19.バジリスク
妖精女王の協力を取り付けるため、俺たちは妖精迷宮の攻略に取り組んでいた。
今日も今日とて早朝から5層に転移し、攻略を再開している。
探索を始めるとすぐに人面飛獅子が出てきたので、さっそく強化されたカインの風魔法を試してみた。
カインの持つ風の魔槍の後端を俺が掴み、ヒラヒラと飛んでくるマンティコアに向け、新たな魔法を放つ。
「螺旋風!」
すると風の魔槍を中心に風が渦巻き、竜巻となってマンティコアを襲った。
さすがに奴も通路の半分を埋めるほどの竜巻は避けきれず、風に巻かれて落ちてくる。
地面に落ちたマンティコアに、俺とリューナがさらに強魔弾で追い討ちをかけた。
これで大きなダメージを負った奴を倒すのは、もう難しくなかった。
ストレスが溜まっていた前衛がよってたかって袋叩きにすると、マンティコアは霞となって消え去った。
喜んでいるカインに近寄り、声を掛ける。
「さすが、風の魔槍は強力だな」
「はい、昨日の苦戦が嘘のようです」
「あとはカインだけで、あれぐらいの魔法が撃てるようになるといいんだけどな」
「いやいや、無理ですよ。シルヴァにも相談しましたが、やはり私はいっぺんに出せる魔力が少ないようです」
「ふーん、やっぱそうなるのか。レミリアの時もそうだったな……そういう意味では、サンドラは魔法の才能があるってことだな」
「フハハハハッ、そうであろう、そうであろう。もっと褒めてもよいのだぞ、我が君」
サンドラはドラゴンを倒す時に、竜拘束という、わりと大きな魔法を単独で使ってみせた。
元々、魔力斬の威力もずば抜けていたので、やはり才能があるのだろう。
その後、昨日の苦労が嘘のようにマンティコアを倒し続け、2刻ほどで6層への階段へたどり着いた。
6層に出てきたのも奇妙な魔物だった。
それは人型のトカゲに、コウモリの翼を取り付けた魔物だった。
頭に2本の角を生やし、鋭い牙と爪が手強そうな敵だ。
その体表は金属質の輝きを放っていて、防御力の高さも窺い知れる。
「飛翼魔人じゃな。厄介じゃぞ」
チャッピーの言うとおり、かなり手強かった。
体格が大きいせいか、マンティコアほど速くはないのだが、肉体が異常に硬い。
剣で斬りつけても容易に跳ね返されるほどで、まるで空を飛ぶ牛頭巨人みたいだ。
そういえばミノタウロスって火に弱かったなと思い出し、炎の短剣で火魔法を行使してみた。
「炎槍!」
これはドラゴン戦以降、使えるようになった魔法で、短剣の刃から火線を出すものだ。
槍のように伸びた火線でガーゴイルを薙いでやると、当たった部分が赤熱する。
「誰か、赤熱した部分を攻撃してみてくれ」
「お任せください」
俺の指示ですかさずレミリアがガーゴイルに駆け寄り、赤熱した部分に斬りつけた。
すると期待どおりにザックリと傷が付き、火炙りが有効なことが判明する。
その後は俺が炎槍でガーゴイルをなで切りにし、赤熱した部分をみんなで攻撃するという流れになった。
無事に敵を降し、ひと息つく。
「フウッ、今回は炎の短剣が役に立ったな」
「弱点を即座に見抜くとはさすがですね、デイル様」
「いや、偶然だよ。なんかミノタウロスに似てると思って、試しただけ」
「なるほど。たしかに雰囲気は似てますね」
ドラゴン戦でバルカンと炎の短剣が魔力経路でつながったおかげで、俺も多少は火魔法が使えるようになった。
しかしバルカンみたいに火球を撃ち出すとかはまだ無理で、短剣の延長みたいな状態でしか使えない。
バルカンには、もっと使い慣れれば他にもできるようになるだろう、と言われてるので、今後に期待だ。
その後も何匹ものガーゴイルを倒しながら探索を続け、夕刻までに7層への階段にたどり着く。
ちょうどいい時間だったので、今日の攻略はそこまでとした。
翌日は7層の探索だ。
また何が出てくるかと警戒しながら進んでいると、レミリアから敵接近の報告が入る。
用心しながら進むと、やがて巨大な蛇がズルズルと這いずりながら現れた。
その黒っぽい胴体は人間の胴回りよりも太く、全長は人間の10倍はありそうな巨体だ。
