30.魔族の影
帝国から差し向けられた海賊を手駒として取り込み、リーランド王国との交渉もまとめた俺たちは、順風満帆のように見えた。
まず各集落の戦闘部隊の訓練が進み、自警団が充実してきている。
猫人、狐人、狼人、虎人、獅子人、鬼人の村ではいつでも出られるようになっており、奴隷狩りが監視網に引っかかった場合は彼らが対応する場合も増えている。
集落から大きく外れている時だけは俺たちが対処するが、それでも負担はだいぶ減った。
それからエルフ、ダークエルフの魔法戦力も増えた。
最初に見習いを戦力化してから、さらに60人を追加している。
しかも精霊術の研究が進んでるので、両エルフ族の戦力の底上げは著しい。
ただし従来の精霊術師、つまり自力で精霊と契約した人たちは、まだこの流れに乗れていない。
なまじ今までのやり方に慣れているため、新しいやり方になじめないのだ。
エルフの村長や、ダークエルフのガナフも相当悔しがってるが、こればかりはどうしようもない。
このように自警団と魔法戦力が強化され、奴隷狩りもほとんど出なくなっていたある日、凶報が舞い込んだ。
「自警団が返り討ちにあったぁ?」
「はい、私の故郷の近くで奴隷狩りと戦闘になり、何人か負傷者が出たそうです」
レミリアの実家がある村の近くで奴隷狩りが警戒網に引っかかったので、自警団に出てもらった。
その後、連絡があったので罪人の引き取り依頼かと思ったら、逆に返り討ちにあったと言うのだ。
しかも屈強な狼人の戦士が負傷したと言う。
今までにない事件だったので、俺は関係者を狼人の村に集めて会議を開いた。
「まず、狼人族から報告をお願いします」
「ああ、今朝早くに奴隷狩りが発見されたので、俺が4人連れて逮捕に向かったんだ。やがて敵を捕捉して戦闘になったんだが、敵の中にとんでもなく強い奴がいた」
自警団を指揮していたドベルが、悔しそうに唇を噛む。
「どんな奴でした?」
「妙に青っちろくて体格も普通なんだが、信じられない怪力だった。たった1人に俺たち5人掛かりでも敵わないんだ。最後は仲間の2人が負傷したので、引き下がらざるを得なかった」
その結果、捕虜も取り返せず、奴隷狩りに逃げられたそうだ。
今までにない異常事態だ。
「5人の狼人を独りで撃退するなんて、人族じゃないですよね?」
「人族でないなら、なんなのだ?」
「前に言ったじゃないですか。奴隷狩りには魔族が絡んでいるって」
「しかし、なぜ魔族が人族に手を貸す? 魔族だってこの大陸の住人だろうに」
「それはまだ分かりませんね。でも、彼らには彼らの思惑があるんじゃないですか」
以前、ミントを殺したバダムを締め上げたら、奴が悪魔族であり、そいつらが帝国を裏から操っているらしきことが発覚した。
一応、西部同盟にも情報として伝えてあったが、あまり真剣に受け止められていなかった。
俺も黒幕やその思惑が分からなかったので、受け身になっていたのは否めない。
「しかし、それでは対策の取りようがありませんな」
「いえ、俺にちょっと考えがあります。皆さんは守りを固めて犠牲者が出ないようにしてください」
「デイル殿はどうすると?」
「ちょっとサキュバスクイーンに伝手があるので、そちらから手を回します」
「サキュバスクイーンだと? あの化け物と通じているとは、さすがというか、なんというか……」
聞けば、ミレーニアはエルフや獣人の間でもけっこう有名な存在らしい。
それは彼女の普段の行状によるもので、しばしば適当な男を誘惑して骨抜きにするため、悪名が轟いているんだそうだ。
たしかに、あの人ならやり兼ねないな。
その後、ミレーニアに連絡を取って、彼女に会いにいった。
「あら、デイル様、お久しぶりぃ」
会うやいなや、彼女に抱きつかれた。
またレミリアが不機嫌な顔してるし。
「どうもご無沙汰してます、ミレーニアさん。今日はちょっとお願いがあって来ました」
「あらん、何かしら? 私にできることならなんでも。とりあえず寝室へ――」
「いや、ここで、ここでいいですから……実は、前に聞いたデーモン族について、もっと詳しく教えて欲しいんです」
「ああ、あのデーモン族? 私も直接会ってはいないのだけど――」
彼女の話によると、敵の親玉はアスモガインというデーモン族らしい。
魔族は基本的に群れるのが嫌いで、他の種族とも交流を持たないため、ほとんど表に出てこない。
しかしアスモガインは変わっていて、20年ほど前から他種族にコンタクトを取り始めたそうだ。
彼の主張は、魔族こそが至高の存在であり、他の種族は自分たちに従うべき、というもの。
そのために自分が魔大陸を制覇するから、力を貸せと言ってるらしい。
