなのだ。
仕方ないので止めに入った。
「まあ待て、カイン、サンドラ。そんなことをここで議論しても始まらないだろう……初めまして、ゲッコー商会さん。私はフェアリー商会のデイルと申します」
「こいつはどうも。私はバダムってもんです。ゲッコー商会で副支店長をやってます。それで、あなたが彼らの主人ですか? 失礼ですが少々、亜人を甘やかせ過ぎじゃないですかね」
「彼らは私の部下であり、大切な仲間ですよ。しかしまあ、たしかに町中で騒いだのは感心しません。よく言い聞かせますので、今日はこれで」
「な、我が君、それでは――」
「帰るぞ、サンドラ、カイン。それでは失礼します」
俺はカインたちを強引に馬車に押し込み、その場を後にした。
「我が君、我らの復讐を手伝ってくれるのではなかったのか? この千載一遇のチャンスを逃しては――」
「落ち着け、サンドラ。こんな町中で問い詰めても、惚けられてお終いだ。下手に暴れて衛兵に目を付けられても困る」
「しかしデイル様。それでは、それでは一体どうすれば……」
「別に何もしないとは言ってないだろ。チャッピー、悪いけどあいつらの後を付けて、状況を調べてきてもらえないかな? 奴らが町の外に出る予定とかが分かると、助かる」
「ふむ、任せておけ」
チャッピーは俺の頼みを快く引き受けると、フワフワ飛んでいった。
こういう場合、普通の人間の目には映らないチャッピーは最高のスパイだ。
それなりに情報を仕入れてくれるだろう。
「そうか、奴らが町の外に出た時に襲うんですね?」
「ああ、そうだ。外でならたっぷりとお返しをさせてやる」
「さすが我が君、先のことまでよく考えておるわ」
「お前らが考えなさ過ぎなんだって……まあ、仇が目の前にいたら、黙ってられないのも分かるけどな」
「申し訳ありません……」
ようやくカインたちが落ち着いてきた。
「それで、あの鬼人がジャミルって奴か。後ろにいたサーベルタイガーが、奴の使役獣だろうな」
「そうです。以前は狂暴狼を使役してたのに、いつの間にかサーベルタイガーを従えるほどになってるとは」
「ああ、やっぱりその程度か。あのサーベルタイガーはそんなに強くないぞ。たぶん小さい頃から飼い慣らしたんだろうな」
「一目見ただけで、そこまで分かるのですか? しかし、たしかに野生のサーベルタイガーを従えるのは、至難の業のはず。奴隷売買で稼いだお金で、幼体を買ったのかもしれませんね」
「たぶんそんなとこだろうな」
拠点に帰る間に話を聞くと、ジャミルはカインたちの幼馴染みだったらしい。
奴は使役スキルを持ってはいたものの、鬼人族としては弱い部類だったそうだ。
しかし狩人としては腕が良かったので、2年前も信頼して一緒に狩りに出た。
ところが昼食で振る舞われたお茶に毒が入っており、彼らは半死半生の状態で奴隷商人に引き渡されてしまった。
彼らは隷属の首輪を付けられた状態でトンガへ送られ、リーランド王国の商人に売られた。
さらに王国で男爵家の次男の奴隷となり、いきなりガルド迷宮へ付き合わされてしまう。
そしてゴブリンの群れに襲われて死にかけていたところを、俺が救った形だ。
結果的に俺はかけがえのない仲間を手に入れたが、やはり奴隷売買なんて許せるもんじゃない。
その晩遅くにチャッピーが戻ってきた。
「あやつは明日、南の森に狩りに出かけるそうじゃ。4刻ごろ出発すると言っておったぞ」
「さすがチャッピー、ありがとな。それじゃあ、俺たちは3刻前に出るから、カインとサンドラは準備しとけ。シルヴァとキョロも付き合ってくれよ」
「了解です。こうも早く復讐のチャンスが来るとは、ついてますね」
「まったくじゃ、さすがは我が君。それにしても腕が鳴るわい」
そう言いながらカインとサンドラが武器の手入れをし始めた。
2人ともめっちゃ嬉しそうだ。
まあ、2年も我慢してきたんだ。
俺もできるだけ手を貸してやろう。
翌朝早くに拠点を出発し、トンガの北門から南門へ抜けて近くで奴らを待った。
しばらくすると、ジャミルたちが馬車で門から出てくる。
チャッピーに後を追ってもらいつつ、俺たちも遅れて付いていった。
1刻ほどで狩場に着くと、奴らが馬車を置いて森に分け入った。
