35.和睦交渉
帝国から捕虜を取り返したので、今は襲撃された村の再建に取り組んでいる。
トンガの総督は意外と話せる奴だったので、西部同盟の首長との会議も設定予定だ。
問題の魔族だが、トンガに潜り込んでいたスパイを摘発してから進展がない。
一応、スパイから聞き出したやつらの拠点を急襲してみたんだが、すでにもぬけの殻だった。
今はまたサキュバスに、拠点を探ってもらっているところだ。
報酬のことを考えると恐ろしいのだが、必要なのだから仕方ない。
これらと並行して魔法戦力の整備も進んでいる。
エルフ、ダークエルフ族の中から才能のありそうな人材を選び出し、妖精魔法の基礎を教えてからリューナが精霊を紹介する。
これは今までもやっていたことだが、もう少し考えを進めてみた。
帝国や魔族との集団戦を想定して、術師を組織化したのだ。
新たな精霊術師を集めて部隊を編制し、集団で魔法を行使する訓練を始めている。
具体的に言うと、両種族共に風、水、土の部隊を10人ずつ編成した。
つまり60人の術師を、戦力化できたことになる。
ちなみに現状で付き合いのあるエルフ族の人口が約500人、ダークエルフ族が約400人だ。
その中で、従来の精霊術師はそれぞれ10人前後しかいなかったんだから、凄い伸び率だ。
種族としての力が強まれば、引き籠る必要もなくなって、他種族との交流も増えるだろう。
また、新世代の術師が増えたため、魔法の研究も順調に進んでいる。
素早く精霊に同調するコツ、精霊に伝わりやすい呪文、自然の摂理に則った術の行使手順などのノウハウが蓄積されつつある。
これらのノウハウに妖精魔法を組み合わせた”新精霊術”は強力だった。
これは人にも依るが、魔法の威力が大体5割増しくらいになったって話だ。
もちろん、新精霊術を最も使いこなしているのはチェインとレーネであり、セシルがそれに続く。
チェインとレーネなんか土妖精だけでなく、とうとう水妖精とも契約できるようになった。
術者が未熟だと精霊同士が嫉妬して複数の契約は成立しにくいのだが、それを認めさせるくらいには彼女たちが強くなったってことだ。
そして、リューナも新精霊術のノウハウを活かして進化している。
ただでさえ雷撃の杖でコントロール性が向上しているのに、さらに威力とスピードが増した。
今のリューナは、間違いなく歴代最高の竜人魔法の使い手だろう。
今の彼女になら、迷宮の中でも安心して風魔法を使わせられる……かもしれない。
そうこうしているうちに、ガサルで同盟の会議が開かれた。
「それでは会議を始めよう。今回の議題は帝国との和睦の模索であるため、トンガの総督も臨席されている。総督から一言、お願いできますかな」
「うむ、トンガの総督を務めるグスタフである。恥ずかしながら、我が国は魔族に踊らされていたことが判明したため、貴同盟との和睦を検討したい。本日はよろしくお願いする」
もっと渋るかと思ったが、総督はあっさりと同盟の会議に参加してきた。
やはり魔族に入り込まれていた衝撃が大きかったのだろう。
ここで俺もひと言、付け加えさせてもらう。
「すでにリーランド王国と同じような話をしていますが、奴隷売買に替わる交易品があれば、帝国とも争わなくてすむ可能性があります。そうですよね、総督」
「うむ、植民地を維持できるだけのメリットがあれば、貴同盟がトンガの外で奴隷狩りを取り締まるのは容認できるだろう」
帝国にも事情があるから、さすがに自ら取り締まることはできない。
しかし、俺たちが自身の領土内で奴隷狩りを取り締まるのは勝手、ということだ。
まあ、それにもエサが必要なんだがね。
「そうですね。それで、このリストが王国に提示した交易可能な品目です。当面は鮮度維持魔法を掛けた食料品がメインとなりますが、魔道具や魔物素材も供給体制が整えば、有力な商品になるでしょう」
そう言って品目リストを総督に見せた。
「ふむ、思っていたよりも多彩な商品があるな。しかしその鮮度維持魔法とはどんなものだ?」
総督の問いにエルフの長が答える。
「精霊術を応用した技術で、密閉された容器内であれば、食品の鮮度をひと月以上保てるものです」
「これであれば、帝国にも新鮮な食料が供給できますよ。それで、供給体制の検討は進んでますか?」
俺の方から準備状況を聞いてみた。
「はい、物流の拠点に各集落で採取可能な肉類、野菜、果物などを集積する体制を整えています。そこに術師を常駐させ、梱包と同時に術を掛け、ガサルを経由してカガチやトンガへ輸送する形になります」
「なるほど。異国の、しかも新鮮な肉類や果物なら、需要があるかもしれんな。至急、本国へ送って検討したいのだが、サンプルをもらえるか?」
「もちろんです。すでに準備してありますので、後ほどお持ち帰りください」
「助かる……しかし、それがあっても上手くいくかどうか……」
さっきよりは明るいが、やはり総督の表情は冴えない。
「やはり、既得権益層の説得は難しいですか?」
