39.追跡戦
俺たちに挑戦状を叩きつけてきた魔族の差し金で、カインの故郷が魔物の大群に襲われた。
しかし俺たちは見事にその襲撃をはね返し、敵の切り札である飛竜すら叩き落とした。
歓喜に沸く戦場を横切り、俺はバルカンが押さえているワイバーンの元へ走った。
そいつは手傷を負ってはいたがまだ元気らしく、バルカンの下でもがいている。
手早くそいつの体を調べると、角に付けられた怪しげな金属環が見つかった。
「ケレス、この輪っかを調べてくれ」
「エ~ッ、これを調べろってぇの? ドヒィ、こっち睨んでる、睨んでるよぅ」
ワイバーンに睨まれてビビリまくるケレスのケツを叩き、金属環を調べさせた。
「よく分からないけど、この輪っかが何かの波動を発しているのは間違いないよ、ウヒィッ」
「このまま壊しても大丈夫か?」
「たぶん大丈夫だと思う……ウギャー」
「よし、レミリア、これを切り取ってくれ」
レミリアを呼んで金属環を切るよう指示すると、彼女はそれをまるで野菜のように切り裂いた。
するとワイバーンの体が一瞬痙攣し、そのまま地面に伏して動かなくなる。
その状態で『結合』まで試みると、ワイバーンと意識がつながった。
(グルルルルー。ようやく枷が取れたと思ったら、今度は人間に隷属させられるのか?)
「へー、やはり群れのリーダーだけあって意識レベルが高いな。別に隷属はさせないから安心しろ。ちょっと話がしたいだけだ」
魔物もワイバーンクラスになると、それなりに知性を持つようになる。
しかしそれもピンキリで、アトムとマルスはまだまだ知性が低い。
俺のことを”アニキ、アニキ”と呼んで慕ってくれるが、その知能は10歳以下の子供レベルだ。
(我と話がしたいだと? ならば、この後は解放してくれるのであろうな)
「ああ、開放してやる。ただし、これからも俺を手伝ってくれるのなら、魔力を分けてやってもいいぞ」
ワイバーンってのは強力な魔物だが、それだけ多くの魔力を必要とする存在でもある。
だから普段は魔素の濃い大陸中央部に定住しており、沿岸部にはめったに出てこない。
そんなワイバーンを2匹も手なずけられたのは、俺お得意の魔力供給技術あってのものだ。
最初はバルカンの武威でねじ伏せての契約だったが、今では完全に俺の魔力の虜だ。
これは俺に魔力をもらって生き延びた、海蛇竜のカガリも似たような状況だな。
本来、シーサーペントなんかいるはずのない海域で成長したカガリは、あの辺で女王的存在になってしまった。
(魔力を分けるだと? それが本当なら、多少は手伝ってやってもよいだろう)
「お前たちを操っていた魔族を滅ぼそうってんだから、そっちにとっても悪い話じゃないだろ」
(それは良い。あやつら、娘を盾にして我を隷属させたのだ。奴らを滅せるのなら、いくらでも協力しよう)
どうやらアスモガインは、最初にこのリーダーの娘を捕まえて隷属させたらしい。
そして娘を餌にリーダーを誘い出し、彼をも隷属させて群れのワイバーンごと支配下に置いたって寸法だ。
たぶんアスモガインが乗っていた小柄なワイバーンが、こいつの娘だろう。
まったく、卑劣な奴らだ。
しかしこれでアスモガインが共通の敵であることがはっきりしたので、俺はリーダーに共闘を申し出た。
彼がそれを受け入れたので、『契約』を行使したうえで、”ガルダ”という名を送る。
太古の神話から取った空の王者の名前だ。
10匹以上の群れを束ねるリーダーとして、今後も頑張ってもらおう。
ちなみに名前を贈った途端に、また魔力をごっそり持っていかれたのはお約束だ。
遅まきながら同盟軍の状況を確認すると、戦士の奮闘にもかかわらずいくらか犠牲も出ていた。
しかし死者19人、負傷者100人弱という結果は、あの大暴走を退けたにしては驚くほど少ない損害だ。
身をもって同盟を守った犠牲者は、それぞれの故郷で英霊として祀ってやればいい。
避難した村人も無事だった。
性懲りもなく奴隷狩りが出てきたが、事前に予想していたので逆にとっ捕まえてやった。
2チームの業者が捕らえられ、鉱山送りとなったが、その内5人は再犯なので処刑されるだろう。
襲撃から5日後、傷の癒えたガルダの案内でアスモガインの拠点らしき場所を探索した。
しかしそこは仮の拠点だったらしく、すでにもぬけの殻だ。
「やっぱり逃げられてたか。他に心当たりはないかな?」
(正確には分からぬが、奴らはそう遠くない所に本拠点を設けていたはずだ)
「そうか。でもなぜか妖精の監視網にも引っ掛からないから、この周辺を大々的に捜索する必要があるな。問題は、この広大な森を探すには手が足りないってことだが……」
(それなのだが、周囲の魔物を駆り出してはどうだろうか?)
