3.カガチ再建
魔大陸に到着した俺たちは、帝国の植民地トンガで情報を集め、通行証も手に入れた。
そして翌日は再びカガチへ船で送ってもらい、拠点の整備に取りかかった。
まずは埠頭の周囲を掃除して船を着け、荷物を下ろした。
リーランド王国から持ってきた馬車などの荷物の他、昨日トンガで仕入れた当面の食料や、身の回り品をカガチに運び込む。
荷下ろしが終わると、サリバンはトンガへ帰っていった。
彼はトンガで荷物を積んでから一旦王国へ戻り、また数ヶ月後にカガチへ来る予定だ。
最後まで俺たちのことを心配していたが、今度来た時はそんな心配が無用だったことを証明してやろう。
しかし、改めてカガチを見回してみると、そこはひどい状態だった。
規模はトンガに比べてかなり小さく、壊れた家屋が十数棟あるくらいだ。
トンガが千人規模の町とすれば、ここは数十人規模の集落だ。
一応、集落を囲う防壁は残っていたが、門扉は完全に破壊されているので魔物が入り放題。
そして魔物が食い物でも漁ったのか、ほとんどの建物の入り口や窓は壊されていた。
そんな中、中央の建物だけは、その頑丈な造りから破壊を免れていた。
預かってきた鍵で入り口を開けて中に入ると、1階には倉庫と部屋が4つ、2階にも7つの部屋があった。
さすが植民地の行政府に使われていただけあって、俺たちにとっては絶好の拠点だ。
「よーし、今からこの建物を俺たちの拠点にするぞー」
「しかしデイル様、建物は使えそうですが、魔物に襲われませんか?」
次席指揮官的存在のカインが質問する。
彼は鬼人の偉丈夫で、大盾による堅守を誇ることから”鉄壁のカイン”と呼ばれている。
「今のままなら、そうなるだろうね。でもあの門扉を直してから、バルカンにマーキングしてもらえば大丈夫だろう」
「マーキング、ですか?」
「そう、門や周辺の木々に体を擦りつけたり、おしっこを掛けたりするやつ。飛竜クラスのマーキングがしてあれば、まず他の魔物は寄りつかないだろう?」
「なるほど、ワイバーンならこの周辺では無敵でしょうからね」
ワイバーンのような強力な魔物は魔素の濃い山岳地帯を好むから、この辺にはいないはずだ。
しかしこのカガチにその気配を感じれば、この辺の魔物は近寄らなくなるだろう。
「そうそう。そのうえで建物にボビンの結界を張ってもらえば、夜もゆっくり眠れるだろう」
「任しときいな、デイルはん。拠点の改造もやったるでー」
実は今回の旅には、家付き妖精のボビンも付いてきていた。
本来、ガルドの貸家に住みついていた彼だが、俺たちと寝食を共にしているうちに離れがたくなったらしい。
俺が魔大陸に向けて旅立つと言ったら、あっさりと元の家を見限って付いてくることになった。
その際、俺との使役契約も交わしているので、すでに彼は俺の眷属だ。
彼に戦闘能力は期待できないが、ブラウニーってのは家事のエキスパートだ。
つまり大工仕事も一流であり、それに師事を受けたドワーフのガル、ガムもけっこうな腕前になっている。
何年も放置されたこの建物を改修するのに、おおいに役立ってくれるだろう。
さらにボビンが凄いのは、家に結界を張れることだ。
これで侵入者を感知できるので、もし防壁内に魔物が侵入しても、不意を突かれることはないだろう。
この警戒態勢に俺たちの戦力を合わせれば、カガチを維持するのになんの不安もない。
方針が決まると、さっそく動き出した。
まずボビンとガル、ガムには防壁の修理を頼み、その他は新拠点の掃除と荷物の運び込みを行う。
それと並行してバルカンがワイバーンに変身し、防壁周辺にマーキングを施した。
ちなみに眷属になったばかりの海蛇竜カガリも、ここの港に住みつくことになった。
まだ頼りない彼女だが、どんどん大きくなってきてるので、海側の警備も期待できるというものだ。
夕暮れまでにはなんとか防壁の隙間を塞ぎ、行政府跡の方もとりあえず住めるようにした。
そして夜は、2階の広い部屋に集まって宴会だ。
「それじゃあ、とりあえず魔大陸の新拠点に乾杯!」
「「カンパーイ!」」
その後はてんでに飲み食いしながら話をする。
「まだしばらくは拠点の整備で忙しそうですね、デイル様」
「うん、それなりに住めるようにするには、しばらく掛かるだろうね。でも、思ってたより建物の損傷が少なくてよかったよ」
「そうですね、これだったら内装を整えるだけで済むので、だいぶ楽です」
「それで、拠点が整ったらどうするのじゃ? 我が君。妾は早く裏切り者をとっちめたいのじゃが」
「サンドラはそれしか頭にないみたいだな。拠点が整ったらみんなの里帰りを兼ねて、近い順に集落を訪問するって言っただろ?」
「むう、それではいつになったら復讐ができるか、分からんではないか」
自分を奴隷として売った裏切り者に、復讐したくて仕方ないサンドラが、不満を漏らす。
「まあ、焦るなって。そもそもお前ら、鬼人族の集落がどこにあるのか、分かってんの?」
「いーや、それはよく分からんが、適当に聞いて回ればなんとかなるじゃろう」
「アホか……魔大陸は広いんだから、それじゃたどり着けないって。まずは手近な所から訪問して、情報を集めるんだ」
