41.野望の終焉
アスモガインの本拠に乗り込んだ俺たちだったが、いよいよ奴を追い詰めたところで異変が起きた。
「ウオッ、急に体が!」
「グウッ、体が思うように動かんのじゃ~!」
カインたちが騒いでるように、何かがまといついたように体が重くなり、自由に動かせなくなった。
それどころかまともに立ってもいられず、膝を着くか四つん這いになってしまうほどだ。
俺は辛うじて片膝を着いて踏ん張っているが、今にも崩れそうだ。
「フハハッ、馬鹿め。これぞ我が闇魔法の奥義”重力雨”。我が力の前に跪け、下賤の者よ。フハハハハッ、フハハハハハハハッ」
壇上のアスモガインが右手の杖を掲げ、勝ち誇ったように高笑いする。
どうやらこの魔法は壇上には及んでいないらしく、魔族どもは俺たちを見て笑っている。
「クウッ、これしきの魔法なぞ……」
比較的余裕のあるカインが、盾と槍を支えにして前に進もうとした。
「おっと、これでも動けるか。なら、これをくれてやる」
アスモガインの横にいた幹部クラスの魔族が、空中に黒い槍を作り出し、それを放った。
カインはそれを大盾で防いだが、バランスを崩して後ろに倒れてしまう。
「者ども、やれ!」
それを合図に壇上の魔族が攻撃を放ってきた。
闇の槍や火の玉、石や氷のつぶてが俺たちに降り注ぐ。
「みんな、ご主人の周りに集まるんだ!」
ここでケレスが魔盾イージスで障壁を作り出し、みんなを守った。
さらに仲間が寄り添うことで、防御範囲を狭めて障壁の強度を高める。
しかし魔族の攻撃が間断なく降り注ぎ、ガリガリとケレスの魔力を削っていく。
高重力でまっすぐ飛ばない弾も、上に向けて撃つことでさらに威力を増して落ちてくるから質が悪い。
「フハハハハッ、さっきまでの勢いはどうした? 手も足も出ないではないか。貴様らには降伏など許さぬぞ。このままここでなぶり殺してやる。フハハハハハッ」
玉座に座ったままのアスモガインがまた高笑いをする。
しかし奴自体は、なぜか攻撃に参加していない。
いや、奴がこの重力魔法を使っているのなら、それも当然だ。
そして、その力の源は……
「やはりその杖じゃろうのう」
(いくよ~!)
チャッピーとキョロの声と同時に、アスモガインの足元から、凄まじい雷撃が迸った。
至近で雷撃を浴びたアスモガインがショックで杖を取り落とすと、先端に付いていた紫色の宝玉が砕け散る。
その途端、それまで俺たちを苛んでいた負荷が、嘘のように消え去った。
雷撃と同時に姿を現したキョロとチャッピーは、矢のようにこちらへ逃げてくる。
周囲の魔族も雷撃にやられてすぐには動けず、キョロたちは無事に逃げおおせた。
「フーッ、保険を掛けておいてよかったな。キョロとチャッピーはありがとな」
「フヒヒッ、デイルは悪知恵がきくのう」
(ご主人の考えたとおりだったね~)
そう、彼らこそが保険だった。
事前にいくつかパターンを考えていたのだが、この部屋を見て壇上に罠はないと判断した。
そのうえで、チャッピーがキョロに幻影魔法を掛けて姿を消し、部屋の隅ををたどって壇上に移動してもらったのだ。
この時に魔力の乱れを察知される恐れもあったので、シルヴァの”風刃嵐”で目くらましもしておいた。
こうして壇上にたどり着いた彼らは、”重力雨”が成功してアスモガインが油断するまで潜み、一気にそれをひっくり返したのだ。
重力の枷から解き放たれた仲間たちが次々と立ち上がり、武器を構える。
それと同時に、壇上の魔族も臨戦態勢に入った。
わずかな時間、睨み合っていた俺たちは、誰からともなく一斉に走り出した。
すぐにレミリアは赤髪の副官と戦闘に入り、カイン、サンドラ、リュート、シルヴァも幹部クラスと切り結ぶ。
俺も炎の短剣を駆使して、中堅クラスの魔族を相手取った。
2軍でもわりと戦闘力の高いジード、アレス、アイラ、ザムド、ナムド、ダリルも1対1で戦っている。
その一方で、わりと貧弱なシュウ、ケンツ、ガル、ガム、ケシャ、アニーなんかは、2人掛かりで敵1人に当たっていた。
それをチェインとレーネ、キョロ、バルカンが魔法で援護する。
ここでバルカンがワイバーン化していれば凄い戦力になったのだが、それほど部屋が広くないので中型犬サイズで火球を放っている。
そんな中、壇上のアスモガインは、リューナとケレスを相手取っていた。
