38.撃退
魔族の過激派の首領アスモガインが接触してきたと思ったら、いきなり俺たちに降伏しろと言いやがった。
もちろん拒否したが、奴は近々どこかの村を襲うと宣言する。
魔族の力を見せつけるつもりなのだろう。
俺はすぐさま近隣集落の長を集め、会議を開くことにした。
「今日、デーモン族のアスモガインと話をしたんですが、我々に降伏しろと言ってきました。それを突っぱねたら、今度は近日中にどこかの村を襲うと言っています。ただし、俺たちにその力を見せつけるため、襲撃の1日前に場所を教えてもらうことになりました」
「またあのような魔物が襲ってくるだと? どうしてそんなことになった?」
「おそらく、前回の襲撃で魔物を操る自信を深めたんでしょうね。今後はどんどん攻勢を強めると思います」
そこでアスモガインとの会談内容をみんなに話した。
「なんと強硬な。一体、何が奴をそこまで強気にさせておるのか……」
「まったくじゃ。今までの魔族は表に出ることを嫌い、それほど脅威に感じることはなかったというのに」
「おそらくこの20年で、自信を深める何かがあったんでしょう。大量の魔物を使役する方法に目処がついたとか、そんなとこですかね」
「魔物を隷属させて操るのであろう? しかし、魔族は昔から魔物を使役できたはずだ」
「使役できると言っても、1匹や2匹ですよね。人族は隷属の首輪などを使うことで、より多くを隷属させられます。カイン、たしか前回の襲撃でもそれらしい道具が見つかっていたよな?」
俺は襲撃後の調査を指揮していたカインに話を振る。
「はい、いくつかの個体から隷属用の魔道具が発見されました。群れのリーダーを隷属させて、大量の魔物を操っているようです」
「聞いたとおり、この方法だとかなり多くの魔物を動員できます」
「しかしそんな方法で、ああまでも魔物を駆り立てられるものかのう?」
ここでレミリアの祖父さんが疑問の声を上げた。
「以前も話しましたが、奴らは特殊な香料を使うんです。まず隷属魔法で魔物をある地点に集め、その後は魔物を狂わせる香料で暴走させているようです」
「なんと外道な……」
「そのとおり、外道ですよ。魔物を狂わせて使い捨てるなんて、反吐が出るようなやり口です。おそらく今回も魔物の群れが多くいる地域の集落を狙うと思います。それも相当な数をぶつけてくるでしょうね」
「そ、それは、なんとか防ぐ手はないのですか?」
前回、大きな被害を出した村の長が必死の形相で言う。
「それについてはいくつか考えがあります。まず異常な魔物の集合がないか、妖精ネットワークで監視します。そして魔物の集合が懸念される集落には避難の準備をさせておき、襲撃予告が出たと同時に避難と戦力の集中を進めます」
「なるほど、住人を避難させてから戦力を配置できれば、以前ほどの被害は出さずに済むか」
「それも相手の戦力次第ですけどね。一応、大量の魔物を薙ぎ払う奥の手もありますから、それほどひどいことにはならないでしょう」
「さすが婿殿、実に心強いことを言ってくれる」
「まあ、俺には優秀な仲間がたくさんいますからね」
その後、さらに細部を詰めてから、会議は終了した。
はたして敵はどれだけの魔物をぶつけてくるのか?
いろいろと心配事は尽きないが、今はできることをやるしかない。
たぶんここが最大の踏ん張りどころだ。
会議の数日後、俺はカインの故郷のサジ村へ飛び、カインとその親父さんに会っていた。
「先の会議で伝えたように、魔族に操られた魔物がどこかの村を襲う見込みです。そして俺はその可能性が高いのはこの村か、東のイバ村だと考えています」
「なぜここなのですかな?」
「その理由は、ここがまだ襲われていないからです。すでに襲われた村の周辺では現在、魔物の密度が激減しています。魔族に操られて暴走した結果、俺たちに掃討されましたから」
「なるほど、操る魔物がいなければ暴走も引き起こせない、と。ならば警戒を強めるとして、他には何をすればよいですかな?」
「はい、まずはこの周辺にいる魔物の状況を調べて下さい。それから――」
俺は親父さんにいろいろと対策をお願いした。
まずは周辺の魔物の状況を調査すること、さらに襲撃前に村人を避難させる場所を確保し、避難準備を整えておくことなどだ。
そしてカインには自警団を臨時増員し、訓練するよう指示した。
「俺の方でも妖精ネットワークで周辺の魔物を監視しますが、決して油断しないでください。それからおそらく奴隷狩りの集団も出てくると思うので、そちらも警戒を」
