31.ヴァンパイア
「デイル、やはりトンガには魔族が入り込んでおるぞ」
ガサルから戻った俺に、チャッピーが監視結果を報告してくれた。
チャッピーと猫妖精のナゴに、トンガ総督府の監視をお願いしていたのだ。
「やっぱりそうか。何か分かったことはある?」
「いや、下手に近づくと勘づかれそうなので、詳しいことは探っておらん。しかし少なくとも3人はおったぞ」
「3人もか。バダムみたいに人間に化けてるんだよな?」
「そうじゃ。1人は総督の秘書で、残りは普通の役人じゃった。見た感じ、人族を操っているようではなかったがのう」
「ふむ、とりあえずスパイとして潜り込んでるのかな。もっと情報が欲しいけど、直接聞くわけにもいかないしなあ」
するとケレスが助け舟を出してくれた。
「それだったらご主人、あたいの姉さんに頼んでみようか? アスモガインに近い魔族に接触して、何を考えているのか探るくらいはできると思うよ」
「ケレスの姉さんってことは夢魔だよな。そんなことやってくれるのか?」
「実はご主人に会いたいっていう同族は、けっこう多いんだよ。かーちゃんがこの間の接待を自慢しまくったせいで、注目されてるの」
「お前の姉さんって、何人いるの?」
「全部で100人ぐらいかな。大丈夫、頼むのは2、3人だけだから」
「む、それぐらいなら接待できるか……頼むからあまり話を広げないでくれよ。それと、ミレーニアさんにも話を通した方がいいよな?」
「そうだね。まとめて話をするためにも、かーちゃんの所へ行こうか」
結局その後、ケレスを連れてサキュバスクイーンの拠点へ飛んだ。
ミレーニアにこの話をすると彼女も参加したがったが、さすがにクイーンが動いては怪しまれる。
この任務に向いた能力と人脈を持っているサキュバスを2人選んでもらい、調査をお願いすることになった。
本音を言うと、あまりサキュバスに借りを作りたくはない。
多分、報酬として搾り取られるから。
でも見方によっては、その程度で貴重な情報が得られるとも言えるのだ。
だからレミリア、そんな不機嫌そうな顔するなって。
サキュバスに調査を依頼する一方で、俺たちは次の襲撃に備えていた。
1軍メンバーはなるべく多く拠点にいるようにして、いつでも出られるように準備してある。
これをやると同盟の仕事が滞ってしまうのだが、そこは2軍メンバーと同盟の手を借りた。
そして自警団が返り討ちに遭ってから7日目、虎人族の村の近くで再び奴隷狩りが見つかる。
俺はすぐさま討伐隊を率い、バルカンで駆けつけた。
同行メンバーはレミリア、サンドラ、リュート、リューナ、キョロ、シルヴァ、チャッピーだ。
自警団の強化に勤しんでいるカインと、留守番のドラゴを除けば現状、最強の戦力だ。
ちなみに監視網のオペレーターとしてナゴも付いてきた。
半刻ほどで現場付近に到着すると、ナゴが奴隷狩りの位置を特定してくれた。
そいつらの眼前にバルカンが木々をなぎ倒して着陸すると、8人の人族が虎人の捕虜を連れているのが目に入る。
俺はバルカンの背から飛び降りると、奴らに話しかけた。
「おいおい、奴隷狩りは禁止されたのを知ってるだろ?」
「フンッ、亜人の決めたルールなど知らんわ」
そう返事を返してきたのは、妙に肌が青白い男だった。
金髪に青い瞳で容姿はまあまあだが、人形のように無表情だ。
よく見ると8人の内6人が、似たような連中だ。
こいつらが、ドベルの言っていた魔族なのだろうか?
