36.ゲッコーからの刺客
「ゲッコー商会のトンガ支店を潰したのって、君でしょ?」
カガチに来訪した帝国の冒険者アスベルが、そう決めつけてきた。
「会ったばかりでいきなりですね。なんの証拠があるってんです?」
「いろいろとあるよ。まず俺たちの立場を伝えておくと、支店を壊滅させた奴を見つけ出して殺すよう、ゲッコー商会から依頼されたんだ」
「へー、それでわざわざ超1流の冒険者が、こんなとこまで来たんですか」
「そう、ゲッコー商会の会長が激怒しててさ、支店長だった息子を殺した奴を見つけ出してこい、って命令されたの」
「いくら激怒してるからって、あなたほどの冒険者がそれを受けたんですか? ちなみにランクはなんでしたっけ?」
「俺がSで、仲間はAだよ。最初は俺も大仰だと思ったんだけど、凄い金額を提示されてね。それに支店に詰めてた十数人の冒険者を、建物ごと滅ぼすような存在が裏にいるとなれば、海を渡る価値はあると思ったんだ」
ゲッコー商会の会長、どんだけ高額を提示したんだよ。
帝国と敵対するからには、こんなこともあると思ってはいたが、正直、まともにやり合いたい相手じゃない。
「なんで俺がやったと思うんですか?」
「こっちに来ていろいろ調べたんだけど、君たちは鬼人のジャミルって奴と揉めてたらしいじゃないか。その後、そいつが行方不明になって、副支店長のバダムが君を疑ってたって話も聞いた。それからゲッコー商会の支店が潰され、さらに奴隷狩りと敵対する西部同盟が結成されたんだ。この状況と、同盟の中心人物である君を結びつけない手はないよ」
「そんなの、なんの証拠にもなりませんよね。奴隷商人なんて、どうせあちこちで恨みを買ってるんだし」
「それはそうだけど、奴隷狩りに従事する猛者どもをまとめて殲滅できる存在なんて、めったにいないよ。噂では、君は飛竜さえ使役するらしいじゃないか」
「いやいや、きっとこの魔大陸には凄い存在が潜んでるんですよ。魔族だっているんだし」
「フフフ、そう簡単に自分がやりましたなんて言わないよね。でもいいんだ。状況証拠は揃ってるから、君の首を持ち帰れば仕事は完了さ。何より俺の勘が、犯人は君だと囁くんだ」
うっわ、キザな奴。
完全に俺だって決めつけてるよ……実際に俺だけど。
これは1戦やらないと収まらないか。
「勘弁してくださいよ。俺はこれでもリーランド王国の調査官だから、外交問題になりますよ」
「ふーん、そう来たか……でもゲッコー商会はそんなこと気にしないんだ。悪いけど、殺らせてもらうよ」
そう言ってアスベルが大剣を抜き放ち、門扉に向かって斬撃を放った。
距離はけっこう離れてたのに、あっさりと門扉が砕け散る。
まるで単眼巨人が放つ衝撃みたいだ。
こいつはかなり厄介だな。
「ケンツ、みんなと合流するぞ」
「ウッス、兄貴」
俺とケンツはすぐに見張り台から飛び降り、建築中の家の方へ走った。
向こうではすでに戦闘準備を整えた仲間たちが待っている。
彼らと合流して振り返ると、アスベルたちがぞろぞろとカガチの敷地内に入ってきた。
今ここにいる仲間は、レミリア、サンドラ、リューナ、リュート、ケンツ、ガル、ガムだけだ。
ここにはキョロ、シルヴァ、バルカン、ドラゴの眷属もいるが、残りのメンバーは魔物の襲撃に備えて各村に散っている。
対する”流星団”が10人で、雑魚冒険者が10人だから、数的には敵の方が多い状況だ。
もちろんバルカンたちが本気になれば、こんな奴らどうってことない。
しかし俺は、彼らを殺したくないのだ。
SとかAクラスの冒険者は帝国でも貴族階級に相当するから、それを殺しちまったら帝国側の心証は最悪だ。
「アスベルさん、こんなのやめませんか? 俺は今、帝国と事を構えたくないんですよ。トンガの総督が、同盟との交易を本国に掛け合おうとしてる状況だから」
「そんなの、俺には関係ないね。君の首を持って帰らなきゃ、沽券に関わるんだ。悪いけど死んでもらうよ」
「チッ……これ見ても帰れませんかね?」
次の瞬間、キョロ、シルヴァ、バルカン、ドラゴが光に包まれ、本来の姿を現した。
狐のような雷玉栗鼠、牛よりでかい暴風狼、そして見上げるような飛竜と剣角地竜が敵を威圧する。
「な、何よ、あの化け物っ? あんなのいるなんて聞いてないわよっ!」
それを見た女性陣や、後ろの一般冒険者はうろたえているが、アスベルと男性陣は落ち着いていた。
「へー、本当にワイバーンを使役してるんだ。他の使役獣も強そうだけど、その程度の魔物は倒したことあるんだよね、俺たち」
アスベルとその周りの男たちが、不敵に笑う。
俺の眷属団は魔剣と結びついてるから、見た目よりずっと強いのだが、そこまでは分からないのだろう。
なまじ優秀な冒険者であるが故に、これぐらいではびびってくれないようだ。
やがて先頭のアスベルが、でかい両手剣を振り上げながら襲いかかってきた。
