20.ヒュドラ
妖精迷宮を8層まで攻略した俺たちは、5日目にして9層へ侵入した。
9層へ降りて遭遇したのは、アンデッドの群れだった。
それはスケルトンやレイスなど比較的弱い魔物だったが、それがウジャウジャと出てくれば休む間もない。
それでもなんとか仲間と助け合いながら進んでいると、やがて不気味な敵に遭遇する。
フラリと現れたそいつは1体だけ。
聖職者のようなローブをまとっていて、着衣の陰から見える顔や手はまるでミイラのように干からびている。
しかも実体はあるみたいなのに、レイスのように宙を移動していた。
「ウワッ、なんか、凄い嫌な予感がするぞ~」
「ムウウッ、おそらくあれは死霊賢者じゃな。強力な魔法を使うアンデッドじゃぞ」
そんなことを言ってるそばから、リッチが呪文を唱え始めた。
『○×△□◇×○△□○×△◇……暗黒槍』
危険を感じて魔法障壁を展開した俺たちに、真っ黒な槍が降り注ぐ。
障壁越しに受けた感触から、以前決闘をしたエルザが使っていた闇魔法みたいだ。
しかも立て続けに異なる魔法を放ってくるため、付け込む隙がなかった。
おかげで障壁の外では、禍々しい瘴気が吹き荒れていた。
「なんだありゃ? 狂ったように魔法を撃ちまくってんぞ」
「どうやら、儂らを力で押し潰すつもりのようじゃな」
「うーん……あれって、以前エルザに取りついてた魔族の魔法に似てるよな?」
「……たしかに、闇魔法のように見えるのう」
「それならまた、チャッピーの治癒魔法が効くんじゃない?」
「なんじゃ、また治癒魔法を体にまとって突っ込むか?」
「いや、あれは威力が高そうだから、体で受けるのはやめとこう。まずはリューナ、隙を見て竜人魔法で相殺してくれるか?」
そう頼んだが、リューナは不安そうだ。
「え~、そんなことできるかなぁ? 兄様」
「とりあえず通路いっぱいに突風をぶちかませ。敵の攻撃がやんだら、カインたちはひとかたまりになって突撃してくれ。俺とレミリアがその後ろに続いて、最後に仕留めようと思う」
「こんな状態であそこまでたどり着けますかね?」
さすがのカインも、自信なさそうに聞いてくる。
「お前の盾と塊剣でなんとか凌いでくれ。ある程度まで近づいたら、俺とレミリアが飛び出してとどめを刺す。チャッピーも付いてきてくれよ。ジードはまたリューナを守ってくれ」
そこまで説明すると、みんなの顔にようやく理解と覚悟の色が浮かんだ。
「よし、隙を見て障壁を解除するから、リューナは突風を頼む。他は飛ばされないように体を低く構えろ」
それからしばらく敵の呼吸を読み、わずかな隙に障壁を解除した。
「リューナ、やれ!」
「はいです、兄様……突風!」
次の瞬間、リューナの掲げた杖から、通路を埋め尽くすような突風が発生した。
俺たちも立っていられないほどの風が吹き荒れると、リッチもそれに負けじと対抗してくる。
両者の間で魔法がぶつかり合い、とんでもない余波が撒き散らされた。
しかし、さすがのリッチも息切れをしたのか、一時的に攻撃がやむ。
「今だ。突っ込め!」
カイン、サンドラ、リュートが走りだし、俺とレミリアがその後に続く。
リッチはすぐに次の魔法を繰り出してきたが、カインたちが防ぎながら、強引に突き進む。
闇属性を帯びたリッチの魔法は、その余波を浴びるだけでも苦しいのだが、彼らはそれでも止まらない。
その献身的な壁に守られながら、とうとう俺たちはリッチの目前に迫った。
目前まで迫られてまごついている間に俺とレミリアが飛びだし、俺は左手に持っていたチャッピーを投げつけた。
矢のように飛んでいったチャッピーが、リッチの顔に取りつく。
次の瞬間、チャッピーから治癒魔法の光が放たれると、リッチの体が硬直した。
その隙に俺は炎の短剣を奴の喉元に突き込み、炎の花を咲かせる。
そんな俺を払いのけようと動いたリッチの腕を、レミリアが双剣で斬り落とす。
そのまま抵抗もできずに首回りを焼き尽くされたリッチが、霞となって消え去った。
その跡には巨大な魔石が残される。
「ブハーッ、な、なんとか倒せたな~」
「はい、旦那様。おケガはありませんか?」
「俺は大丈夫だ。心配なのはカインたちだろ」
「ハハハッ、こっちも大したことはありませんよ」
そう言いながら、カイン、リュート、サンドラが寄ってくる。
体のあちこちに青いアザが見えるが、大きなケガはなさそうだ。
「さすが、兄様なのです」
