2.魔大陸上陸
テプカ島で海蛇竜のカガリを仲間にした後、9日間の船旅を経て魔大陸に到着した。
普通ならテプカまでの航路を含めて25日前後掛かるところを、6日も早く着いたことになる。
船長のサリバンは”実に運がいい”などと言って喜んでいたが、これにはカラクリがあった。
リューナが風精霊にお願いして、航行に都合のいい風を吹かせてもらった結果なのだ。
おかげで退屈な船旅が短縮され、俺たちも万々歳だ。
最初に上陸したのは”カガチ”という港町の跡で、かつてはリーランド王国の植民地だった所だ。
しかし魔大陸ってのは、大陸全体が魔境といえるほど魔素が濃く、そこに住む魔物の強さも密度も半端じゃない。
比較的安全な沿岸部でさえオークが徘徊しているのだから、人族が生活を営むには厳しい地なのだ。
何年も準備をしてから、10年ほど前にようやく植民地を築き上げたものの、長くは持たなかったらしい。
5年ほど前に魔物の大群に囲まれて、住民は命からがら逃げ出したそうだ。
以来、カガチは廃墟となり、荒れ果てたまま。
自国の拠点を失ったリーランド王国は、今はアッカド帝国の植民地”トンガ”と交易をしている。
トンガは魔大陸に残る唯一の人族集落で、数ヶ国がここに拠点を置いてるそうだ。
リーランド王国の他にも、エメリッヒ王国とイサカ教国ってのが相乗りしていると聞く。
どの国も1度は植民地を築いたものの、やはり魔物の圧力に負けて撤退したんだとか。
そんな中で帝国は最も大きな兵力を送り込み、かつ冒険者ギルドの協力も得ることで、トンガだけは生き残った。
かくして他の3国は自前の植民地を諦め、トンガに商業拠点を置いて細々と交易をしている形だ。
軽くカガチの状況を調べてみたら、とりあえず石造りの埠頭は、ゴミを片付ければ使えそうだった。
居住区の方は魔物に荒らされていたが、中央にある大きな建物だけは健在だった。
石造りで2階建てのその建物は行政機関だったらしく、出入口は頑丈な鉄の扉、窓は鉄の鎧戸で守られている。
そしてここを逃げ出す時にもしっかりと戸締りがなされており、その鍵は俺が預かってきた。
これなら身の回り品を運び込めば、すぐにでも住めるだろう。
そこまで確認した俺は再び船に戻り、帝国の植民地トンガへ連れていってもらった。
カガチとトンガは極めて近い位置関係にあり、昔は馬車で1刻も走ると行き来できたらしい。
船だと岬を迂回するので少し遠くなるが、それでも2刻ほどで到着した。
トンガに着いてみると、そこはなかなかに大きな町だった。
木造の家屋が数百棟も立ち並び、その中央に石造りの建物が見える。
中央の建物が、この町の総督府になるらしい。
そして町の周囲には、人間の倍くらいの高さの防壁が張り巡らされている。
木造の防壁はそれなりに頑丈そうではあるが、魔物の脅威度に比べると貧弱に思えた。
カガチの防壁も似たような規模だったが、所々破壊されていたからだ。
「サリバンさん、あれぐらいの防壁で魔物の襲撃って、防げるんですかね?」
「ああ、私も不思議に思ったんですが、ちゃんと防げているようですよ。魔物に破られたという話も聞きませんし、近くにも寄ってきませんからね。噂では、帝国は魔物を遠ざける手段を持っているようです」
「魔物を遠ざける手段、ですか」
「あくまで噂ですけどね」
その後、トンガに上陸した俺とサリバンさんは、この町にあるリーランド王国の拠点に赴いた。
そこの責任者に、俺が植民地再建調査官として派遣されたことを伝えるためだ。
”ランド商会”という看板の掛かった建物に入ると、白髪で恰幅のいい男性に迎えられた。
「これはこれはサリバンさん、遠路はるばるご苦労様です」
「お久しぶりです、デニスさん。今日は王国からの使者をお連れしました」
「王国からの使者、ですか?」
デニスがそれを聞いて怪訝な顔をする。
「初めまして、デニスさん。デイルと申します。リーランド王国から、植民地の再建可能性調査のため派遣されました。これがその証明書になります」
「植民地の再建、ですか?」
王国でもらってきた証明書を見せると、デニスはますます困惑していた。
そこで俺が仲間の里帰りと合わせ、カガチ再建の可能性調査を請け負ったことを話した。
「はあ、そういう事情でしたか。しかし、そんなことを調べても無駄でしょう。帝国ほどの戦力がつぎ込めなければ、同じことが繰り返されるだけですから」