俺たちもそれを追い、適当な所でジャミルの誘き出し作戦を実行する。
まずキョロが雷玉栗鼠に変身し、奴らの前を彷徨いて森の奥に誘い込んだ。
キツネに似た幻獣のキョロは、その強力な攻撃から”雷撃のキョロ”というふたつ名を持つ。
そのキョロを追うジャミルたちを、シルヴァが乱入して分断した。
しかしジャミルは自分のサーベルタイガーによほど自信があるのか、仲間とはぐれてもキョロを追い続ける。
そうして十分に仲間と引き離したところで、カインとサンドラが姿を現した。
「ウワッ、サンドラ、カイン! お前らがなぜここに?」
「おぬしとじっくり話をするために決まっておろうが」
「なんだと?……そうか、俺をはめたな。だがこのサーベルタイガーを倒せるか? 行け、ブリッツ、奴らを食い殺せ!」
さすがジャミル君、問答無用でサーベルタイガーをけしかけてきた。
さらに奴自身も、すかさず弓を構えて矢を放っている。
しかし、そんなものがサンドラたちに通じるはずがない。
「なんだ、こいつ。おぬしに従うだけあって弱いのう」
仔牛ほどもあるサーベルタイガーが飛びかかってきたが、サンドラに1刀の元に斬り捨てられた。
カインに向けて放たれた矢も、簡単に打ち落とされている。
不利を悟ったジャミルはすぐに逃げたが、俺が風弓射で足止めしてやった。
文字どおり足に矢を食らったジャミルが、無様に地面を転げ回る。
「フッフッフ、ジャーミールー。この時を2年間待ち望んでおったぞ。たっぷりと話を聞かせてもらおうではないか」
「待て、話せば分かる。あの時は事情があったん――グボゥッ」
言い訳しながら後ずさるジャミルに、サンドラが蹴りを入れた。
「さて、まずはなぜあのようなことをしたのじゃ?」
しかし、ジャミルは見苦しく弁解するばかりで、なかなか話が進まない。
そこでカインとサンドラは、苛烈な手段で対応した。
彼が嘘をつくたびに指の骨を折ったり、ナイフを突き立てるなどして、自白を引き出したのだ。
正直、見てて気持ちのいいものではなかったが、俺は黙って見守っていた。
そうして分かったのは、ジャミルが2人への劣等感から犯行に及んだことだった。
奴は2人の幼馴染みであると同時に、サンドラに恋い焦がれていたらしい。
しかしサンドラは女でありながらも、将来を嘱望されるほどの戦士であったため、弱いジャミルは劣等感を抱えていた。
そしてある日、サンドラに自分の弱さを馬鹿にされたと思ったらしい。
サンドラは脳筋だが悪い女ではないので、奴の勘違いだと思う。
しかし、馬鹿にされたと思い込んだジャミルの中に、絶望と悪意の芽が生じた。
それから数ヶ月後、彼は森の中でゲッコー商会のバダムに捕まったらしい。
しかしバダムはジャミルを奴隷にする代わりに、取引きを持ちかけたそうだ。
もっと多くの仲間を誘い出して、差し出せと。
言葉巧みに裏切りを唆された彼は、とうとうサンドラたちを売ってしまった。
当然、その後は元の集落にはいられないので、ゲッコー商会に雇われてトンガで暮らしていた。
案の定、その時の報酬でサーベルタイガーの幼体を手に入れ、使役獣にしていたそうだ。
2年間でそれを育て上げ、少しは強くなったと思っていたら、運悪くサンドラに見つかってここにいる、という顛末だ。
全てを吐かされてからも、奴は見苦しく命乞いを続けていたが、最後はサンドラに首を斬られて果てた。
ここに彼らの復讐は成就したのだ。
復讐なんて終わってみれば虚しいものかもしれないが、何もできないよりはよほどいい。
彼らの復讐を手伝ってやれて、よかったと思う。
「我が君、この間のバダムとやらが黒幕なのは、はっきりしたのじゃ。あやつをこのままで済ますわけにはいかんぞ」
「そうだな。どの道、奴隷狩りを阻止すればどこかでぶつかるだろう。しかしあいつはけっこう用心深そうだから、すぐにってわけにもいくまい。しばらくは様子見だな」
「ふむ、とりあえずはそうするか」
しかし俺はバダムを甘く見すぎていたことを、後に思い知らされるのだ。
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