37.魔族からの挑戦状
ゲッコー商会の差し金で、俺たちは帝国最強の冒険者パーティ”流星団”の襲撃を受けた。
高ランク冒険者を殺したりすれば、帝国との関係悪化は必至のため、ほとんどは殺さずに仕留めた。
残るはリーダーのアスベルだけだが、彼はリュートと絶賛斬り合い中だ。
アスベルはパワーとスピードを併せ持つファイタータイプに見えたので、同様のスタイルを持つリュートに任せた。
その目論見は見事に図に当たり、実にいい感じに噛み合っている。
アスベルが凄いスピードで動き回り、身の丈ほどの大剣を振り回すと、リュートが塊剣でそれを迎え撃つ。
2人の剣が噛み合うと、盛大に音と火花が発生して実に賑やかだ。
その技量はほぼ拮抗しており、まるで永遠に勝負が続くようにすら見えた。
しかし、思わぬ形で勝負は決まってしまう。
最後に剣をぶつけ合った瞬間、アスベルの剣が半ばからポッキリと折れたのだ。
おそらく魔鉄製であろう彼の剣も、塊剣の鉄量には敵わなかった。
「ゲーッ、俺の魔剣が~~!」
リュートに剣を突きつけられながら、アスベルが悲痛な声を上げる。
そりゃあ、衝撃を放つような貴重な魔剣が折れれば、受けるショックも大きいだろう。
そんなアスベルを尻目に、俺たちは捕虜を縄で縛り上げてから、ケガ人の手当てをしてやった。
と言っても、血が出てる所に布を当てるくらいだ。
わざわざチャッピーの正体を晒して治療してやるほどの仲でもないので、適当にやっておいた。
そのうち僧侶のねーちゃんが気がついたら、自分たちで治すだろう。
この頃になって、ようやく口が聞けるようになったアスベルと話をする。
「さてアスベル、俺たちの完勝なんだが、これからどうする?」
「どうするって……ひょっとして、命を助けてもらえるのかい?」
「それはそっちの出方次第だな。本当は殺して埋めるのが1番楽なんだろうけど、できるならそれはしたくない」
「とんでもないお人好しだね、君は。ひょっとして、無償で同盟に協力しているって噂は本当なのかな?」
「なんだ、そういう噂になってるのか。まあ、ほとんど利益は求めてないから、そう言われてもしょうがないな」
そう言う俺の顔を見つめていたアスベルが、急に笑い出した。
「ククククッ、フハハハハハッ……負けだ負けだ。敵わないよ、君には」
「なんだ、負けたショックでおかしくなったか?」
「そうじゃないよ。あんまり君の器が大きいんで、馬鹿馬鹿しくなったってところかな」
「馬鹿馬鹿しくなったか?」
「ああ、これでもSランク冒険者として、けっこう自信を持ってたのに、完全に叩きのめされた」
すると、横にいた冒険者もそれに追従した。
たしかサンドラと斬り合ってた奴だ。
「そのとおりだ。俺だってAランクになって久しいのに、そっちの鬼人のねーちゃんには全然敵わなかった。たぶん、殺さないように手加減してくれてたんだろ?」
「我が君に殺すなと言われたからな。それほど危険も感じなかったので、様子を見ていただけじゃ」
「マジかよ……俺たちだって迷宮攻略者なのに、そんなに差があるのか?」
ここで思い出したように、アスベルが聞いてきた。
「そう言えば、ガルド迷宮の最終守護者はドラゴンだったって噂があるけど、本当なのかい?」
「ん? ああ、迷宮管理者の気まぐれに巻き込まれてな。火竜の相手をさせられたよ。そっちはなんだった?」
そう言ったら、”流星団”のメンバーが固まってしまった。
そしてヒソヒソと彼らが囁き合う。
「ファイヤードラゴンって中位の竜種じゃん。そんなの、10人ぽっちで倒すなんてあり得るの?」
「いや、彼らは倒したって言ってるし、実際みんな強いからアリじゃね?」
「ワイバーンを使役してるし、他の使役獣も凄かったぞ」