「手近な集落というと、どこなんですか? 旦那様」
「ここから東に何日か歩いた所に、ドワーフの集落があるらしい。ガルとガムは場所、分かるか?」
あまり期待せずにドワーフの兄弟に聞いてみた。
彼らはこの魔大陸で生まれ、親と一緒にリーランド王国へ渡ったのだ。
「うーん、たしかトンガの町まで、2日くらい歩いたと思うだ」
「そうか、それなら馬車で1日も掛からないな。ちなみにこの中に、自分の故郷に迷わず帰れる者がどれだけいる?」
みんなに問いかけたのだが、誰も名乗り出なかった。
俺は不思議に思って聞いてみる。
「よほど小さい時に故郷を離れた者は別として、なぜカインたちも帰れないんだ?」
「はあ、私もサンドラも、あまり故郷を遠く離れたことはないのです。旅人や商人からトンガの存在は聞いていましたが、実際に行ったのは奴隷狩りに捕まった時が最初でした。しかも奴隷狩りは何やら不思議な術を使ったため、その経路が分からないのです」
「不思議な術って、何?」
「そうですね……迷宮で経験した転移に似ていると思います。毒で意識が朦朧としていたのでよく覚えていませんが、さほど歩いてないのにトンガの近くに着いていました」
カインがそう言うと、奴隷だった他の仲間も、そうだそうだと口々に語る。
「チャッピーはこれをどう見る?」
「おぬしが昨日言っていたとおりじゃな。広大な魔大陸で、どうやって奴隷をかき集めているのか不思議じゃったが、転移魔法を使う存在が裏にいるのじゃろう」
「転移魔法を使う存在って、なんだよ?」
「今はまだ分からんが、例えば魔族などはどうじゃ? ケレス」
ここで話を振られたケレスが、驚いて食い物を喉に詰まらせた。
夢魔族のケレスはこの大陸の出身であり、魔族の一員でもある。
その実態は戦闘嫌いの駄魔族なのだが、魔盾による守りに秀でることから”魔壁のケレス”の異名を持つ。
「ゲホッ、ゲホッ……もう、急に振らないでよ。でも転移魔法なんかを使えるとしたら、魔族の可能性はあるかも。あたいの家族にも1人いるし」
「魔族だから誰でも使えるってわけではないんだな?」
「転移魔法はかなり高級な魔法だよ……あー、でも魔法陣を使えば、わりと下っ端でもできるのかなあ?」
「魔法陣、か……ふむ、そういったことも含めて情報を集めなきゃな」
まだほとんど情報がないのに、今ここで悩んでいても仕方ない。
「まずは拠点を整備しつつ、トンガへの道を作ろう。それができたら、ドワーフの町ガサルを訪問する。あとは近い所からみんなの故郷を訪問するから、サンドラの復讐はしばらく先になるだろうな」
「むう、なんとかならんか?」
「ならん、ならん」
魔大陸ではドワーフ、猫人族、狐人族が海岸に近い所に住み、狼人族、虎人族、獅子人族がそれよりも内陸側、さらにエルフや鬼人族、竜人族はもっと奥深い所にいるらしい。
内陸に行くほど強力な魔物が出るので、自然に住み分けがなされているのだ。
だからまずはドワーフの集落を起点にして、他の集落をたどっていけばいいだろう。
翌日から本格的にカガチの復興に取りかかった。
復興と言っても、とりあえずやるのは拠点の整備と門の修理、そして道の整備ぐらいだ。
まず森から木を切り出して木材にし、門扉を本格的に修理した。
それと並行して、拠点内の整備をボビンが中心になって進めた。
掃除はほぼ終わっているので、住環境を整える。
棚やテーブル、椅子、ベッドなど大型の家具を整えたり、厨房やお風呂、トイレを使えるようにした。
この拠点は元行政府だっただけあって頑丈に作られており、扉や鎧戸は全て鉄でできている。
そのため少し油を差すくらいで問題なく使えたし、窓ガラスも残っていた。
しかも大人数が住んでいたためか、大きなお風呂も完備されており、少し手入れするだけで入浴を楽しめるようになった。
この点については、リーランド王国にいた時よりも贅沢だ。
身の回りで足りない物はトンガで買う必要があったので、そこまでの街道も整備する。
元あった街道は草ぼうぼうで、普通なら整備にはえらく手間が掛かるところだ。
しかし俺たちには、パワーアップしたシルヴァとドラゴがいた。
暴風狼に進化したシルヴァが”風刃”で邪魔な草木を刈り取れば、その部分を剣角地竜に進化したドラゴが土魔法で掘り起こして平らにしていく、という具合だ。
これを繰り返すことでどんどんと街道は整備されていき、半日ほどで帝国が使っている道につながった。
こうなってしまえば、馬車でトンガへ買い物に行くことができる。
さすがにリーランド王国の貨幣は直接使えないが、他の3国も相乗りしてるだけあって両替えも可能だ。
少々、手数料を取られるが、問題なく買い物はできた。
ただし、トンガの物価はけっこう高かった。
穀物や工業製品の多くが船で運ばれてくるのだから、これは仕方ないのかもしれない。
こちらで取れる魔物の素材や植物などは安く手に入るのだが、今の俺たちにはあまり必要ないものだ。
まあ、贅沢言わなければ十分に生活できるし、いずれはリーランド王国に請求するのもありかもしれない。
そんな買い物を済ませて町中を馬車で流していたら、思わぬ人物と遭遇した。