25.王国からの使者
帝国側との交渉が決裂した後も、俺たちは奴隷狩りを逮捕し続けた。
あれから2週間でさらに6組を拘束し、鉱山に送り届けて雇い主にも報告してある。
さすがに並みの人材では歯が立たないことを理解しておとなしくなってきたが、まだまだ油断は禁物だろう。
その一方で、俺たちは同盟の戦力強化を急いでいた。
まず各集落で自警団を増強し、訓練を始めている。
この件についてはカインを責任者とし、各集落のとりまとめをしてもらっている。
鬼人族の村長の家系であり、無双の盾使いとして名を馳せつつあるカインになら、獣人や鬼人の荒くれも従いやすいだろう。
幸いなことに、リューナの叔父であるリューガも、カインを助けてくれていた。
獣人や鬼人に勇猛な戦士は多いのだが、対人戦闘に長けた人材は意外に少ないのが実状だ。
その点、リューガは元Aクラス冒険者であり、対人戦闘にも長けているので、教官として最適だった。
彼はリューナたちを攫われたような悲劇を少しでも減らすべく、精力的に同盟の集落を回って訓練をしてくれている。
それから同盟内の連絡手段についても、目処が立った。
ミレーニアからもらったつなぎ石は、念話が可能な相手同志をつなぐアイテムだ。
だから一般人には使えず、かといって俺の仲間をいちいち集落に配置するのも現実的でない。
そこで何かいい方法がないかと、猫妖精のナゴに相談してみたところ、妖精女王と話してくれた。
そして出てきた提案は、俺が各集落の巫女と使役契約を結べばいい、という内容だった。
俺みたいな赤の他人と契約してくれるはずないだろうと言ったら、女王から神託を下すから大丈夫と返される。
そんなアホな、と思ったが実際に集落を回ってみると、全ての巫女が快く契約してくれた。
巫女さんたちから言わせると、妖精女王の後ろ盾を持つ俺にはその資格があるんだそうだ。
予想外の申し出にちょっと引いたが、今回は厚意に甘えさせてもらうことにした。
結局、主要な集落の巫女さんと使役契約を結び、それぞれにつなぎ石を持たせることで同盟内のネットワークが完成した。
ちなみに俺にだけ念話が集中しても困るので、数人の部下に担当を割り振ってある。
実は最初、バンバン念話が飛んできて大変だったんだ。
巫女さんの愚痴とか聞かされても困るってーの。
そんなある日、リーランド王国との連絡役であるサリバンが、3ヶ月ぶりに来航した。
しかも王国の官僚を伴ってだ。
「リーランド王国3等書記官アレック・ガワルドです。カガチの状況確認のため、派遣されて参りました」
「初めまして、ガワルド書記官。私が再建調査官のデイルです。それから彼は部下のケンツです。どうぞ、こちらへ」
俺はアレックを拠点の1室に招いた。
彼は砂色の髪に青い瞳を持った青年で、歳は30前といったところか。
容姿はそれなりだが、眼鏡を掛けていていかにも真面目そうだ。
今回はケンツにも同席してもらった。
次席指揮官のカインが自警団の強化に忙しいので、この拠点のまとめ役をケンツに任せつつあるからだ。
「デイル殿は王国で2人しかいないSクラス冒険者と聞きますが、ずいぶんとその……お若いですね」
「ええまあ、いろいろとあって2年足らずでガルド迷宮を攻略しましたから」
「その噂は私も聞いております。我が国初の快挙として、庶民の口にものぼるほどです。さらにその英雄殿が、魔大陸の植民地再建に乗り出した、という話で、これまた盛り上がっていますよ」
「へー……でもこれって、国家機密じゃないんですか? そんなことが噂になっていても、いいんですかね」
「いえいえ、この件については、必ずしも機密扱いではないんですよ。元々、カガチは我が国が築いた植民地であり、一時的に空けているだけという建前ですから」
「はあ、そうなんですか……それにしても、3ヶ月で書記官殿が派遣されてくるとは、意外でしたね。てっきり、今度送る報告書を見てからだと思ってました」
サリバンはこの建物を掃除したところまでしか見ていないので、その後の状況を王国に報告できてないはずだった。
まだ再建できるかどうかも分からないのに、書記官が派遣されるのは妙だった。
「はい、普通ならそうです。しかし……」
「しかし?」
「この噂を聞きつけた財務大臣閣下が、開発を急ぐべきだと主張されました。その結果急遽、官僚を派遣することになりまして……」
アレックが困ったような顔で口を濁す。
「ははあ、それで書記官殿にお鉢が回ってきたわけですか?」
「ご明察のとおりです。ハァ……」
おそらく関係部署が押しつけ合った結果、彼に落ち着いたのだろう。
王宮の官僚は権力争いが激しくて扱いにくいと、ガルド伯爵が愚痴ってたからな。
「ちなみに書記官殿の元々のお仕事は?」