ガルダの提案はこうだ。
この周辺にも恐暴狼など、探索向きで群れを成す魔物が多くいる。
その群れのリーダーを何匹かデイルの支配下に置き、周辺を捜索させればいいと言うのだ。
「たしかにそれはいい手だけど、いきなり無関係の魔物を使役しろって、お前も大概だよな」
(アスモガインは魔物を隷属させて使い捨てるのだから、周辺の魔物にとっても無関係ではない。それに主の使役スキルは、我らの尊厳を奪ったりはしない)
「なるほど、それもそうか」
結局、俺は周辺の魔物を使うことにした。
ダイアーウルフなどの群れをシルヴァが見つけ出し、彼が威圧すると魔物たちはすぐに恭順してくる。
その中からリーダーを見つけ出して俺が契約を結び、合計で10個ほどの群れを掌握した。
その森を捜索に送り出し、魔族の痕跡を探してもらった。
しかしさすがにその日は何の手掛かりもなく、現地で野営をすることになる。
翌日も捜索を続けていると、昼頃になって怪しい拠点発見の報告が入った。
全員でそこへ向かうと、使役しているダイアーウルフが待機していた。
そいつに確認すると、少し離れた岩山でデーモン族が出入りしているようだ。
「チャッピー、あれが魔族の拠点かどうか分かるか?」
「ふーむ、所々に魔力の残滓が見えるのう。おそらく入り口や窓を擬装しているんじゃろう」
「なら、奴らの拠点の可能性が高いな。さて、どうやって奴らを叩き潰してやろうか」
そんな話をしていたら、岩山の一角からふいに1人のデーモンが現れた。
そいつは俺たちが見ているとも知らず、堂々と歩き回ってる。
あいつを攫えないかとシルヴァに相談したら、即座に走り去り、あっさりと捕虜を拉致して戻ってきた。
口にくわえたデーモン族の男が、俺の前に投げ出される。
「な、何が起きたんだ。お前らは誰だっ?」
以前、責め殺したバダムによく似た容姿を持つその男は、状況を理解できずに狼狽えていた。
「ようこそ。ちょっと拠点の中について教えてもらえるかなあ」
その後は俺とケレスお得意の尋問で、中の状況を聞き出した。
どうやら中はけっこう広いらしく、地下5階まで広がる空間はまるで迷宮のようだと言う。
そしてアスモガインは幹部連中と一緒に、その最深部に住んでいるらしい。
中にいる魔族の構成は、デーモン族20人の他に蛇女、蛸女、淫魔、狼男がそれぞれ十数人ずつ詰めているとのことだった。
「けっこういるな…………俺たちだけでやれるかな?」
「こいつ程度なら余裕でしょうが、さらに強いのがいると厄介ですね」
「それもそうだな。ケレスはどう思う?」
「うーん、魔族ってのはどれだけ長く生きたかで強さが変わるんだよ。あたいの見たところ、アスモガインが300歳くらいだと思う」
「300歳なら、どれぐらい強いんだ? 例えばミレーニアさんとかと比べて」
「千年以上生きてるかーちゃんとは比べ物にならないよ。300歳ならバーンナックルゴリラ、いやファイヤーゴリラぐらいの強さかなあ」
ファイヤーゴリラといえば、ガルド迷宮の5層で遭遇した魔物だ。
たしかに強力な魔物だが、今のサンドラやリュートなら単独で倒すことも不可能ではないだろう。
「なんだ、そんなもんか。それなら俺たちだけでやれるんじゃないか?」
「そうですね。油断は禁物ですが、我々の連携をもってすれば殲滅も可能でしょう」
ここでガルダが口を挟んだ。
(主よ。まずは我が娘を救い出してもらいたいのだが)
「ああ、そうか、ガルダの娘がいたな。お前、ワイバーンがどこにいるか分かるか?」
捕虜に問い質すと、岩山の地上部分に騎乗用の魔物が囚われていることが分かった。
かくして、まずはガルダの娘を解放し、下へ侵攻していく手順が固まった。
さて、アスモガインよ、たっぷりと礼は返してやるからな。