2.マーメイドクイーン
西の岩礁地帯で謎の海難事故が頻発していたため、トンガの総督から調査依頼がきた。
それを受けた俺は、とりあえず船乗りから情報を集めてみたものの、めぼしい情報は得られなかった。
さらに聞き取りと並行して海蛇竜のカガリの配下を使い、事故現場周辺を監視させてもいた。
当初は全く動きがなかったが、2週間目にしてようやくカガリから連絡が入る。
(ご主人! 例の岩礁で船が難破したよ~)
(とうとう出たか。それで、原因は分かったのか?)
(やっぱり人魚が歌で誘ってたみたい~)
(やっぱりか……それでどうなった?)
(んーとね、人間がいなくなってから、半魚人が出てきて、荷物を運び出したって)
(サハギンも絡んでるのか……どこに持っていったか分かるか?)
(ちょっと離れた所に拠点があるみたい~。あたしが見てこようか?)
(お前が行くと、ケンカになりそうだからやめとけ。ちょっと、みんなと相談する)
すぐにケンツとケレスを呼んで状況を説明した。
「ということで、やっぱり人魚の仕業で、さらにサハギンも絡んでるらしい。これから、どうしようかね?」
「うーん、カガリに頼んで人魚を殲滅しちゃったらどうすか?」
「いや、できればその前に話を聞いてみたい。でも人魚とかサハギンって、会話できるのかな? ケレス」
「下っ端はほとんど動物並みだけど、指導者クラスなら意志の疎通は可能なはずだよ。問題はどうやって呼び出すかなんだけど」
「それならナゴに相談してみればよいのではないか? 何か教えてくれるじゃろう」
チャッピーの提案に従い、猫妖精のナゴに連絡を取ってみた。
すると、すぐにナゴが転移魔法で跳んできた。
「サハギンはともかく、人魚はそんな好戦的な魔物ではないはずニャ。妖精女王からも一方的に攻めるのではなく、話をするよう言われたニャ」
「話をするって言っても、相手は海の中だからなあ」
「それについては、女王から役に立つ魔道具を預かってきたニャ。この”水精の衣”を身につければ、人間でも海の中に入れるニャ」
「それはありがたいけど、いったい誰が海に潜るんだ?」
そう言いながら周りを見回すと、みんなが俺を見ていた。
何言ってんの、お前って感じで。
「おぬししかおらんじゃろう。儂も付いていってやるから覚悟を決めい」
「ですよね~」
その後、レミリアも付いてくると言って揉めたが、水精の衣はひとつしか無いので諦めてもらった。
代わりに彼女の水の双剣を借り受け、彼女の水精霊とも仮契約した。
ウンディーネは人魚と話せるらしいので、通訳になってもらう予定だ。
それからカガリに連絡し、彼女の配下を港に集結させた。
カガリと一緒にしばらく待っていると、来るわ来るわ。
妖海馬、針海豹、鋭刃鮫、幽霊蛸、喋海豚、殺人鯨など、海棲魔物が20匹ほど集まってきた。
「よーし、今から人魚とサハギンの拠点に乗り込むけど、話し合いが目的だからな。絶対にこちらからは攻撃しないよう、部下に厳命しておいてくれ、カガリ」
(分かった~、ご主人)
俺は心配そうなレミリアに軽くキスをすると、水精の衣を身に着けてカガリの体に取りついた。
彼女の頭の後ろ辺りに座り、両手で角を掴むといい感じに体が安定する。
「それじゃあ、出発! 目的地近くまでは海面を進んでくれよ、カガリ」
「お気をつけて、旦那様」
俺の要望に従ってカガリが海面を進み、それに合わせて配下の魔物も動き始める。
やがて完全に港を出ると、カガリが騒ぎだした。
(キャッホー、ご主人と一緒の冒険だ~。うっれしいな~)
(おいおい、今までだって一緒に出かけたことはあっただろ?)