「そのとおりだ。リーランド王国は植民地を再建する形だから、まだいいだろう。しかし帝国はこの20年、植民地を維持し続け、そこから奴隷を供給してきたのだ。それに関わる人間も多いし、動く金額も莫大だ。その勢力の力は侮れん」
意外なことに、総督が真剣に奴隷貿易の中止に取り組もうとしている様子が窺えた。
現実に奴隷狩りを取り締まり、こうやって新たな商品まで提案してのける同盟の力を、認識したからこそだろう。
しかし本国の人間にそれを認識しろというのは、たしかに酷な話なのかもしれない。
「それは総督のおっしゃるとおりなんでしょうね。本来なら、段階的に奴隷売買を減らしていくぐらいしないと、難しいのかもしれません。しかし、我々は今後一切、奴隷狩りを許容するつもりはありません。その決意と実力を、帝国に理解してもらう必要がありますね」
「儂の報告なぞ、半分も本国には伝わらないだろう。下手をすれば、すぐに軍隊を送ってくる可能性すらある」
「その時は戦うしかありませんね。ちなみに、もし大軍が船で押し寄せてきても、上陸前に俺が沈めてやりますけどね」
「飛竜か……たしかに貴殿ほどの使役師がいれば、それも可能なのだろう。しかし、全ての船を沈めることはできないであろう?」
「そりゃあ、小さい船が無数に押し寄せたら、撃ち漏らしはあるでしょうね。でもそんなやり方で編成できるのはせいぜい千人ぐらいでしょう。それぐらいなら、同盟の力でも十分に対抗できますよ」
そう言ってやったら、総督が苦虫を噛み潰したような顔をした。
俺の言葉が脅しでないのが分かるのだろう。
「まあ、我々も無駄に戦争はしたくありませんから、軍事的な判断ができる人を呼び寄せて証言させるとか、考えればいいんじゃないですか?」
「それしかあるまいな……今日は食品サンプルだけもらって帰ろう」
その後、鮮度維持魔法の掛かった食品サンプルを渡し、会議は終わった。
その後、俺たちは新たな住居の建設に取り組んでいた。
まず新たに拡張した敷地内に、ドラゴの土魔法で大雑把に石造りの外郭を作り上げた。
さすがに建物を新規に設計するのも面倒だったので、今住んでる建物をコピーした。
外側ができ上がってからは、サンドラ、リューナが土魔法で細部の加工をしていく。
壁に扉や窓を取り付けるための穴を開けたり、壁に棚を作ったり、テーブルやベッドなどを形成するのだ。
そこにボビン率いる工作班が物を取り付けたり、魔道具を据えつけたりして生活環境を整えていった。
そんな作業に明け暮れていたある日、とある集団がカガチの門の前に現れた。
門の横の見張り台から監視していたケンツが問いかける。
「皆さんはどちら様ですか~?」
「お、いるいる。情報どおりじゃん……あのさー、ちょっと話をしたいんだけど、責任者呼んでくれる~?」
「えーと、あなたのお名前は?」
「”流星団”のアスベルってもんだ」
「ハア、とりあえずリーダー呼びますね」
ケンツに呼ばれたので見張り台に上がってみると、そこには20人もの冒険者風の連中がいた。
先頭にいるのが金髪碧眼のイケメンで、後ろに3人の女と6人の男を従えている。
女性は魔術師が2人に僧侶1人、男性は剣士5人に斥候が1人だ。
年齢は20代後半から30代前半って感じで、かなり強そうに見える。
その後ろにも10人ほどの冒険者がいたが、こちらは普通っぽい。
こんな大人数で乗り込んでくるなんて悪い予感しかしないんだが、とりあえず話を聞くことにした。
「私がリーダーのデイルですが、何かご用ですか?」
「ああ、あんたが西部同盟のデイルさん? 俺は”流星団”のアスベルってんだ」
「”流星団”?……たしか、帝国で有名な冒険者パーティでしたよね」
「お、よく知ってるね。まあ、これでも一応、迷宮攻略者だからね」
俺が”流星団”を知っていたのは、彼らも迷宮攻略者であるが故だ。
俺たちがガルド迷宮を攻略したあとに、ギルドで比較対象としてその名前が挙がっていた。
数年前に迷宮を完全攻略した若手のパーティとして、帝国では有名らしい。
「私も冒険者の端くれですから、噂ぐらいは聞いたことがあります」
「冒険者の端くれだなんて、ご謙遜を。リーランド王国のガルド迷宮を攻略したのって、君でしょ? デイルってSランク冒険者が率いるパーティ”妖精の盾”は、帝国でも有名なんだ」
「……デイル違いじゃないですかね?」
「”妖精の盾”には凄い美女の狼人と鬼人がいるってのも有名な話だ。トンガで君が連れ歩いてたのは目撃されてるよ」
うわ、そんなことまで帝国に伝わってんのかよ。
これはもう誤魔化せないか?
「……まあ、それはさておき、皆さんはなぜここに?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあったんだけど、もういいよ。大体分かったから」
「分かったって、何がですか?」
「ゲッコー商会のトンガ支店を潰したのって、君でしょ?」
あちゃー、鋭いわ、この人。