「リュートは奴の相手を頼む。だけど、なるべく殺すなよ」
指示するかしないかのうちに、リュートも剣を抜いて走りだしていた。
腰の小さな鞘から手品のように塊剣が出現し、アスベルと斬り結ぶ。
凄い音を立てて2人の剣がぶつかり、そのままの姿勢で睨み合いになった。
「なんだよ、その鉄の塊? そんな小さな鞘から出てくるなんて、魔剣か?」
「そっちこそこの剣を受け止めるなんて、とんでもないな。さすがSランク」
アスベルとリュートが嬉しそうに言葉を交わす。
2人とも強い敵が大好きな戦闘狂って感じだ。
「リュート、気をつけろ。そいつはサイクロプスみたいな衝撃波を飛ばしてくるぞ」
俺が忠告した途端、アスベルが飛び下がって剣を掲げた。
「そうさ。俺の必殺技、魔破斬を受けてみろっ!」
そう叫ぶやいなや、アスベルが振り下ろした剣から不可視の何かが放たれた。
唸りを上げて迫るそれを、リュートは塊剣を盾にして受け止める。
バズンッという鈍い音と共に何かが弾けたが、リュートはほぼ無傷だった。
「チッ、そういう使い方もできるのか。インチキだぞ!」
「そういうお前こそ剣から衝撃を出すなんて、インチキだな!」
たちまち2人の間で、火花を散らす盛大な斬り合いが始まった。
ガツンガツン剣をぶつけ合って、暴風のように暴れ回っている。
この頃になると、敵の残りもこっちに攻撃を仕掛けてきた。
レミリア、サンドラ、ケンツ、ガル、ガムが残りの剣士と戦闘に入り、俺も敵のスカウトと対峙する。
女性の魔法使いと僧侶については、リューナとキョロが迎え撃った。
一方、残りの一般冒険者はシルヴァ、バルカン、ドラゴが押さえていた。
本気になれば瞬殺も可能な連中だが、俺の意を受けて殺さないように相手をしている。
俺の相手のスカウトは、無精ひげを生やしたおっさんだった。
軽装の革鎧に身を包み、短剣を両手に持って斬りかかってくる。
俺は炎の短剣に炎の刃をまとい、それを迎え撃った。
おっさんの身のこなしは素早いものだったが、それなら俺も負けてない。
彼を懐に入れないように炎の刃を振るい、しばらく立ち回りを続けた。
やがて息が上がってきたおっさんがバックステップで距離を取った。
すかさず至近距離から収束散弾をぶち込むと、胴体にそれを食らったおっさんが後ろにふっ飛ぶ。
グフッとかいって血を吐いてるので、とりあえずは大丈夫だろう。
ここで周りを見回すと、仲間の苦戦が目に入った。
俺がなるべく殺すなと指示したせいだが、そんな制約が付いてるわりにはよくやっていると思う。
リューナとキョロは敵の魔法戦力を押さえ込んでるし、他もなんとか剣士の攻撃を凌いでいる。
レミリアとサンドラは余裕としても、ケンツ、ガル、ガムなんかは守りに徹してるからこその善戦だろう。
ただし、リュートだけはガチでアスベルと斬り合ってた。
しかも2人とも、なんか楽しそうだ。
俺は敵を無力化するため、まず手近でやり合ってるガルの相手に、収束散弾をぶち込んだ。
いきなり横合いから腹部に多数の石つぶてを食らった剣士が、血を吐きながら吹っ飛んでいく。
すると、それを見た他の剣士にも動揺が走り、均衡が崩れた。
そりゃあ、目の前の敵で精一杯なのに、横合いから攻撃されるとなったら怖いわな。
及び腰になった敵をレミリアとサンドラが圧倒し、あっという間にのしてしまった。
もちろん、敵は生きてる。
骨ぐらいは折れてるかもしれないが。
残ったケンツとガムの相手にも、散弾をぶち込んで黙らせた。
手の空いた仲間に倒した敵の拘束を頼むと、今度は魔法戦に参入する。
「リューナ、助けはいるか?」
「相手を殺さないようにするのが難しいのです。なんとかしてください、兄様!」
「分かった。俺が突っ込むから援護を頼む。キョロは付いてきてくれ」
(任してよ、ご主人)
俺は魔盾イージスの障壁を展開すると、キョロと一緒に特攻した。
敵は2人の魔術師が火魔法と水魔法を放ちながら、僧侶が防御魔法で自分たちを守っていた。
僧侶ってのは、魔盾の障壁と同じようなものを展開できるんだな。
バシバシ放たれる敵の魔法を障壁で弾き、俺はまっしぐらに敵に駆け寄る。
やがて敵の引きつった顔が見えるぐらいに近づいた所で、見えない何かにぶち当たった。
おそらくこれが僧侶の防御魔法だろう。
すかさず自分の障壁を解除しながら炎の短剣を突き出すと、やすやすと何かに突き刺さる。
同時にその何かが壊れるのを確認すると、笑顔で指示を出した。
「やれ、キョロ」
(りょうか~い)
次の瞬間、3条の雷撃が放たれ、魔術師と僧侶が痙攣してその場に崩れ落ちた。
「フーッ、ようやく片付いたな。あとはアスベルだけか」
周りを見ると、雑魚冒険者もすでに倒れるか逃げるかして、全て片付いていた。
残るは、リーダーのアスベルだけなんだが……