21.攻略完了
妖精迷宮の10層に多頭毒竜が現れ、窮地に陥っていた俺たちだが、ようやく糸口を見い出した。
「火で焼いた傷は治ってないぞ! 俺が切断面を焼くから、サンドラはどんどん首を斬り落としてくれ。周りはそれをサポートだ」
「「はいっ!」」
俺の号令で希望が湧いたのか、仲間たちの動きが急に良くなった。
じきにサンドラが、首をひとつ斬り落とした。
俺はその首に素早く駆け寄ると、切断面に短剣を突っこんで魔力を開放した。
短剣から噴き出した超高熱の炎に焼かれ、切断面が炭に変わる。
そしてその首は、もう再生してこなくなった。
「思ったとおりだ。サンドラ、どんどん斬れ」
「了解なのじゃ~!」
その後は周りのサポートを受けてサンドラが首を斬り、俺がそれを焼くという作業が続く。
途中、サンドラの剛剣でも斬り落とせない首があったので、それは後回しにしてどんどん始末していった。
そして残すはただ1本となったのだが、これが非常に厄介だった。
「我が君、あれだけは妙に硬くて斬れないのじゃ」
「どうやらそのようだな……よし、ドラゴンと同じ手でやろう」
仲間たちに手短に指示を出すと、前衛陣がヒュドラに向かっていった。
まず身軽なレミリアがヒュドラの目の前でおとりになると、最後の首が彼女を襲う。
そこで彼女がヒラリと身を躱し、ヒュドラが地面に食らいついたところを、カインたちが押さえ込んだ。
「竜拘束!」
リューナの魔法でヒュドラの周辺の土が盛り上がり、最後の首を拘束した。
これは以前、サンドラが使った魔法だが、雷撃の杖を手に入れたリューナになら再現が可能だ。
彼女にとっては、”ライノの棺桶”で実績があるとも言えるが、より素早く精密な魔法に進化している。
そして動けなくなったヒュドラの首にすることは、ただひとつ。
炎の短剣をその目ん玉に突っ込み、盛大に中から焼き尽くす。
断末魔の声を上げながら最後の首が燃え尽きると、ヒュドラは霞となって消え去った。
その瞬間、部屋中に大歓声が発生した。
それまで隠されていた無数の観覧席が露わになり、見物していた妖精たちが歓呼の声を上げたのだ。
おそらく大陸中から集まったであろう妖精が、俺たちに拍手と歓声を浴びせてきた。
気分がよかったので、炎の短剣を掲げてポーズを取ってやったら、さらに盛り上がった。
ふと気がつくと、妖精女王がすぐそばに姿を現していた。
そして彼女が手を上げると、ピタリと歓声が止む。
「妖精女王ティターニアは、この者たちの迷宮攻略をここに認めます。そしてその功績により、この者たちの望む助力を与えることもまた、ここに宣言します」
その直後、またもや歓声が爆発した。
どうやら俺たちは、妖精に認められたらしい。
いろいろとひどい目に遭ったが、それに見合う成果が得られたと信じたいところだ。
その後、無数の妖精に見送られて女王の館に移動した俺たちは、今後の話を始めた。
「妖精迷宮の攻略、ご苦労様。途中、ボロボロになる皆さんを見てハラハラしたわ」
「ハラハラどころじゃないですよ。最後のヒュドラなんておかしいですよ。あれも女王が手を回したんですか?」
「とんでもないわ。魔物に指示を出すくらいはできるけど、出てくる魔物は迷宮が選んだものよ。ヒュドラが出てきたのも、デイルさんたちがそれだけ強かったからよ。実際になんとかなったじゃない」
「まあ、結果的にはそうですけどね」
いろいろと言いたいことはあったが、元々俺たちが望んでの迷宮攻略だ。
これ以上、女王を責めるのはお門違いだと思い直した。
「さて、それでは今後の話に入りましょう。デイルさんは私にどうして欲しいですか?」
「はい、まずはエルフ、ダークエルフ族に対し、俺が女王の後ろ盾を得たことを示したいと思います」
「それなら彼らの里の巫女に、神託を下しておきましょう。それがあれば、彼らも信じるはずです」
