エピローグ:小さな相棒
魔大陸制覇を目論んでいたアスモガイン一味を、俺たちは正面からの決戦で打ち破った。
さらに主要な魔族の代表者とも手打ちを済ませてあるので、当面は彼らとも上手くやっていけるだろう。
今回の拠点探しに役立ってくれた魔物とは全て契約を切ったが、飛竜のガルダだけは継続を望んできた。
自身をアスモガインの呪縛から解き放ち、さらに娘すらも救ってくれた恩に報いたいと言うのだ。
アスモガイン亡き今、彼の力を借りる必要もないと思ったが、あえてその厚意を受け、今後も付き合っていくことにした。
全ての後始末を終えてカガチへ帰還すると、またガサルで同盟の会議を開いた。
そこにはトンガの総督も出席している。
「えー、先日、同盟の村々を襲った魔族ですが、とうとう殲滅に成功しました」
「それは真か? デイル殿」
「はい、悪魔族のアスモガインを首領とする一団でしたが、大陸中央部にあった拠点を見つけ出し、全て討伐しました。拠点も破壊してあります」
「敵は何人ぐらいいたのかね?」
「まあ、100人弱ってとこですかね」
「100人近い魔族を殲滅しただと? 信じられん……」
「一体、どれほどの戦力を持っているんだ?」
会議出席者の中に、恐れとも呆れとも取れる雰囲気が広がる。
「まあ、魔族と言っても、ほとんどが若手のはみ出し者みたいな奴らばかりでしたから」
実際にはアスモガイン他数名の幹部はかなり手強かったのだが、それは伏せておこう。
「そうすると、これで西部同盟に脅威となる存在はなくなった、ということですな? ここまでしてもらって、我らはデイル殿にどう恩返しをすればよいのだろうか?」
「別に何もいりませんよ。しいて言えば、交易を促進して借金を早く返してもらうことぐらいですかね」
「しかしそれは元々、貴殿から無利息で借りている金であって、我々はさらに大きな借りを作ってしまった」
「優先的な交易権はもらってますから、利益は出てますよ。各集落が協力して平和を築き上げれば、借金返済も早まるでしょうし」
「まったく。もう少し欲深くてもいいと思うんじゃがのう」
レミリアの爺さんがぼやいてるが、元々利益を求めてやったことじゃない。
俺はここで、トンガ総督のグスタフに話を振った。
「それで、帝国の方はどうなりそうですか? 総督」
「うむ、今は本国に鮮度維持食品のサンプルを送って、奴隷貿易の替わりにならないか判断を仰いでいるところだ。正式に許可が出れば同盟と条約を結び、奴隷狩りも禁止することになるだろう」
「ありがとうございます。でも、必ず本国を説得して下さいね。どの道、奴隷狩りはできなくなりますから」
「それはどういう意味だ?」
「この西部ではほぼ完全に奴隷狩りを締め出したので、今度は南部、さらに大陸全土で取り締まりを実施していくつもりです」
「そんなことができるのか?」
「ええ、俺は15体のワイバーンを使えるようになったので、それを使って大陸全土の集落と連絡を取っていこうと考えてます。最終的には西部同盟じゃなくて、魔大陸同盟になるかもしれませんね」
当面の心配事が消えたので、俺は他の地域とも交流を持とうと考えていた。
ワイバーンに使節を乗せて送り出せば、大陸全土と連絡を取るのも夢ではないだろう。
「ワイバーンが15体などと、大言壮語も程々にしておくがよいぞ」
「すでに1体従えているのに、なぜ15体は無理だと思うんですか?」
「15体ともなれば、1国の軍隊レベルではないか。そんなもの、維持できるはずがない」
「ほほう……それなら、トンガの沖合で演習でもやってみせましょうか?」
「馬鹿もん、そんなことをしたら船が寄りつけんではないかっ!」
「ハハハッ、まあそれは冗談として、すでに俺はそれぐらいの戦力を持ってるってことです。帝国が勘違いして軍隊を送ってきても撃退してやりますから、しっかりと手綱を取ってくださいね」
「トホホ、どうやって説得すればいいんじゃ……」
にっこりと笑いながら面倒を押しつけてやると、総督は途方にくれていた。
そしてアスモガインを討伐してから、1年の月日が経った。
カガチはリーランド王国の植民地として再建され、順調に交易が行われている。
その敷地は数倍に拡張され、冒険者ギルドの出張所もできたほどだ。
王国はさらに大規模な開拓を望んでいるが、これは俺が押し留めている。
本来、魔大陸はこちらの住民の土地であり、王国が無制限に手に入れられるものではないからだ。
以前の無政府状態であればそれも可能だったろうが、すでに西部同盟という行政体があり、俺自身が同盟の後ろ盾になっているのだ。
俺の助力なしにはカガチすら維持できない王国に、それを無理強いすることなどできない。
結局、同盟と友好条約を結び、交易をしながら徐々にカガチの規模を広げる話に落ち着いた。
それからアッカド帝国の方だが、こちらも半年前に友好条約が結ばれた。