ひととおりの準備をお願いしてから、さらに東のイバ村と竜人の里にも赴いて同様の注意を伝えた。
しかしこちらはトンガからさらに遠くなるので、奴隷狩り業者が進出しにくい。
今回の襲撃の本命は、サジ村だと考えていた。
その他にもいろいろと準備に忙殺されて1週間、とうとうサキュバスから襲撃場所の情報がもたらされた。
アスモガインの標的は、思ったとおりサジ村だった。
すでにサジ村の周辺で異常な魔物の集合が確認されつつあったため、先行して準備は整えてある。
予告を受けると同時に住人の避難を開始し、他の集落からは撃退のための戦力を移送した。
その戦力は実に500人にもなり、内60人はエルフ系の精霊術師だった。
これに加えて俺の仲間が23人と、眷属たちが西部同盟の戦力ということになる。
そして翌日、村の周辺は夜明け前からざわめいていた。
魔族はサジ村の北と南の2地点に魔物を集めたらしく、膨大な数の気配が伝わってくる。
そして夜明けと同時に、大暴走が始まった。
南北2方向から、それぞれ千匹近いと思われる魔物が、村に押し寄せてきた。
凄まじい地響きを伴うその突進はまさに破壊そのものであり、村は瞬く間に粉砕されてしまいそうだ。
しかし、魔物がある程度防壁に近づいた時、反撃の嵐が吹き荒れた。
村の北側でキョロとシルヴァの複合魔法”暴風雷”が炸裂したのだ。
相変わらず容赦のない暴風と雷撃が、魔物の群れを蹂躙する。
さらに南側ではリューナの竜人魔法が、魔物を迎え撃った。
「この地に根ざす全ての風精霊たちよ、我に力を貸したまえ、”竜巻壁”!」
リューナがこの日のために開発した大規模魔法が発動する。
精霊と竜神の加護によって増幅された風の力が収束した後、いくつもの竜巻となって魔物に叩きつけられた。
千匹近い魔物の多くが巻き上げられ、引き裂かれ、動けなくなっていく。
村を挟んだ反対側では”暴風雷”が同様の効果を産んでいた。
これにより魔物の大暴走は、完全に勢いを挫かれた。
香料で狂わされていた魔物の多くが正気を取り戻し、元いた方へ逃げ帰っていく。
これはダイアーウルフやオークなど、群れで行動する魔物がほとんどだ。
それでもフォーハンドベアやサーベルタイガーなど、直接隷属させられている魔物は逃げださない。
群れのリーダー格の個体もまだ残っており、一緒になって村へ迫ってきた。
しかしその数は南北それぞれで200匹前後に減っており、つい先ほどまでの絶望感はない。
この大逆転に勇気づけられた同盟軍が、それを迎え撃った。
もちろん俺の部下たちも加わり、主に大物を仕留めていく。
しばし同盟軍と魔物の揉み合いが続き、魔物を押し返し始めたと見えたその時、新たな敵が現れた。
「キュアーーーー!」
「飛竜だあー!」
突如、10匹以上のワイバーンが東の空から飛来したのだ。
奴らはその羽ばたきで風を巻き起こしたり、後ろ足で同盟軍をひっかき回し始める。
これで残っていた魔物も息を吹き返し、同盟軍がまた劣勢になった。
しかしそうはさせない。
「発進だ、バルカン! あのでかいのを叩き落とせ。アトムとマルスは援護だ」
それまで村の防壁に隠れていたワイバーンが3匹、空に飛び立った。
1匹はもちろんバルカンであり、他の2匹は新たな仲間だ。
アスモガインがワイバーンでトンガに乗りつけたことから、奴らがワイバーンを使うのは分かっていた。
そこで俺は少し無理をして魔大陸中央部の山岳地帯まで足を伸ばし、2匹のワイバーンをバルカンの力でねじ伏せ、使役契約を結んだのだ。
今回の準備の中で最も苦労した仕事だったが、今こうして役に立とうとしている。
俺は敵のワイバーンが襲ってきても、すぐには反撃しなかった。
ワイバーンは群居性が高いので、リーダーのみが操られている可能性が高い。
そのリーダーを見極めて片付ければ、他は退くと思ったからだ。
そして俺は敵の中で一際大きなワイバーンをリーダーと見定め、バルカンに攻撃を指示した。
大きいと言ってもバルカンとほぼ同じ体格なので、火魔法も使いこなす彼の敵ではない。
案の定、しばらくもみ合っているうちにそいつはバルカンに上を取られ、地面に叩き落とされた。
リーダーとの勝負に勝ったバルカンが勝利の豪吼を上げると、残りのワイバーンは退散していった。
制空権を取り返した同盟軍が再び息を吹き返し、残りの魔物を掃討する。
やがて村の近くから魔物が一掃され、勝利の凱歌が森に響き渡ったのだ。
それは、夜明けからおよそ半刻の後だった。