奴が放つ闇の槍をケレスが障壁で防ぎ、リューナが強魔弾で対抗している。
しかしアスモガインは腕の一振りでそれを払ってのけるのだから、奴も相当なものだ
そんな敵味方入り乱れての戦闘がしばらく続くと、徐々に趨勢は俺たちに傾いていった。
なんてったって俺たちには使役リンクがあるのに対し、魔族はバラバラなのだ。
使役リンクのおかげで俺たちは空間情報を共有したり、念話で意志を伝えたりできる。
だから誰かが崩れ掛けてもすぐにカバーできるし、相手が崩れた所に追い討ちも掛けやすい。
魔族も奮戦していたが、徐々に弱い奴から潰れていった。
人数が減ると負担がさらに増え、どんどん魔族の劣勢が強まる。
やがてほとんどの魔族が力尽き、アスモガインと副官のみが残った。
「グハッ、アスモガイン、さ、ま……」
そして副官もとうとうレミリアに討ち取られ、残るは壇上のアスモガインのみ。
長時間の戦闘で疲弊している奴に、それ以上あがく力もなく、すぐにカインとリュートに取り押さえられた。
「クッ、なぜだ? なぜ私が人間ごときに負けるのだ?」
「そうやって相手を侮り、力量を見誤ったからじゃないか。こちとら迷宮でドラゴンやヒュドラを倒してるんだ。その辺の冒険者とはひと味もふた味も違うぜ」
「ドラゴンだと? あり得ん……しかし、こうなったからには是非もない。殺せ!」
アスモガインがあっさりと負けを認めた。
この状況ではひっくり返しようがないのも事実だが、何か怪しい。
(チャッピー、なんかこいつ、諦めがよすぎない?)
(怪しいのう。奴は滅ぼされない自信があるのではないか?)
(滅ぼされない自信って、なんだよそれ?)
(闇魔法には、1度本体を滅ぼされても、復活する秘術があるらしい。たとえ殺されても魂が抜け出て、別の体に生まれ替わる方法じゃ)
(マジかよ。そんなのどうすりゃいいんだ?)
(儂が魂を捕まえておいてやろう。おぬしは奴の心臓を焼き尽くせ)
念話でチャッピーとの打ち合わせを瞬時に済ませると、俺は炎の短剣を取り出した。
「考え直すつもりはないか? 心を入れ替えて秩序に従うなら、生かしてやらんでもないぞ」
「ふん、人間の情けなど受けん。ひと思いにやれ」
「そうか……だけど魂は逃がさないぞ」
その言葉と同時にチャッピーがアスモガインの頭に張りつき、治癒魔法を行使した。
するとアスモガインが苦しみだす。
「グハッ! や、やめろっ。そんなことをしたら、ガアアアアーッ」
おそらくチャッピーの持つ聖属性に、奴の闇属性が侵されているのだろう。
俺は暴れようとするアスモガインの心臓に短剣を突き刺し、紅蓮の炎を解放した。
「おのれ、人間、許さんぞ。グアアーーーッ……」
さすが過激派の首領を名乗るだけあってしぶとかったが、心臓が焼失すると同時に、奴の体も塵となって消え去った。
「奴の魂はどうなったんだ?」
「体から抜け出せず、肉体と共に消え去ったわい。2度と生き返ることはないじゃろう」
こうして俺たちは、魔大陸制覇を目論んだ過激派魔族との戦いに勝利したのだった。
実は、この話には後日談がある。
「5種族も殺戮したのじゃ。きちんと後始末をしておかんと、後で揉めるぞ」
というアドバイスをチャッピーにもらった。
考えてみれば当然のことで、ここで魔族側に話を通しておいた方が後腐れもなく、再発防止にもなるだろう。
そこで俺はサキュバスクイーンを介し、今回の騒動に関係した魔族の主要人物に連絡をつけた。
幸いなことに、ドラキュラ家のブラドゥ氏も協力してくれたため、サキュバス、ヴァンパイア、デーモン、スキュラ、ラミア、インキュバス、ウェアウルフの代表者が一堂に会することとなる。
彼らを前に、俺はアスモガインがやっていたことと、彼らを討ち取った経緯を説明した。
中には俺たちが討ち取った者の近親者もいたようだが、正々堂々と戦った結果であることを告げると、それ以上の追及はなかった。
結局のところ、アスモガインたちは魔族の中でも若手の過激派に過ぎず、ほとんどの魔族は人系種族に興味がないのだ。
当然、俺たちにも魔族をどうこうしようという意図はなく、互いに不干渉であろうとの結論に至った。
ただし、今後も不幸な衝突は起こり得るので、俺が人系種族の窓口となることで合意を得た。
ここに、魔族との抗争は完全に終結を見たのである。