「あっちの女の子なんか、私たちの魔法を吹き飛ばしたのよ。アシュリーの障壁も簡単に破られちゃったし」
いろいろと彼らの常識をぶち壊してしまったらしい。
「やっぱり迷宮と言ってもいろいろだね。僕らが攻略したアリア迷宮の最終守護者は、単眼巨人だったよ」
「サイクロプスだけだったのか? 俺たちも7層で何匹か倒したけどな」
「……なるほど、道理で簡単にやられるわけだ」
「あんたらも相当強いとは思うけどな」
「1人も殺さずに降伏させておいてそれは、嫌味にしかならないね」
たしかにこの状況では、そう取られても仕方ない。
それよりもこいつらをどうするかだ。
「それで、俺はできればあんたらを殺したくない。Sランク冒険者なんて殺したら、帝国が激怒するのは目に見えてるからな。ちょうど今、交易の道を探ってるから敵対したくないんだ」
「それは本当なのかい? 帝国が亜人と交易を結ぶなんて、ちょっと信じられないんだけど……」
「今でもドワーフとは交易してるじゃないか。とにかく同盟は、帝国に奴隷狩りをやめて欲しい。そのために、鮮度を維持した食料品を新たな交易品にできないかって、トンガの総督に売り込んだとこなんだ」
そう言うと、アスベルが考える顔になった。
「……それならなんとかなるかもしれないな。ご存知のようにBランク以上の冒険者は、国に囲われてる面がある。同盟が帝国に利益をもたらすのなら、その重要人物の暗殺依頼は破棄できるかもしれない」
「そうしてくれると助かる。でも、ゲッコーの会長はなかなか諦めないんじゃないか?」
「それは僕が直接会って事実を伝えるさ。相手はSランクを軽々とあしらう化け物だったってね」
「それだと、あんたの経歴に傷が付くけど、いいのか?」
「多少は評判が落ちるだろうけど、実際に負けたんだから仕方ないよ。命を救ってもらったお礼はしたいからね」
「ならそれで頼むよ。それでも諦めないようだったら、俺のワイバーンが本店を焼き尽くしにいくぞって脅してやれ」
「支店だけじゃなく、本店も容赦しないぞって?」
「ハハハッ、だから支店を燃やしたのは俺じゃないって」
ひとしきり笑い合った後、彼らの拘束を解いて、馬車で総督府まで送ってやった。
総督にも事情を話し、協力をお願いしておいた。
あわや全面戦争になるとこだったが、なんとか1人も殺さずに済んで良かった。
ゲッコー商会の方は、たぶんこれでなんとかなるだろう。
その後、新しい家を造りながら魔族の情報を待っていたところに、サキュバスから連絡が入った。
クイーンの拠点に飛ぶと、調査を依頼していたアリアとベネッタに出迎えられる。
「デイル様、アスモガインの拠点はまだ見つからないのですが、ベネッタから報告があるんです」
「うん、私がいろいろ探ってたら、アスモガインがデイル様に会いたいって言ってきたんだ」
「俺に会いたいって? 一体、何を考えてるんだろ?」
「さあ。なんかデイル様に興味津津だったから、仲間になれとか言うのかも?」
「俺の抱き込み?……まあ、それはあり得るのか。もしくは何かの罠かな?」
「うーん、トンガまで出向くって言ってるから、それはないんじゃないかな」
「トンガまで来るって? ますます分からないな。日時はいつですか?」
「明日の正午にトンガの総督府前だって」
「正午か……分かりました。アスモガインに会うと伝えてください」
「オッケー。それじゃあその前に報酬もらえる? ムフーッ」
今回もしっかり搾り取られたけど、夕刻前には帰らせてくれたよ。
なんか俺も慣れてきたな。
そして翌日の正午前、俺はトンガの総督府前へ来ていた。
護衛はレミリアとケレス、そしてキョロ、シルヴァ、バルカンがペットサイズで控えている。
もちろんチャッピーも一緒だ。
