23.精霊術研究会
なんとかドワーフ族に帝国への仲介を了承させ、5日後に関係者を集めて会議を開くことになった。
それは魔大陸西部の諸部族を糾合し、奴隷狩りに対抗していくための重要な会議になる予定だ。
これと並行して俺たちは、精霊術の改良も進めていた。
まずは故郷で精霊術の研究を進めていたチェイン、レーネ、セシルを集めて、成果を確認した。
「それじゃあ、レーネの方から分かったことを報告してくれ」
「はい、私たちが調べたことはこれにまとめてあります」
レーネとチェインがダークエルフの里で調べてきた内容を聞いてから、セシルがエルフの里で調べてきたことも聞く。
彼女たちが調べてきたことを大雑把にまとめると、こんな感じだ。
・精霊術を行使するには、精霊と精神を同調させる必要があり、正しい呪文には同調を促す効果がある。
・精霊術をいくつかの工程に分け、正しい順番で精霊にお願いすることで、効果を高められる。
・呪文には精霊の気分を良くしたり、やる気を出させる効果が含まれている。
こうして見ると、俺たち独自の精霊術にも応用できる点がありそうだ。
そもそも精霊術とは、魔力をあげる代わりに精霊に現象を起こしてもらう魔法だ。
逆に人族が得意とする魔術は、術者自身の魔力のみを使って現象を起こす。
自らの魔力を使う魔術は、その行使スピードと制御性に優れるが、術者は疲れやすい。
逆に精霊術は行使に時間が掛かり、制御にも難があるが、持久力には優れている。
ただし、より精霊との同調を高められれば、精霊術の速度や制御性は飛躍的に向上するとも聞く。
「うん、これを参考にすれば、俺たちの戦力も上がりそうだな。リューナはこれを見てどう思う?」
「なかなか興味深いのです。こういう言葉を使ったり、お願いの仕方を変えるだけで、精霊さんがもっと元気に働いてくれるなんて、気がつきませんでした」
「そうだな。たぶん竜人魔法にも応用できるから、今後はリューナも一緒に研究を進めてくれ」
「もちろんです、兄様」
雷撃の杖を得て著しく進化したリューナの竜人魔法だが、さらに改良できるならとても心強い。
ここでチェインから質問があった。
「そういえば、明日来る術師見習いの育成は、どう進めるんだい?」
実は明日予定している共同研究会に、精霊術を習っている見習いを何人か、連れてきてもらう話になっていた。
「今まで同様に使役スキルを使って妖精魔法を教えてから、リューナに精霊を紹介してもらうつもりだよ」
「使役スキルを公開するのかい? まだデイルさんの秘密を共有できるほど、信頼できるとは思えないけどね。それに使役されること自体にも、抵抗があるんじゃないかい?」
「チェインさんの言うことは分かるよ。でもどの道、リューナに精霊を紹介してもらうには、使役スキルによる感覚共有が必要なんだ。少しリスクはあるけど、エルフの力を底上げするにはやらなきゃいけない。一応、『結合』までで感覚共有できないか、試そうとは思ってるけど」
「そうかい。まあ、それは避けて通れないかねえ……こっちでも秘密保持については念押ししとくよ」
翌日、バルカンでダークエルフの里から、エルフの里まで参加者を運び、共同研究会を開いた。
まず里長の家で俺たちの研究成果を報告すると、参加者が騒ぎ始めた。
エルフ、ダークエルフの中でも指折りの精霊術師とその弟子にとって、この情報は先進的すぎたようだ。
かれらもその道のプロなので呪文の意味ぐらいは知っていたが、それが精霊にとってどのような意味を持つかまでは、考えが至っていなかったらしい。
さらに自然界の理を理解していないから、術の仕組み自体も大雑把にしか把握できていない。
そのため、従来の精霊術師よりも、貧弱な妖精魔法から出発したレーネやセシルの方が、術の改善には向いていたのだ。
いろいろと報告内容に文句を付けていた経験者も、レーネたちが無詠唱で素早く術を行使してみせると、渋々ながら認めるようになった。
ようやくこの段階で、見習いの育成の話に移る。
エルフ、ダークエルフ共に5人ずつ選ばれた見習いは、現役の精霊術師の元で修業に励んでいる人たちだ。
それなりに仕込まれてはいるが、精霊との契約までは至っていない術者の卵、という位置づけになる。
「それで皆さん、ここにチェイン、レーネ、セシルがいますが、彼女たちも1年ほど前までは、全く魔法が使えませんでした。しかし2つの段階を経て、今のような術者になったのです」
「まともに手解きを受けていない者が、精霊術に目覚めることなどあり得るのか?」
「現実はご覧のとおりです。もちろんこれには秘密がありますが、そのためには私の儀式を受け入れることと、秘密の厳守が必要です」
「その儀式とは、どのようなものでしょうか?」
見習いの1人が聞いてくる。
「簡単に言うと、感覚を共有するための儀式ですね。それは妖精独特の妖精魔法を覚え、ここにいる竜神の御子から精霊を紹介してもらうために必要なのです」
俺は使役スキルの正体をぼかしながら、リューナを紹介した。
するとさっき質問した見習いが、食いついてきた。
「それならぜひお願いします。秘密は絶対に守りますので」
「「私もお願いします」」
結局、全ての見習いが儀式を希望したので、全員に使役スキルを行使してまずは妖精魔法を教えた。
幸いなことに、『結合』までで感覚共有は可能だったので、本格的な契約はせずに済んだ。
これだけでも、俺たちの秘密を少しは守れるだろう。