それまで散々、奴隷貿易の関係者に突き上げられたらしいが、グスタフが鮮度維持食品の輸出をエサに押さえ込んだ。
おかげで条約が結ばれ、魔大陸内での奴隷狩りは正式に禁止された。
思った以上にいい仕事してくれたぜ、総督さん。
1年前に宣言した同盟の拡張だが、これは徐々に進んでいる。
ワイバーンを使って大陸南部へ使者を出し、少しずつ友好集落を増やしているのだ。
別に俺は魔大陸を制覇するつもりなんかない。
しかし、放っておくと人族が他の地域に進出して奴隷狩りをし兼ねないので、その危険性を説いて連絡網を整備しているのだ。
もちろん、これによって新しい市場を確保し、ワイバーンを使った交易もしてるんだけどな。
別にそんなに金が欲しいわけでもないが、これぐらいの役得があってもいいだろう。
いずれは大陸北部と東部にも足を伸ばし、魔大陸同盟にしたいと思っている。
ちなみに西部同盟自体も人族との交易が軌道に乗り、繁栄を享受している。
集落間の街道整備もどんどん進み、以前とは比べ物にならないほど往来が盛んになった。
それまで関わりのなかった集落との付き合いも増え、同盟はどんどん膨張している。
当初は中立だったドワーフ族も、帝国との講和が成立してから同盟に加入したので、規模が倍以上に膨らんできた。
こうなってくると、同盟を統括する行政府が必要になる。
それでガサルの町の中に同盟の最高会議と、それを支える官僚機構が発足した。
その辺は勝手にやってくれていいのだが、危うく最高会議の議長にさせられるところだった。
そんな面倒事はまっぴら御免だったので、俺は人族との連絡役に徹すると断ったんだ。
しかし同盟側もあれこれ画策し、最終的には名誉大使という役職を拝命した。
仕事はたまにイベントに引っ張り出されるぐらいだが、それによって同盟及び人族国家に睨みを利かすことになるらしい。
これには少しでも俺に恩を返そうという同盟の意図があって、ちゃんと給料も出てる。
さすがにこれは断れないので、柄にもない役職を続けてるって状況だ。
おかげで”同盟の影番長”とか、言われてたりもするけどな。
そんな同盟の仕事をする一方で、俺はカガチを拠点にして大陸内の探索と商売をやっている。
なんてったって、俺は15体のワイバーンが使えるからね。
ワイバーンを使えば、広範囲で手紙や物資、人の輸送が可能だ。
通称”フェアリー印のワイバーン便”で、遠隔地間の連絡・流通を促進している形だな。
もちろんそれなりの利益は出ているが、本来の価値に比べたらバカみたいに安いと思うぞ。
同盟内の情報収集と友好促進が主目的なんだから、これでいいと思ってるけどな。
ちなみに俺がワイバーンを酷使しているかというと、それも違う。
ガルダの配下とも全て使役契約を結び、輸送の対価として魔力と食い物を与えているからだ。
食い物だけじゃなくて魔力ももらえるってことで、就職希望者が後を絶たないくらいだよ。
輸送といえば、カガチを襲撃してケレスの配下になった海賊がいたが、彼らもよく働いてくれてる。
リーランド王国とカガチを往復し、けっこうな収益を挙げているのだ。
船員は全てケレスに魅了されていて、人件費が安く済むからな。
こんな感じで今の俺は商人として、名誉大使としてそれなりに忙しい日々を送っている。
俺の仲間も大部分は残っているが、ついこの間、カインが結婚した。
今は故郷の村に住んで、次代の村長になるべく修業中だ。
他の仲間もいずれは結婚して、俺の元を離れていくのだろう。
しかし俺にはレミリア、サンドラ、リューナがいる。
そしてキョロ、シルヴァ、バルカン、ドラゴ、カガリの眷属団もいれば、チャッピーもいる。
今の俺はあまり冒険者らしいことができていないのだが、チャッピーはそれでもよいと言う。
彼から見れば、まだまだ俺の周りには刺激的な出来事が多いので、退屈しないんだそうだ。
名誉大使なんて仕事のある俺にとっては、彼のような知恵袋がいるのは実に心強い。
もちろん、それだけじゃつまらないから、たまには大陸中央部を探索したりしてるけどな。
そういえば、エルフの長に俺の出自について調べてもらったが、今のところ手掛かりは見つかっていない。
ハイエルフなんて何百年も前に消えたってのが、一般的な認識だ。
でも大陸中央部にはハイエルフがひっそりと暮らしてるなんて伝説もあるから、希望は捨てずに調べていこう。
いずれにしろエルフの因子を持つ俺は、まだまだ長生きできるはずだ。
チャッピーと俺、どっちが先にくたばるかは分からないが、できるだけ最後まで一緒にいたいものだ。
しがない冒険者だった俺を、魔大陸の英雄と言われるまでにしてくれたのはチャッピーだからな。
もちろん俺も頑張ったけど、彼との出会いが全ての始まりだった。
今までありがとう、チャッピー。
そして、これからもよろしく頼むな、相棒。
完