34.襲撃! トンガ総督府
同盟の集落が魔物に襲われてから10日の間、奴隷狩り集団の一部を発見して捕虜を取り返した。
しかし全てを補足することは叶わず、約20人の捕虜が奴隷としてトンガに連れ込まれてしまう。
これを受けてトンガ総督府には何度も捕虜返還を要求したが、完全に梨のつぶて。
事ここに至り、俺は帝国に1撃を加えるべく、トンガ総督府に殴り込むことにした。
その日、トンガ総督府前の広場に、1匹の飛竜が舞い降りた。
もちろんバルカンだ。
地響きを立てて着陸したバルカンが、すぐさま雄叫びを上げる。
「グルルルァラァァァァーーーーーッ!」
突然の豪吼に総督府前は大混乱に陥り、人々が逃げ惑う。
総督府からも、次々に人が逃げ出してきた。
そんな混乱を横目に、俺とレミリアとキョロ、そしてケレスはバルカンから降りると、悠々と総督府に入った。
そのまま総督の執務室前まで歩いていって、思い切りドアを蹴り開ける。
部屋の中では総督と、その秘書が間抜け面で出迎えてくれた。
「どうも~、西部同盟のデイルで~す。今日は総督さんにお話があって来ました~」
「な、なんだお前は、無礼だぞ。儂を帝国領トンガの総督と知っての狼藉か!」
「だから総督に話があるって言ってるじゃん。馬鹿なの? 死ぬの?」
「ふざけるなっ! 衛兵、衛兵、この不届き者を捕らえよ!」
偉そうに呼んでるが、衛兵はほとんど逃げ出している。
それでも真面目な奴が残っていたらしく、部屋の前まで来てキョロに阻止されてる。
”バリバリバリーッ!”とか、”ウオオッ!”とかちょっとうるさいので、扉を閉めて総督と話を続けることにした。
「それで総督さん、今回の村人誘拐について、どう責任取ってくれるんですか?」
「誘拐だと? そ、そんなことは知らん」
「ほー、港の3番倉庫に囚われている21人の捕虜は、なんなのかな~?」
この情報はチャッピーとナゴが、事前に調べてくれたものだ。
「そ、それは民間の業者が捕まえてきた奴隷だ。儂には関係ない」
「ふーん、あくまでしらを切るのね。それじゃあ、こっちも勝手にやらせてもらおうか」
そう言った直後、念話で指示を受けたバルカンが、空に向けて2発の火球を打ち上げた。
この合図を受け、町に忍び込んでいる仲間が倉庫を襲う手筈になっている。
すでに危険人物に指定されている俺の仲間たちだが、サキュバスのアリアとベネッタの力を借りて潜入済みだ。
彼女らが門番を魅了しつつ、カインたちが潜む馬車をトンガに運び入れたのだ。
彼らによって3番倉庫は制圧されるだろうが、21人もの捕虜を抱えての自力脱出は困難だ。
だからバルカンが後で、何回かピストン輸送をする手はずになっている。
「今、合図を送ったから捕虜は返してもらうね。ところで総督、あんたはその秘書が魔族だって知ってた?」
「返してもらうとはどういうことだ? それと秘書が魔族とか、おかしなことを言うんじゃない」
「ハハハッ、やっぱり騙されてるんだ。レミリア、ちょっとあいつ捕まえてくれる?」
「はい、旦那様」
次の瞬間、目にも止まらぬ速さで、レミリアが総督の秘書を剣で打ち据え、そのまま部屋の真ん中に引きずり出した。
「さすがはレミリア、鮮やかな手並みだね。いつもありがとうな」
「ウフフ、どういたしまして」
「な、何をしておる、秘書を放せ!」
「まあまあ、ちょっと見ててよ。それじゃあ、ケレス、いつものやついこうか」
「りょうか~い」
俺が魔力で圧力を掛けながら、ケレスが記憶を読み取るいつもの尋問を始めると、秘書の外観に変化が生じた。
真っ白な肌が青白いうろこ状の皮膚に変わり、耳は細く長く、目は金色で蛇みたいな形に変化した。
「な、なんだそいつは? 彼に何をした?」
「これが彼の真の姿なんですよ。悪魔族のね」
「なんだと?……わ、儂の秘書はデーモン族だったと言うのか?」
「そういうことです。最初からそうだったのか、入れ替わったのか知りませんが」
「そいつはこちらで雇った者だ。しかし……そういえば雇った時の経緯が思い出せんな」