「財務部で交易関係を担当していました。たまたま私が過去の植民地運営時の資料を預かっていたため……」
「なるほど、そういう事情ですか。遠路はるばるご苦労様です」
「いえ、お気遣いなく。それから、私のことはアレックとお呼びください……それにしても、この建物を見る限り、デイル殿は本当にここに住んでおられるようですね」
「ええ、サリバンさんと別れてからも、いろいろと手を入れて、快適に暮らしていますよ」
「……ということは、すでに3ヶ月も住み続けてるんですか? 魔物の襲撃はどうされているのでしょう?」
「我々独自の魔物避けの方法があるので、防壁から中には一切入ってきません」
「凄いっ! 防壁内が安全だというのなら、すでにカガチの再建は成ったようなものではありませんか! これは迷宮攻略以上の快挙ですよっ!」
アレックが興奮してテーブルに乗り出してきた。
おいおい、顔が近いぞ。
見かけによらず熱い兄ちゃんだな。
「アレックさん、落ち着いてください。その再建について、これから細部を確認するのでしょう?」
「……ハッ。申し訳ありません。つい興奮してしまいました」
「いえいえ。それで、再建するとなると、どのような手順になりますかね?」
「そうですね……今回、私が現地の状況を報告すれば、再建団を編成して送り込んでくるでしょう。おそらく100人以上になるかと」
「なるほど。そうすると、この建物は明け渡さねばならないですかね?」
「それはもちろん、そうなります。この建物は元々、王国の物ですから」
しかしケンツがそれに反論する。
「でも、俺たちがいなければ取り返せなかった物ですよね。それにこの3ヶ月の間にもけっこう手を入れていて、愛着もあるんですがねえ」
「それについては、金銭などで補償させていただきます。代わりに別の建物を作り、皆さんにはそちらへ移ってもらうことになるでしょう」
「ふーん、まあ仕方ないですね。ただし報酬は要相談ですからね」
「はあ、お手柔らかにお願いします」
さすがケンツ、しっかりしている。
「ところで、過去のカガチの見取り図などはありますか?」
「はい、それならこちらに」
俺が聞くと、鞄の中から書類を取り出して見せてくれた。
さすが、過去の資料を預かっていただけある。
その見取り図には、このカガチの防壁内の配置が描かれていた。
基本的にこの行政府の周囲に住民の居住区と倉庫が並んでいる形だ。
「再建後の配置も、これと同じになるんですかね?」
「基本的にはそうなると思います」
「ふーむ、そうなると、俺たちのねぐらを建てる場所がないな。どうせなら、この建物ぐらいの広さが欲しいんだよな」
「そうっすね。それなら敷地を拡張しますか?」
敷地の拡張をケンツが持ち出すと、慌ててアレックが割り込んできた。
「待ってください! 当面は居住区を作るだけで手一杯で、敷地の拡張なんて無理ですよ!」
「あ、大丈夫ですよ。こっちでやりますから」
「はあ? たしかそちらの人員は20人少々ですよね? その程度で敷地の拡張など――」
「大丈夫ですって。こちらには土魔法の使い手もいますから、敷地の拡張なんて余裕です。やるとしたらこっちの方に広げるかな?」
その後、ケンツとアレックと相談し、敷地を2倍程度に拡張してから、その一角を俺たちがもらうことになった。
アレックは最後まで疑っていたが、あとで実力を見せると言って押し切った。
そして話は植民地の運営に移っていく。
「ところで、王国は植民地をどのように運営していくんですか?」
「どのように、というと?」
「例えば周辺の魔物を狩って素材を取るとか、農地や鉱山を開発するというような方針です。ちなみに周辺の調査状況はこんな感じですね」
そう言いながら、周辺の地図や魔物、資源の分布状況を書いた報告書を見せる。
まだ調査は継続中だが、歩いて数日ぐらいの範囲はほとんど調べてある。
「おおっ! さすがはSランク冒険者のパーティだけありますね。危険な環境下でこれほど調査できるとは……」
この辺だと、サーベルタイガーとかバーンナックルゴリラがたまに出るので、昔はほとんど調査できていなかったらしい。
俺たちの報告書を流し読みしたアレックが、上機嫌で話し始める。
「素晴らしいです。これだけの内容であれば胸を張って王国に帰れますよ。もちろんデイル殿への謝礼も、それなりに用意できるでしょう」
「それはよかった。それで、運営方針はどうなりますか?」
「王宮に持ち帰って検討が必要ですが、魔物素材や資源の採取に加え、亜人奴隷も取り扱えば十分に経営は成り立つでしょう。以前は完全に赤字だったのに比べれば、雲泥の差です」
「ああ、奴隷売買はできませんよ」
「はっ? 今なんと?」
俺の言葉にアレックが固まった。