しばらく待っていると、小型の飛竜が飛んできた。
バルカンよりだいぶ小さいから、おそらく子供なのだろう。
しかし馬のように鞍とか手綱が付けられていて、まるで家畜扱いなのが可哀想だ。
俺たちの目の前にそいつが着陸し、背中に乗っていた男女が降りてきた。
現れたのは黒マントを付けた偉丈夫と、赤毛の軽装な女だった。
男の方は黒髪で金色の眼に青白い肌、そして頭には牡牛のような立派な角が生えていた。
その服装は人族の着るタキシードに似ていて、なかなかダンディないでたちだ。
女の方は赤髪に金色の眼で青白い肌の美女で、小ぶりな角とコウモリのような羽を持っている。
服装はレミリアのビキニアーマーにも似た扇情的なモノで、豊満な肢体を惜しげもなく晒け出していた。
サキュバスに似てるけど、これもデーモン族なのかね。
「我が新世代の魔族の統領アスモガインである。貴様が最近、亜人に味方しているという人族か?」
「いかにも、俺の名はデイル。西部同盟の顧問ってとこですかね」
「無礼だぞ、人間。偉大なるアスモガイン様の前で跪きもしないとは」
「今は捨て置け、ゼクシア。いずれ己の無力を思い知り、自ら膝を折るであろう」
凄い自信家だな。
新世代魔族の統領とか名乗ってるけど、そんなに凄い存在なんだろうか、こいつは?
偉そうにしてるわりには、サキュバスクイーンの足元にも及ばない感じなのだが。
「さあ、どうでしょうね。こんな所で立ち話もなんですから、こちらへどうぞ。部屋を用意してあります」
そう言って彼らを総督府の中へ案内し、お互いに腰を落ち着けてから話を切り出した。
「それで、今日はどういったご用件で?」
「今日は、ヴァンパイアを倒してのけた猛者の顔を見るついでに、お前たちに無駄な抵抗をやめるよう伝えにきた」
「それはまたどうも。しかし、俺たちに戦わずに降伏しろと?」
「そのとおりだ。未来の魔王たる我に逆らうなど、愚の骨頂。素直に従えば悪いようにはしない」
「はあ……仮におとなしく降伏したら、どうなるんです?」
「我の統治下に入り、魔大陸統一のために働かせてやろう」
「統一ってのは、魔大陸にいる全ての人系種族を従わせるってことですかね?」
「そのとおりだ。多少は状況が見えているようだな」
こいつ、マジでやれると思ってるのかね?
「へー……しかし、本当にそんなことできるんですか? 多少、魔物を操れるからって、この大陸を征服できるとは思えないんだけど」
「フフン、これだから人間という奴は。先ほどのワイバーンを見たであろう。あのような魔物が何千と配下にいるのだぞ。お前らに勝てる可能性なぞ、万にひとつもないわ」
「何千もの魔物ですか……それは怖いな。しかし、本当にそんなに大量の魔物を操れるのかなあ?」
「信じられぬか? よかろう、そこまで疑うなら証拠を見せてやる。適当な集落をいくつか滅ぼしてやろう」
また過激なこと言い出しやがった。
「そんなの、一方的過ぎます! もっと交渉の余地を――」
「弱者はおとなしく強者に従っておればよいのだ! それが嫌なら死ぬしかない」
「クッ……それなら、滅ぼす予定の集落を教えてください。あなたたちが本当に圧倒的な力を持っているのなら、俺たちの守りも簡単に蹴散らせるはずだ」
「ほう、面白い。たしかにただの村人を蹂躙しても、我らの偉大さは伝わらぬな。よかろう、準備が整い次第、連絡してやろう」
「こっちが態勢を整える猶予はもらえるんですよね?」
「連絡後、1日だけ待ってやる。せいぜい戦力を整えるといい」
またサキュバスを介して連絡すると告げると、アスモガインは帰っていった。
最後まで自信たっぷりで嫌味ったらしい奴だった。
しかし、こっちは急いで迎撃態勢を整えなきゃならないな。