「ありがとうございます。それと、奴隷狩りの監視網なのですが、これに妖精たちの力を借りることは可能でしょうか? 奴隷狩りらしき奴らを見つけたら、連絡してもらうだけでいいんですけど」
そうお願いすると、女王はちょっと考えてから誰かを呼んだ。
「ナゴをこちらへ」
そのまましばらく待っていると、目の前に黒い猫が現れた。
しかしその猫は、シルクハットと靴を身に着け、2本足で直立しているという珍妙な奴だった。
「猫妖精の戦士ナゴ、お呼びにより参上しましたニャ」
「ナゴ、検討をお願いした件はどうなっていますか?」
「ニャア、そこの勇士たちが奴隷狩りを監視する件ですニャ。それなら大陸中の妖精、精霊の情報を集めることで対応できますニャ」
「すでに確認はできているようですね。しかしその情報を収集し、彼らに伝える仕組みはどうします?」
「ニャア、我輩がその情報を吸い上げて、彼らに連絡するのが一番ですニャ」
「そのような面倒事をあなたが引き受けてくれると?」
「迷宮での彼らの勇姿、しかと見せてもらいましたニャ。先のことはともかく、当面は協力させてもらいますニャ」
「ありがとう、ナゴ。デイルさん、監視網の件、このナゴが協力してくれるそうです。それでよろしいですか?」
「もちろんです。想像以上にありがたい申し出、感謝します」
こうして俺たちは女王の後ろ盾を得ると同時に、妖精の監視網まで使えることになった。
こちらの勝手なお願いをここまで叶えてくれるとは、想像以上の成果だ。
その晩はまた女王の館にお世話になり、親交を深めた。
その折に女王を我が家に招いて歓待したいと申し出ると、彼女は快くそれを受けてくれた。
翌日はまたバルカンに乗って空を飛び、6日ぶりに拠点へ帰還する。
留守番組に妖精迷宮を攻略したことを伝えると、みんな喜んでくれた。
さらに翌日、俺たちは妖精女王を晩餐に招くため、また狩りや料理に精を出した。
夕刻までに準備を整えて待っていると、女王が転移魔法で現れる。
スプリガンのレヴィンと、ケット・シーのナゴも護衛として付いてきていた。
俺たちはすぐに女王らをテーブルへ誘い、乾杯をする。
「それでは、多大な援助を約束してくれた妖精女王に乾杯!」
「「かんぱーい!」」
その後は俺たちなりのおもてなしを、女王に楽しんでもらった。
決して高級な食事ではないが、新鮮な食材を使い、工夫を凝らした料理はなかなかに好評だ。
ちなみに料理を主導した家付き妖精のボビンが、女王に褒められて大感激していた。
「私、人族のお食事に招待されたのって初めてだから、いろいろと新鮮だわ」
「そうですか? やはり、ミレーニアさんみたいに、お忍びで出歩いたりはしないんですね」
「そうよ。ミレーニアさんはいろんな意味で人族に溶け込むのが好きみたいだけど、私はあまり興味がなかったから」
「なるほど。しかしそのわりには、けっこう簡単に会ってくれましたね?」
「それは上位精霊クラスを何体も連れていれば、少しは興味も湧くわ。チャッピーもいたしね」
やはりチャッピーと一緒だったのが、安心材料になったんだろう。
そういえば、ひとつ気になっていたことを聞いておこう。
「それはどうも光栄です。ところで前から気になってたんですが、妖精と精霊の違いってなんですかね?」
「うーん、ちょっと曖昧なところがあるんだけど、精霊が実体を持つと妖精と呼ばれる感じかしら」
「なるほど。そうすると全ての精霊も、女王の支配下にあるんですね?」
「それはちょっと違うわね。私は別に彼らを支配しているのではなくて、上位存在として見守っているだけなの。だから今回もデイルさん自身が彼らに認められる必要があったのよ」
「そういうことですか……しかしあの試練は強烈でしたね。もっと優しくてもよかったと思うんですが」
思わず愚痴がこぼれたが、女王は笑いながらそれを流す。
「ウフフッ、たったの6日で攻略してしまった人の言うことではないわ、それは。私はてっきり、1ヶ月ぐらいは掛かると思ってたんだけど」
