26.カガチの拡張
カガチの状況を確認しにきた官僚のアレックと話していたら、奴隷売買の話になった。
当然、それはできないと言ってやると、アレックが困惑してしまう。
そこで改めて、魔大陸の状況を説明してやった。
「現在、魔大陸の住民が結束して、帝国に奴隷狩りの中止を要求しています。それを聞かない奴らはバンバン逮捕してますから、トンガでは奴隷売買が停止しているんですよ」
「そ、そんな馬鹿な。一体、誰が亜人をまとめているんですか?」
「私ですよ」
「ッ! それはまずいっ! 植民地経営と奴隷貿易はセットです。奴隷貿易ができなければ、カガチの再建なんてできません。こんな話が伝われば、デイル殿は国家反逆罪に問われかねませんよ」
アレックはさも心配そうにしてるが、言ってることはひどい話だ。
奴隷貿易が前提の植民地経営だなんて、完全に人族の都合じゃねーか。
それを当然のことのように言うアレックも、所詮は官僚か。
すると、ケンツがわざとらしく口を出してきた。
「マジですか? 植民地と奴隷貿易がセットだったなんて………だけど同族が売られるのを見てるだけなんて、俺にはできない……どうしたらいいんすかね? 兄貴」
さも耐えられないといった表情で訴えるので、俺もその演技に付き合う。
「もちろんだ、ケンツ。お前の同胞をこれ以上売らせたりはしない……アレックさん、このままではカガチを再建できませんね」
「ちょ、真剣ですか? 王国を敵に回すことになりますよ」
「そうは言っても、俺の仲間は皆、この大陸西部に故郷があります。なので、何か奴隷貿易に替わる手段を考えてもらわない限り、カガチは引き渡せないですよ」
と言ってやったら、今度はアレックが頭を抱えて喚きだした。
「だからやだったんだ……誰だよ? 現地を見てくるだけとか言ってたのは……あのくそ大臣めー、うがーっ!」
とうとうアレックは紳士の仮面を脱ぎ捨て、大声で愚痴をこぼし始めた。
大方、特に問題はないから、現地の状況だけ見てこいとか言って送り出されたんだろうな。
俺が奴隷貿易を阻止することを、王国の人間に伝えてなかったんだから、こうなるのも当然なのだが。
問題増やして悪いな、アレック君。
しばらく愚痴をこぼさせてから、改めて話しかけた。
「アレックさん、奴隷貿易については絶対譲れませんから、観念して別の方策を考えましょうよ」
「そんな方策が簡単に見つかれば苦労しませんよ。それよりも、あまり王国を甘く見ないでください」
「ほ~、俺になんらかの危害を加えてくるとでも?」
「当たり前じゃないですか。あなたに近しい人を拘束するかもしれないし、直接ここへ軍隊を送り込んでくることだってあり得ますよ」
「ああー、それは悪手ですね、アレックさん」
アレックの脅しに反応したのは、ケンツだった。
「何が悪手なんですか! 誰でも考えることでしょう?」
「無傷で単眼巨人を狩ってくるような冒険者を倒すのに、一体どれだけの戦力が要ると思います?」
「サ、サイクロプスぅ?」
「あれ、知りませんでした? 半年ぐらい前にサイクロプスの目玉が何個か流通してたのを。あれって、兄貴が迷宮で狩ってきたんですよ」
「え~っ!……そういえば王宮でも1つ買ったという噂があったけど、あれが?」
「そうそう、王宮でも買ってもらいましたね、兄貴。あれいくらでしたっけ?」
「たしか、金貨70枚じゃなかったか」
「……」
そのやり取りにアレックが言葉を失う。
災害指定級の化物を無傷で狩れるような冒険者を討伐するのに、どれほどの戦力が要るか、考えているのだろう。
「ちなみに、もしここで交渉が決裂した場合、俺はすぐに王国に残ってる仲間を回収に行きます」
「回収するって、どうやってですか?」
「それはじかに見てもらった方がいいでしょう。外へ出てください」
そう促すと、アレックも黙って外まで付いてきた。
そして外で日向ぼっこをしていたバルカンに変身をお願いすると、見上げるような飛竜がそこに出現した。
それを見たアレックが腰を抜かし、辛うじて声を絞り出す。
「……ワワワ、ワイバーン?」
「そうです。俺が契約を結んでいる使役獣の1体です。これに乗っていけば、おそらく1日ぐらいで王国に到着するでしょう。数人の仲間を回収するなど、簡単なことです。ついでに攻撃力も見てもらいましょうか。バルカン、海に向けて1発頼む。カガリに当てるなよ」
するとバルカンが火球を吐き出し、ずいぶん離れた所で海面に接して大爆発を起こした。
膨大な海水が吹き上げられ、周囲に霧が発生する。
「ななな、なんですか、あれ? メチャクチャな威力だ」
「どうです? あれ1発で船が沈みますよね? もちろん我々の戦力はこれだけじゃありません。10隻やそこらの軍艦が来ても、返り討ちにできると思ってます」
「……」
驚愕に顔を歪めながら、またもや言葉を失うアレック。
ちょっと刺激が強すぎたかな、と思っていたら、海蛇竜のカガリから念話で苦情が入ってきた。
(ご主人、ご主人~、バルカンが火の玉ぶっこんできた~。あいつ、ぶっ殺す~!)