そんなことを考えていたら、いきなり攻撃が飛んできた。
先頭の男が一気に距離を詰め、右の貫手を俺の顔に向かって突き出す。
余りの速さに反応できないでいたら、横から割り込んだレミリアが双剣で切り払ってくれた。
「油断が過ぎますよ、旦那様」
「……あ、ああ、悪い。ちょっと予想を超えてた。この状況からすると、俺たちは誘い出されたってことか?」
手を斬られた男が平気な顔で傷をなでると、もうそれは消えていた。
「クックック、思ったよりやるではないか。しかし貴様の考えたとおり、これは罠だ。そして貴様らはここで死ぬ。やれっ!」
男の指示で残りの5人も動きだした。
残りの奴らは捕虜と一緒に後ろで控えている。
先頭の男は爪をナイフのように伸ばし、レミリアに襲いかかった。
彼女がそれを双剣で払うと、キンッという硬質な音が響く。
男はさらに攻撃を繰り出し、目にも止まらない斬り合いが始まった。
他の男たちもサンドラ、リュート、シルヴァ、キョロと戦闘に入る。
俺も炎の短剣を片手に、1人を相手取った。
俺の相手も爪を伸ばして切りかかってきたが、さっきの男ほど速くはなかった。
斬撃を躱しながら強魔弾をぶち込んでやると、ブスリと円すい形の弾が男の胸に突き刺さる。
並みの人間ならそれだけで行動不能になるところを、そいつは平気な顔で弾を引き抜いてみせた。
しかもひと撫でしただけで傷が消えちまうとは、インチキにもほどがある。
しかしその行動で、なんとなく敵の正体が分かった気がした。
「チャッピー、吸血鬼って、どうやれば倒せるんだっけ?」
「なるほど。異常な怪力に再生能力とくれば、ヴァンパイアと考えるのが妥当か……それなら首を切り落とすか、心臓を破壊すればよいじゃろう」
「さすがチャッピー。聞いたかみんな。首か心臓だっ!」
「「了解!」」
あっさりと正体を見破られたことに、目前の男が怒気を露わにする。
「クッ、こざかしい。しかし、正体を見破ったからといって、簡単に倒せると思ったら大間違いだぞ」
「ハハハッ、そうだな。キャーー、ヴァンパイア怖いーー!」
「我らを愚弄するかっ!」
俺の挑発に乗って、敵がガンガン攻撃してきた。
さすがに言うだけあってその攻撃は鋭く、なかなか反撃させてくれない。
しかし俺は焦らずに攻撃を躱しながら、チャンスを窺っていた。
やがて必死で躱し続ける俺に、援護射撃が入る。
後ろで状況を見守っていたリューナの強魔弾が、敵の脚に命中したのだ。
男は一瞬だけ体勢を崩したが、すぐに立ち直る。
しかし俺にとってはその一瞬だけで十分だ。
素早く奴に駆け寄り、心臓に炎の短剣を突き刺してから魔力を開放した。
すると短剣の周囲に、紅蓮の炎が咲き誇る。
「ギャーーーーーーッ!」
一瞬で心臓を焼き尽くされた男が、断末魔の声を上げながら倒れ伏す。
心臓がないのに声を上げるとは、大したもんだ。
周囲に目をやると、敵の後方にいた奴隷狩りが逃げだそうとしていた。
捕虜に当てないよう、収束散弾をぶちかますと、奴らが倒る。
並みの人間ならこれで動けないだろう。
しかし他のメンバーはというと、ヴァンパイアの再生能力に少々手こずっていた。
俺の仲間は歴戦の強者ばかりだから、敵に傷を負わせること自体は簡単だ。
しかしそれが大したダメージにならず、すかさず鋭利な爪の反撃が返ってくる。
そんな攻防の繰り返しに、うんざりしている様が見て取れた。
しかし、俺とリューナが援護すれば、それも違ってくる。
「リューナはリュートとサンドラを援護してやってくれ」
「はいです、兄様」
それから俺は、キョロに近寄りながら声を掛ける。
「キョロ、一瞬だけでいいからそいつの動きを止めろ!」
(りょうか~い)
次の瞬間、凄まじい雷撃が炸裂すると、ヴァンパイアが一瞬だけ硬直した。
その隙に俺は心臓を突き刺し、紅蓮の炎を解放する。
「ギャーーーーーーッ」
そいつも断末魔の声を上げて崩れ落ちた。
「けりをつけろ、シルヴァ!」
そう言いながら、シルヴァの敵に強魔弾をぶち込んだ。
心臓辺りに弾を食らったヴァンパイアの動きが一瞬止まると、暴風狼の咢がその首を食いちぎる。
盛大な血しぶきを上げながら、遺体が地面に転がった。
ここで横に目をやると、ちょうどリュートが援護を受けて、敵の首を斬り落としたところだった。
残るサンドラの敵はリューナに任せ、俺はレミリアの戦いに意識を向ける。
そこでは相変わらず、レミリアとヴァンパイアの激しい戦いが続いていた。
彼女の相手はどうやらボス格になるらしく、他よりも膂力と俊敏性が頭ひとつ抜けていた。
おかげでレミリアも苦戦しているが、まるで戦えていないわけではない。
ただし手傷を負わせても、敵の肉体再生能力が凄すぎて致命傷にならないだけだ。
一方、彼女も手足に多少の傷を負ってはいるが、戦闘に支障はないようだ。
ここで俺が加勢に入った。
「レミリアはそいつの足を止めろ! シルヴァはその身柄を確保。多少は傷つけてもいいけど殺すなよ」
俺の強魔弾がボス格の心臓に命中して動きが止まると、レミリアがそいつの足を切り裂いた。
さらにシルヴァがそこへ襲いかかり、ボス格の手足を次々と食いちぎる。
さすがのボス格もこれには堪らず、イモムシのように転がった。
「さて、話を聞かせてもらおうかね」
俺はそいつの胸を踏みつけながら、炎の短剣を突きつけた。