「そうなのニャ。我らの間では何週間かかるか賭けをしていたのに、全員外れたのニャ」
そう言われてみれば、そうなのかね。
まあ、予定どおり女王の後ろ盾を得たんだから、よしとすべきなんだろう。
その後もいろいろと話が弾み、夜もだいぶ更けてから女王たちは帰っていった。
ただしナゴだけは残った。
当面は一緒にいた方が監視網を運営しやすいってのと、単純にここの飯が気に入ったからだそうだ。
女王との連絡役としても役立ってくれるだろう。
首尾よく妖精女王の後ろ盾を得た俺は、そのことを伝えるためにダークエルフの里へ飛んだ。
まず精霊術師のガナフさんの家を訪ねると、そこにはレーネとチェインもいた。
「ガナフさん、なんとか妖精女王の後ろ盾を得ることに成功しましたよ」
「なんじゃと、もう協力を取り付けたのか? まったくとんでもない奴じゃな……しかし、こちらも呪文の解読を進めておるぞ。精霊術の改善に役立ちそうなことをここに書き出しておいた」
そう言って差し出された紙束には、精霊術を行使する上での注意点がいくつも書かれていた。
ちょっと見ただけでも、俺たちの魔法強化に役立ちそうな情報がある。
「素晴らしいですね。あの後、エルフの里でも話をつけて、向こうでも解読を進めてもらってます。それと照合すればより良い結果になると思いますが、どうですか?」
「ふむ……元の術は同じはずじゃが、長い年月で失われた知識もあるかもしれん。より多くの情報を使うのが合理的じゃろう」
「種族ごとのライバル意識とか、大丈夫です?」
「別にエルフとダークエルフは肌の色が違うだけで、中身は特に変わらんからな。今まではわざわざ遠くの里と付き合う必要がなかっただけじゃ」
なんとなく対抗意識があるかと思ってたが、特にないらしい。
仲がいいに越したことはないので助かる。
その後、チェインの兄さんである里長に会いにいくと、すでに妖精女王の神託が伝わっていて、とんとん拍子に話が進んだ。
この大陸の住人が信仰しているのは、この世界を作ったとされる太古の神々なのだが、妖精女王はその代理として神託を下す権利があるんだそうだ。
俺がそんな妖精女王の後ろ盾を得て、しかも彼らの精霊術を強化する案まで準備しているとなれば、彼らに協力を拒む理由はない。
全面的な協力を取りつけてからエルフの里に飛ぶと、そちらでも同様に話はついた。
直接、長と精霊術強化の話をしていた分、こっちの方が早かったくらいだ。
こうしてエルフ系の全面的な協力を得ることと、精霊術の共同研究をすることが決定した。
その会議の後、長を呼び止めて内密の話をした。
「実は俺が、エルフの血を引いているんじゃないかって話があるんですけど」
「ほう……まあ、人族と子をなした例は、たしかにあるな」
「ですよね? それで俺、今年で17になるんですけど、それぐらいに里を出ていった人とか知りませんか? もしくは人族との間に子供を作った話とかあれば、聞きたいんですけど」
「うーむ……残念ながらその頃に里を出た者は知らんし、人族と一緒になった者にも心当たりはないな」
「そうですか……妖精女王が言うには、ハイエルフが関係する可能性もあるらしいんですが」
「ハイエルフだと? そんな馬鹿な……いや、デイル殿ならあり得るのか? それについては少し調べておこう」
「せひお願いします」
あいにくと俺の出自についての情報は得られなかった。
仲間が里帰りしてるのを見て、あわよくば俺もと考えたのだが、そんな都合のいい話もない。
しかし、焦らずにこれからも調べていこう。
その後、エルフ、ダークエルフ族の使者を伴い、虎人族と獅子人族の村へも赴いた。
こっちの巫女にも女王から神託が下りていたので、すんなりと話はまとまった。
これで魔大陸西部のめぼしい集落の協力を、全て取りつけたことになる。
次はドワーフを巻き込んで、会議を開きましょうかね。