(あー、カガリ。それは俺の指示だから勘弁してやれ。それとお前は秘密兵器だから、今は顔を出すな)
(えー、そうなの~? 分かった~、今日は勘弁してやる~。あたしは秘密兵器だからね~、エヘヘッ)
カガリはまだ子供だから、扱いやすくていい。
王国が軍艦を送り込むようなことはまずないと思うが、カガリの存在はまだ隠しておいた方がいいだろう。
俺はいまだに固まったままのアレックの肩に手を置き、取引きを持ちかけた。
「さあ、アレックさん。このまま奴隷貿易の代案を考えずに帰ったら、あなたの立場はありませんよ。一緒に考えましょう」
「ちょ、なんで私の立場がないんですか?」
「だって、俺がワイバーンを使役してるから攻めても無駄だ、とか言っても本国の人間は信じてくれないですよね。それで軍艦が攻めてきたら、こっちは沈めるしかないけど、その場合に責任を取らされるのは誰です?」
それを聞いたアレックが、ギクッとして聞き返す。
「……私が責任を取らされるというのか?」
「俺が王国上層部だったらそうしますね。もちろん、他にも責任を取らされる人は出るでしょうが」
「ヒッ、い、嫌だ。私はまだ結婚もしてないのに……な、なんとかならないだろうか?」
「ですから、それをみんなで考えましょうよ」
それからまた屋内へ移動し、サリバンや手の空いている仲間も呼び、代替案を考えることにした。
「ということでアレックさんのためにも、奴隷貿易の代替案を考えねばなりません。サリバンさんは何かありませんか?」
「……うーん、そうは言っても、魔大陸との交易で最も需要があるのが奴隷ですからねえ」
彼曰く、深い森に包まれた魔大陸の開発はほとんど進んでおらず、奴隷以外にめぼしい商品がないのが実状らしい。
仮に魔物の素材や鉱物資源を採ってきても、1ヶ月も掛けて船で送っていては採算が取れないそうだ。
結局、俺たちが調べた周辺状況の報告を王宮へ持ち帰ってもらい、需要のありそうな商品を考えてもらう話に落ち着いた。
奴隷貿易をやめることと引き換えに、俺が開発を手伝うという条件で検討すれば、何かいい案が出るかもしれない。
翌日は取引きを円滑に進めるため、俺たちの開発能力をアレックに見せつけることにした。
その主役は土魔法を使うサンドラとドラゴだ。
このカガチは西向きの入り江に設けられた集落で、他の3方は木造の防壁に囲まれている。
今回は東側に設けられた門よりも北側を大幅に拡張することにした。
まず北側の防壁を門から切り離し、サンドラの魔法で強引に排除してゆく。
土魔法で防壁の基礎部分を持ち上げてやると、バタバタと防壁が倒れてきた。
倒れた防壁はばらして、今後の建材に使う。
防壁の向こうには、岩や草木がまばらに存在する荒地が広がっていた。
そこでまずは、邪魔な木を切り倒すことにする。
わりと細めの木はレミリアが双剣でスコンスコンと切り倒し、ひと抱えくらいあるのはサンドラが魔剣でスパンスパンと切り倒した。
1本だけ大きな木があったので、それはリュートが塊剣で叩き切った。
さすがに1撃では無理だったが、5振りくらいで倒れた。
最近は収納の鞘に入れてるせいか、塊剣の切れ味が良くなったような気がする。
切り倒した木を総出で片付けると、ドラゴと俺の出番だ。
まずドラゴが剣角地竜に変身し、俺が彼に手を当てて意識を同調させる。
次の瞬間、目の前の荒地がボコボコと変形し始めた。
岩や切り株を地面が飲み込み、平らな地面に均していく。
やがて100を数える頃には、200歩4方ほどの新たな敷地が誕生した。
これぞドラゴと俺の合成魔法”地形変化”だ。
小規模ならドラゴだけでもやれるが、これくらい大規模なのは俺が手伝った方が早い。
「いやー、さすがっすね、兄貴。俺たちだけでやったら何十日も掛かりそうなのを、こんな短時間で済ませるなんて」
「ハッハー、そうだろ? まあ、これもドラゴが土属性の上位精霊に進化したおかげなんだけどな」
(いやいや、マスターのサポートがなきゃ、こんなに簡単にできないですよ~)
そんな会話をケンツやドラゴと交わしている横で、アレックとサリバンが大口を開けて固まっていた。
フッフッフ、驚いているな。
俺はさらに追い討ちを掛けるように、防壁の作成に取りかかった。
元からあった門と位置を合わせ、新たな敷地を囲むように石の壁を作り上げていく。
材料には壁の外側の土を使うので、壁の外は空堀になった。
見る見るうちに人間の倍くらいの高さの石壁ができあがり、カガチは完全に防壁に囲まれた。
とりあえずここまでやってから、アレックに話しかける。
「どうです、アレックさん。俺たちに掛かればこんなもんですよ。王国は俺たちを敵に回すより、味方に付けた方がいいと思いませんか?」
「も、もちろんです。絶対に敵に回してはいけない」
「それだったら、奴隷貿易の代わりに何か考えてくれますよね? まずは今回の報告書を持って帰って、どんな物が商売になるかを再検討してください」
「分かりました……しかしぃ、私にも何か、見返りをもらえませんかね?」
「そうですねえ……俺から国王陛下や大臣に、あなたの功績を称える手紙を書くってのはどうでしょう? 読んでくれるかどうか、分かりませんけど」
「いえ、上手く話がまとまれば、上もデイル殿に注目するでしょう。あなたの推挙があれば、私も出世できる可能性は高いと思います」
それを聞いて、ふと思いついた。
「ふむ、そうですか……それならいっそ、今から一緒に押しかけて交渉しましょうか?」
「はあっ?」
またアレックが固まった。