20年前というと、トンガが帝国に占領された時期に重なる。
帝国の植民地だけが生き残ってる事実を考えると、帝国と魔族が裏で手を結んでいてもおかしくないな。
「そのアスモガインてのは強いんですか?」
「そうねえ、私の感覚では大したことないんだけど、人間にとっては十分脅威でしょう。数十人の魔族が彼に同調しているとも聞きますわ」
「数十人も仲間がいるのか。やはり侮れないな……いろいろ聞かせてもらって、ありがとうございました」
そのまま寝室に連れ込もうとするミレーニアの攻勢をなんとか躱し、俺は拠点に戻った。
聞いてきたばかりの情報を仲間に伝え、今後のことを議論する。
「ということで、やはり魔族が裏で暗躍しているようなんだ」
「まさか、魔大陸を征服しようと企む魔族がいたなんて……」
「でも兄貴、まだそいつらが真犯人だとは限らないんですよね?」
ケンツが安易な決めつけを戒めるように言う。
「たしかに証拠はないけど、かなり可能性が高いと思ってる。アスモガインが表に出てきたのが20年前だろ。ちょうど帝国がトンガを占領した時だから、その頃から帝国の一部と繋がってたような気がするんだ」
「なるほど。帝国とドワーフの間を取り持ったのも、奴らかもしれないっすね」
「ああ、俺もそれを考えた。だから明日は、ガサルの町長に話を聞きにいこうと思う。それからチャッピーには悪いけど、しばらくトンガの総督府を見張っててもらえないかな? 魔族の出入りを探って欲しいんだ」
「よかろう。ナゴにも手伝ってもらうとしよう」
翌日、ガサルの役所に町長を訪ねると、彼はすぐに会ってくれた。
最初はひどく感じが悪かったガサルカだが、最近はけっこう協力的である。
「実は昨日、奴隷狩りを捕まえにいった自警団が返り討ちにあったんですよ。それも凄い怪力だったそうです。それでこの件には魔族が絡んでると見ているんですが、町長はそういう存在を知りませんか?」
「魔族だと? 儂はそんなもんに知り合いはおらんぞ」
「そうですか……ところで、20年前に帝国と和解した時のことって、分かりますか?」
「なんだ、いきなり。儂は当時の交渉に加わっていたから、多少は分かるが」
「それはよかった。ちょっと気になったんですよ。トンガが占領されて戦争状態だった帝国との間を、誰が取り持ったのか」
「おかしなことを気にするな? たしか当時の町長の所に、使者が来たんだ。古い知り合いの商人だったらしくて、彼が和睦を仲介した」
ガサルカが記憶を探るように話してくれたが、胡散臭い話だった。
「そんな商人なんてのが都合よくいますかね? 当時は人族との付き合いなんて、ほとんどなかったんでしょ?」
「いや、昔から人族の大陸に渡る者はいたから、それが商人になったんじゃないか?」
「職人ならまだしも、商人ですか? それこそ怪しいですよ。お手数ですが、本当にそんな人がいたのか、当時の町長に確認してもらえませんかね?」
さすがにその日のうちには無理だったので、翌日の再訪を約束して拠点へ戻った。
翌日に再び話を聞きにいくと、予想どおりの答えが返ってきた。
「あんたの言うように、元町長はその知り合いが誰だったのか思い出せんそうだ。あの時はたしかに知り合いだと思ったのに、なぜか記憶があいまいらしい。どうして分かった?」
「やっぱり……俺は今回の事件で魔族の関与を疑っているんですが、どうもそれは、20年前から始まっていたみたいなんですよ」
「20年前から? そもそも魔族の情報をどうやって手に入れた?」
「ちょっとデーモン族と揉めたことがありましてね。それとサキュバスクイーンから、ある魔族が魔大陸の統一を目指してるって話を聞きました。そいつが出てきたのが、まさに20年前らしいんです」
ミレーニアの話をしたら、ガサルカが嫌な顔をした。
「あの淫乱ババアがそんなことを言ってるのか。この町でもたまに犠牲者が出るんだぞ。しかし、その魔族が今回の事件に関わってる証拠なんて、どこにもないだろうに」
「そのとおりです。でもその魔族が20年前から帝国と手を結んで、着々と準備を進めてきたとすると、いろいろと説明が付くんですよ。奴隷狩りや移民を後押しすれば、この大陸の住人の勢力を弱められます。その裏で力を蓄えてたんじゃないかと」
「そりゃあ、たしかに帝国は奴隷狩りや移民を推奨している感じはするが、20年も前からか?」
「魔族にとって20年なんて大した時間じゃないでしょう? いずれにしろ俺は、魔族が裏にいる可能性を前提に動きます。町長もそんな気配がないか調べてください」
どうやら思った以上に魔族は深く関わっているらしい。
これは用心しないと、まずいことになりそうだ。