「完全に記憶を操られてますね。こいつらは精神操作系の魔法に長けてるそうですから」
「そ、総督、全て嘘です。こいつが邪悪な魔法で私を、グアアアッ」
その後、たっぷりと魔族を尋問して、情報を引き出した。
思ったとおり、こいつが情報を集めると同時に、アスモガインの指示を総督に吹き込む役目を果たしていた。
今回もこいつの情報に基づいて、総督府主導で奴隷狩りを実行した形だ。
魔物が凶暴化して獣人の村を襲うので、その場で奴隷が大量に確保できると唆したらしい。
さらに、同盟の追跡を躱すための移動手段も準備してくれたそうだ。
帝国にとって都合のいい話ではあるが、こんな訳の分からん申し出を受けて平気だった時点で、総督もかなりやられている。
そしてカガチ襲撃も、この秘書君が提案してくれたそうだ。
無事に撃退できたから良かったものの、とんでもねえことしやがる。
ケレスと一緒にたっぷりと尋問してやったぜ。
ついでなので総督にも尋問させてもらった。
こっちの方はほとんど裏がなく、今は戦力の増強を本国に打診していることが分かった。
さすがに大戦力を送れなどと言えるはずもなく、100人くらいの戦力増強を考えているみたいだ。
ここで俺は、少し腹を割って話してみることにした。
「あのさあ、もう奴隷狩りとかやめない?」
「馬鹿なことを言うな。奴隷貿易をやめてしまったら、この町の価値は大きく減じる。他の商品の交易程度では、植民地を経営するコストが賄えんのだ」
「でも俺たちの同盟がある限り、もう奴隷狩りなんて自由にやらせないよ。むしろ他の交易を促進しないと、将来はないんじゃないの? 実はちょ~っと耳寄りな話があるんだけど」
ここで俺は、すでに西部同盟がリーランド王国へ、魅力的な商品を輸出しようとしていることを話した。
さらに同盟にはエルフも加わっているので、新たな魔道具を供給できる可能性があることも伝える。
総督は疑いながらも、俺の話に強い興味を示した。
そんなやり取りの中で、この総督はそんなに悪い奴ではないと思えてきた。
もっと対話を増やしていけば、帝国とも共存できるかもしれない。
やがて倉庫を制圧したカインから念話が届いた。
捕虜を移送したいから、早く迎えにきてくれとの催促だ。
やっべ、総督との話に夢中で忘れてたわ。
「総督さん、俺はこれから捕虜を迎えにいくから帰るけど、今度また話をしないか? 交易については共存の可能性があると思うんだ」
「……たしかにお前の話は興味深い。しかし総督府に乗り込まれたままで、そちらの話に乗るのは示しが付かんな」
「細かいこと気にすんなって。そもそも、あんたらがこっちの住民を誘拐したのが悪いんだ。今度、ガサルで同盟の会議を開くから、あんたも出席してくれよ」
「クッ、小憎らしい……とりあえずどんな商品があるのか興味があるから、会議には参加してやるわい」
「了解。それじゃあ、後で案内を出すよ。あ、それとここの役人にあと2人ほど魔族がいるらしいよ」
「なんだと? その名前を教えろっ!」
こうして役人に化けてる奴の名前を告げてから、総督府を後にした。
それから一旦、トンガから少し離れた森の中に設けた中継地点に戻る。
そこで仲間を降ろしてから、飛行箱を抱えてトンガの3番倉庫に飛んだ。
「待たせたな、カイン。状況はどうだ」
「はい、何回か敵の襲撃を退けたので、今は小康状態です」
「そうか、捕虜は2回で運べると思うから、もう少し我慢してくれ」
それから飛行箱に捕虜を収容し、中継地点まで2回運んだ。
最後はカインたちを馬車ごと運んで終了だ。
目の前でワイバーンに運ばれる俺たちを見て、帝国の兵士が地団駄を踏んで悔しがっていた。
中継地点に戻ると、今度は捕虜を彼らの村へ送り届ける。
いくつもの村に送るのはけっこう面倒だったが、家族に再会して喜ぶ姿が見られたのでよしとしよう。
結局、カガチへ戻った時は、すでに夜だった。
いろいろと疲れたが、捕虜奪還には成功したし、帝国と共存する可能性も見えた。
あとは魔族をどうにかしないとな。