「そうでしょうか? この町の防壁を見ても分かるように、帝国はただ戦力が多いだけではないのでしょう。何か、魔物を遠ざける手段があるんだと思います」
「まあ、それはあり得ますね。ここの防壁は、カガチよりも貧弱なぐらいですから。しかし仮に帝国がそんな手段を持っていたとしても、簡単には教えてもらえないでしょうし……」
「当然です。でも、別に帝国に教えてもらえなくても、当てはあるんですよ。それで早速、明日からカガチに住むつもりなので、一応帝国にも話を通しておこうと思いまして」
そう言ったら、デニスがサリバンに向き直って抗議し始めた。
「サリバンさん、ちゃんとこの魔大陸のことを教えていないんですか? これじゃあ、ただ死ににいくようなものだ」
「い、いえ、ちゃんとお話はしてありますよ。この辺にはオークが出るし、剣牙虎や爆拳猩猩だって出る可能性もあると……」
「ああ、その程度の魔物なら全然問題ありません。こう見えても私はSランク冒険者ですし、仲間も20人以上連れてきていますから」
「Sランク冒険者? その若さでSランクなんて、聞いたこともありませんな。失礼ですが、ギルドカードを見せてもらえますか?」
「もちろんです」
請われるままにカードを見せると、デニスが顔色を変えた。
「ほ、本当だ! 知らなかったとはいえ、失礼を致しました。申し訳ありません」
顔色が変わったと思ったら、急に謝ってきた。
まあ、Sランク冒険者は男爵クラスの貴族に相当するので、それも当然か。
その後、デニスの出自を聞くと、彼も元々は王宮で働いていた官僚だったそうだ。
しかしある日、上司の不始末の責任を押し付けられ、この魔大陸に飛ばされたんだとか。
今はこのランド商会の会長として、リーランド王国向けの商品を管理したり、王宮へ報告書を送ったりしているそうだ。
「なるほど、大変な目に遭われたようですね……それで、先ほどの話に戻りますが、総督府の窓口を紹介してください」
「それは構いませんが、どのようなお話をされるのですか?」
「とりあえずカガチの再建可能性を探るから、門の通行証を発行してくれと頼むつもりです」
「なるほど……帝国と我が国は友好関係にありますから、私の紹介で申請すれば通るでしょう。しかし、本当に明日からカガチに入るのですか?」
「ええ、まずは中央の建物を住めるようにして、防壁も修理します。その後は、このトンガへの道も開通させる予定です。元々、道はつながってたんですよね? 地図があれば、見せて欲しいんですが」
「たしかに道はつながってましたけど、今では廃道ですよ。それと地図ですか……」
デニスがゴソゴソやって、地図を持ってきてくれた。
そこには非常に大雑把だが、このトンガ周辺の地形が描かれており、北の方にカガチも記されていた。
さらにトンガの東へ行った所に、”ガサル”と書いてある。
「このガサルというのはなんですか?」
「ドワーフ族の町ですよ。帝国はドワーフと交易を行っているので、馬車が通れるぐらいの道も通っています」
「へー、どんな商品を扱っているんですか?」
「ガサル相手ですと貴重な鉱石とか、あそこで作られた金属製品などですね。やはりドワーフが作ったものは品質が良いですから」
「なるほど……ところで、奴隷はどのように売買されているのですか?」
「ああ、亜人奴隷ですね。あれはこの町にある幾つかの商会が、独占的に扱ってます。我が国の商人も、そこから買っていますね」
「ほう、いくつかの商会、ですか。この大陸で奴隷を捕まえてくる力のある商会が、独占してるって感じですかね?」
「そのとおりです。おかげで冒険者崩れの荒くれ者どもがのさばってて、治安が悪いんですよ」
「そうなんですか……しかし、不思議ですよね。この危険な魔大陸の中で、何人もの亜人を捕まえてくるなんて。亜人の集落って、かなり遠いんでしょ?」
「言われてみるとそうですね。はて、どうやっているのやら……」
デニスがどうでもよさそうに呟く。
実際、彼にとってはどうでもいいのだろう。
しかし俺にとっては、今後の作戦を立てるために必要な情報だ。
どうにかしてその辺を探らねばならない。
その後、デニスの案内で総督府に赴き、無事に通行証を発行してもらった。
これでカガチとここを行き来できるようになった。
その晩は酒場で夕食を摂り、サリバンの船に泊めてもらう。
さて、明日からはカガチの拠点整備だ。