「お疲れさまーっす」
リューナとジードも駆け寄ってきた。
「作戦は成功したようじゃな……しかしデイル、物のように投げられるのは、あまり面白くないぞ」
「悪い悪い。でも確実に奴の動きを止めるには、あれしかなかったんだって。チャッピーにはいつも感謝してます」
俺が手を合わせて拝むようにすると、その場に笑いが巻き起こった。
その後はすぐに下への階段が見つかったので、水晶を残して女王の館へ戻った。
まだ時間は早かったが、戦いっぱなしで疲れていたのと、カインたちの傷を癒やそうと思ってのことだ。
館に戻った途端、女王から呆れた声が掛けられる。
「あらあら、9層も1日で攻略しちゃったの? 本当に予想外ね」
「怒涛のアンデッド攻勢でクタクタですよ。最後はリッチとか出てくるし」
「弱い魔物で疲れさせたところに、いきなりリッチをぶつけて退場を目論んだのに。結局、力技で跳ね返されてしまったわ」
「……ティターニアさんが迷宮の魔物を指揮してたんですか? ひょっとして僕達に攻略させるつもり、無い?」
「えっ? そ、そんなことないわよ……ちょっと面白くしようとは思ったけど……」
そう言う彼女の目は泳いでいた。
どうやら妖精女王は、大層お楽しみらしい。
そして6日目、いよいよ最後の10層に挑戦だ。
9層の階段へ転移してから下へ降りると、そこは広大な空間だった。
まるでドラゴンを倒した時の守護者部屋みたいだ、などと思っていたら、その空間の中央に巨大な何かが現れた。
黒い霞が凝集し、やがて黒々とした小山のようなものになる。
そして小山のようなそれが体を起こすと、9つの首が蠢き始めた。
「多頭毒竜じゃと? 妖精女王め、いくらなんでもやり過ぎじゃろうがっ!」
珍しくチャッピーが怒気を吐き出したが、俺も全くの同感だ。
いくら迷宮のラスボスとはいえ、あれはやり過ぎだろう。
迷宮の最後はドラゴン系が相場と決まっているのか、と問い詰めたくなる。
「チャッピー、あれの特性は? 弱点とかないのか?」
「儂も詳しくは知らんが、毒を吐くようじゃ。それと、首はひとつを除いて不死身らしいぞ」
「弱点じゃないじゃん、それ……不死身の首とか、どうすりゃいいんだよっ」
思わず毒づいたものの、そんな文句を言っても敵は見逃してくれない。
ゆっくりと迫ってきたヒュドラに、俺たちの最大火力であるリューナが竜人魔法をぶっ放した。
突如、広大な空間に竜巻が発生し、砂塵を巻き上げながらヒュドラに突進する。
「ギュエエェェェェーーーーッ!」
巨大な竜巻がヒュドラの表面を無数に切り刻むと、奴が悲鳴を上げた。
意外に敵の皮膚が柔らかいことに希望を抱いたが、すぐにその思いは裏切られた。
竜巻が消え去ると、見る見るうちに傷が塞がったのだ。
「おいおい、即効で治ってんじゃん。なんだよ、あれ?」
「超再生能力、と言ったところか。少々の傷では、あっという間に治ってしまうようじゃな」
「ますますインチキじゃねーか……ところで、ひとつの首以外は不死身だって言ってたけど、それってどういう意味?」
「真の頭を潰せばヒュドラは死ぬが、周囲の頭が無限に蘇って、それを邪魔するとかいう話じゃ」
「メチャクチャだ……とりあえず、ひと当てして様子を見るかぁ」
そんな話をしているところにヒュドラが近寄り、9つの首が牙をむいてきた。
それぞれの首は牙をむくだけではなく、紫色の液体をブシュッと吐きだしていた。
あれがおそらく毒なのだろう。
前衛陣が前に出てヒュドラを押し留める後ろで、俺とリューナは強魔弾を放っていた。
石の槍はわりと簡単にヒュドラに食い込むものの、すぐに押し出され、傷は塞がってしまう。
さらにサンドラがようやく首のひとつを斬り落としたと思ったら、それもしばらく後には再生していた。
綺麗に斬りおとされた首の切断面から肉が盛り上がり、新たな首が再生する様は、まるで悪夢のようだ。
その後もヒュドラは疲れも見せずに攻撃を繰り返し、とうとう俺たちが押され始める。
前衛どころか後衛にも首が飛んでくる始末で、俺が少し前に出てそれをさばいていた。
短剣を炎の剣にして必死に攻撃をいなし続けていると、焼けた肉から香ばしい臭いが漂う。
しかしヒュドラは、一向に弱った素振りも見せない。
そんな絶望的な戦いの中で、俺はあることに気がついた。
炎に焼かれた傷が、再生していないのだ。
あれっ、これって、反撃の糸口になるんじゃねえ?