(でもちょっとだけだったし、海の中に入ったことはないでしょ? 今日はあたしがご主人を守るんだ~)
(ああ、そうだな、よろしく頼むぞ……って、おい、ちょっと待て、速すぎるぞ!)
その後、カガリがはしゃいでスピードを上げたので、エライ目にあった。
強い水しぶきにさらされるわ、グラングラン揺れるわで気持ち悪くなったよ。
しかし、おかげで半刻ほどで問題の岩礁地帯に着いた。
そこには座礁したばかりの船がまだ形を保っており、事故の生々しさが残っていた。
やがてそれも風と波に打ちのめされ、バラバラになるのだろう。
(それじゃあ今から潜るから、しっかり捕まっててね~)
(ああ、最初はゆっくり頼むぞ)
カガリが徐々に沈み始める。
完全に沈む時は思わず息を止めたが、水の抵抗以外にはほとんど違和感がない。
しかも、恐る恐る息を吸ってみると、問題なく呼吸できた。
さすが妖精女王の魔道具だけあって、水精の衣は便利な代物だ。
そのままどんどん潜っていくと、やがて前方の海底に不思議な物が見えてきた。
それは岩やサンゴ、海藻などを組み合わせた構造物で、数十個が群れていて村のように見えなくもない。
ひょっとして人魚やサハギンが住む集落なのかと思っていたら、やはりそうだった。
集落に近づくと、建物の中から人魚やサハギンがわらわらと出てきたのだ。
そのまま村を守るように陣形を組み、俺たちと対峙する。
しかも奴らの多くが剣や槍、斧などで武装していた。
おそらく沈められた船から手に入れたのだろうが、こいつは想像以上に物騒な状況だ。
(おい、カガリ。まずは俺が話をするから、お前らは下がってろ)
(え~、大丈夫? ご主人)
(大丈夫だって)
そう言いながらカガリから降りると、人魚たちに近づいていった。
彼らから20歩くらいの所まで近づくと、両手を上げた姿勢でウンディーネに通訳を頼む。
”俺たちは戦うつもりはない、知りたいことがあるので責任者と話をさせてくれ”、ということを翻訳してもらった。
しかし、ケレスが言っていたように、下っ端は動物程度の知能しかないので、なかなか話が通じなかった。
そうこうするうちにサハギンの1匹が怒りだし、俺に槍を投げつけやがった。
しかも水魔法を併用しているのか、けっこうな勢いで飛んできた槍が、俺の鎧に当たってよろけてしまう。
オーガ革の鎧にとっては屁でもない攻撃だったんだが、周りはそうは取らなかった。
(あ~っ! ご主人に攻撃した~。お前ら殺すぅ~!)
カガリがブチ切れると、細い水の筋を吐いてサハギンや人魚をなぎ払った。
それを見たカガリの配下も戦闘に加わり、たちまち大乱闘だ。
俺は必死で止めようとしたものの、喧騒にかき消されて誰も聞きやしない。
そのうち、どさくさに紛れて何発か攻撃を食らったので、俺もブチ切れた。
その場で炎の短剣を引き抜くと、足元の海底に突き刺して地下に向けて火魔法を放つ。
海底下に熱の塊を作っていくと、その隙間から漏れ出る熱気で泡が発生し、その勢いがどんどん強まる。
熱塊が十分に大きくなったタイミングで短剣を引き抜き、俺はウンディーネに引かれながら後ろに逃げた。
そして熱塊と海水が触れると、大きな水蒸気爆発が発生した。
突然、轟音と衝撃が湧き起こり、その場にいた者の動きが止まる。
水の中ではよりダイレクトに伝わるから、水棲魔物にはキツイはずだ。
かくいう俺も少しダメージを食らってしまった。
しかし危険を冒した甲斐あって、戦闘を一時的に停止させることには成功したようだ。
あとは人魚の責任者と話をつけるだけだが、いかにもそれらしい親玉がその場に現れた。
周囲のサハギンを炎の短剣で威嚇しながら近づくと、親玉らしき人魚から念話が入る。
(ようこそ、人族の勇者よ。私が人魚女王のナターシャです)