見習いが修行してる間に、現役術者には研究結果について検証してもらった。
彼らの知識を組み合わせることで、また新たな事実が判明するかもしれない。
結局、その日は研究内容の検証と、妖精魔法の練習で1日が終わった。
翌日、見習いたちの妖精魔法を確認すると、ひととおりの基礎は身に付いていたので次の段階に移行する。
リューナが感覚を共有して精霊を可視化してやると、彼らからどよめきが湧き起こった。
中には何十年も修業してきたのに精霊に出会えず、諦めかけていた人もいるのだ。
それがいとも簡単に精霊を紹介され、歓喜する者、泣き出す者、呆れる者と様々だった。
自力で契約に至った経験者の弁によれば、どんなに魔力があっても、精霊を感じるセンスのない人は契約できないそうだ。
最近はその両方を併せ持つ人材が減っており、精霊術師が枯渇する恐れもあったのだが、これでそんな状況にもひと息つけるだろう。
あとは俺たちがいなくても契約できるような方法を、研究すればいい。
無事、契約を終えて精霊術を行使し始めた見習いを見ながら、エルフの里長のラナウスとダークエルフのガナフが話していた。
「本当に精霊と契約させてしまったな。デイル殿には驚かされることばかりだ」
「まったくじゃ、我々の苦労は何だったのかと考えさせられるわ」
ぼやく2人に、俺は変革の必要性を説いた。
「これは時代の変革ですよ。今、時代が変わろうとしてるんです。ならば考え方も切り替えて、順応していくべきだと思いませんか?」
「そう簡単に切り替えられたら苦労はせんよ。しかし我々が生き残るためには変わるしかないようだ」
「しかり。新たに生まれた術師に任せるのも必要じゃな」
「それはぜひお願いします。従来の精霊術を押しつけるのではなく、新たな精霊術を研究させてやってください。そのために妖精魔法も会得してもらったのですから」
「よかろう、今後も研究を継続して定期的に交流会を開こうではないか」
両エルフ族の指導者がやる気になったので、新たな精霊術の研究も進むだろう。
今後も見込みのありそうな人材を見付けて訓練を施すことを約束し、研究会はお開きになった。
ガサルで会議が開かれる前日、出席者たちを集めて回った。
俺たちが話をつけた竜人、鬼人、エルフ、ダークエルフ、狼人、獅子人、虎人、狐人、猫人の代表者を拾い、飛行箱に乗せてガサルへ運ぶ。
その晩はドワーフ族が用意してくれた宿に泊まり、翌日の会議に備えた。
そしてとうとう、奴隷狩りに対抗するための初の会議が開催された。
「本日は私の求めに応じてお集まりいただき、ありがとうございます。ご存知のようにこの会議は、人族の奴隷狩りに対抗する手段を話し合う場です。今後、奴隷狩りの恐怖に怯えずに暮らせる仕組みを作るため、忌憚のない意見を聞かせてください」
俺の挨拶で始まった会議は、わりとスムーズに進んでいった。
まずはこの共同体の名称だが、魔大陸西部の各種族が集まっていることから、”西部同盟”と決まった。
その後、話し合った主な議題は3つだ。
・奴隷狩りの即時中止を要求する抗議文の作成と送付
・奴隷狩り監視網の構築と運営
・同盟参加集落の間の道路整備および交流、交易の促進
抗議文については、俺たちが作成したものに代表者の署名をもらった。
宛先は帝国植民地トンガの総督府と、奴隷狩りを独占している4商会で、計5通作成した。
監視網については、近隣の妖精、精霊のネットワークを利用する。
妖精や精霊が奴隷狩りらしき集団を見つけたら、猫妖精のナゴに連絡が入り、俺たち”妖精の盾”か、最寄りの自警団がそれを逮捕する。
各集落では自警団を増強し、訓練も増やすことになった。
集落間の連絡方法が課題に上がったが、これは当てのある俺に一任してもらう。
ちなみに、奴隷狩りに魔族が関与していることを仄めかしたのだが、予想外に反応が薄かった。
彼らにとって魔族とは、恐ろしい存在ではあるが、群れることはないので影響は少ないだろうとの判断だ。
これについては情報が不足しているので、俺も様子を見るしかない。
道路網については、比較的近い猫人、狐人、虎人、獅子人、狼人の集落まで、馬車が通れる街道を整備することになった。
工事には各種族とドワーフから人員を出してもらい、同盟が賃金を払う。
賃金の原資には、俺が持っているリーランド王国の硬貨を無利息で同盟に貸し出し、それを充てることになっている。
そして借金を返すためにも、各集落で特産品を開発し、交易を促進することとした。
工事で払われた賃金が消費に回ることで、交易を後押しもするだろう。
遠隔地にある鬼人、竜人、エルフ、ダークエルフの集落には、徒歩で進める程度の道を整備する。
邪魔な障害物を排除し、目印を付けるだけでも旅に掛かる時間は大きく短縮できるはずだ。
大々的な交易はできないが、今までに比べれば大きく交流が増えるだろう。
いずれ交流が盛んになれば、さらなる街道の整備も考える予定だ。
ちなみに俺は同盟に資金を貸すことで優先的な交易権を持つが、別に独占するつもりはない。
まっとうな商人になら、いくらでも交易の道を開くつもりだ。
ただし交易や特産品の開発で、自然が破壊されるのは好まない。
なるべく自然を壊さない開発を進めるよう、お願いしておいた。
あとは各集落で考えてもらえばいい。
会議はおおむね俺の提案を容れる形で進んだ。
多少は種族ごとのエゴが出たが、まずは前に進めることを優先して押しきった。
さて、俺たちからの抗議を受けて、帝国はどんな反応を示すのだろうか?