そしてその頭部は異様に大きく横に張り出しており、目の後ろ辺りに2本の角が生えている。
さらに口元にはサーベルタイガー並みに巨大な牙が突き出し、二股に分かれた舌がチロチロと見え隠れする。
「ゴクッ……えらく凶悪そうな魔物だな」
「おそらく凶毒大蛇と呼ばれる魔物じゃ。猛毒を飛ばすらしいぞ」
しばらく俺たちの様子を窺っていたバジリスクが、猛然と這いよってきた。
その巨体からは想像できないほどの素早さだ。
俺たちはその突進を躱して剣で斬りつけるが、硬いウロコにまるで歯が立たない。
再び俺たちと向かい合ったバジリスクが、しばしこちらを窺った後、何かの動作を見せた。
すかさず魔盾で障壁を展開すると、その牙から液体が噴き出される。
障壁に弾かれた液体が、床をジュウジュウと浸食する。
もう毒というより、強酸だ。
再びバジリスクが動いたと思ったら、今度は巨大な尾が飛んできた。
カインが前に出て盾でこれを受け止めると、動きの止まった尾にサンドラが魔剣を振り下ろす。
しかし、最強を誇るサンドラの剣ですら通じず、リュートの塊剣もまたはね返された。
塊剣すら効かないなんて、とんでもない化け物だ。
ここでレミリアが俺に寄ってきた。
「旦那様、蛇ならば寒さに弱いのではないでしょうか?」
そう言いながら、彼女が俺を覗き込む。
なるほど、魔物にそんな理屈が通じるか分からないが、試してみる価値はありそうだ。
「カインたちが足止めしてる間に、リューナは水をぶっかけてくれ。レミリアは俺と一緒に来い」
「「了解」」
すぐにカイン、サンドラ、リュート、ジードがバジリスクに斬りかかり、しばし動きを拘束した。
そこにリューナの水塊が炸裂し、一面が水浸しになる。
「みんな、そこから離れろ……凍結!」
ここでレミリアと一緒に瞬間冷却魔法凍結を行使した。
以前、サイクロプスを倒す時に使った魔法だ。
次の瞬間、地面に突き刺した水の双剣から冷気が放たれ、周辺の水を一気に凍りつかせる。
すると薄い氷に包まれたバジリスクの動きが、急に鈍くなった。
すかさず奴の頭に駆け寄り、目ん玉に炎の短剣を突っ込んで魔力を解放してやった。
すると短剣から超高温の火炎が迸り、バジリスクの目玉と脳みそを一瞬で焼き尽くす。
一瞬だけ痙攣したバジリスクが、霞となって消え去った。
「フウッ、レミリアの狙いどおりだったな」
「はい、上手くいってよかったです」
そこにカインたちも寄ってきた。
「今のは一体、何が起きたんですか?」
「蛇ってのは寒さに弱いから、あれにも効くんじゃないかって、レミリアが教えてくれたんだ」
「でもあれ、迷宮の魔物ですよ」
「まあ、見掛けが似てるなら、性質が似ててもおかしくないんじゃない? 実際に効いたし」
「はあ、まあたしかに……」
その後も何匹かバジリスクが出てきたが、凍結戦法で倒し続け、ようやく8層への階段にたどり着いた。
慎重に進んでいたのもあって、すでに3刻が経過していた。
8層で遭遇した魔物は、3つ首の犬だった。
牛よりもでかい図体に3つの頭が付いていて、しかもその尻尾は蛇という怪物だ。
「チャッピー、あれ何?」
「3頭魔犬じゃろうな。地獄の番犬と呼ばれる魔物よ」
「地獄の番犬とはまた、恐ろし気だな」
すぐにケルベロスと戦闘になったが、想像以上に手強かった。
なにしろ頭が3つもあるので、隙が少ない。
さらにそれぞれの頭が火を吐くのが、また厄介だった。
しかし、しばらく相手をして慣れてくると、意外にやりやすいことが分かり始める。
やがてカインとサンドラが正面を担当し、レミリアとリュートが遊撃するようになる。
さらに俺とリューナが魔法で援護すると、徐々にダメージを与えられるようになった。
そしてカインの槍に足を傷つけられ、ケルベロスの動きが鈍る。
その隙にサンドラ、レミリア、リュートが首を1つずつ仕留めると、奴は霞となって消え去った。
「やったな、みんな。案外、動きに慣れれば、大した敵じゃなかったかな」
「そうですね。1匹ならどうってことないです」
カインとそんな話をしていたら、ジードがボソッと呟いた。
「さすが1軍の人たちは強いっす。俺、ほとんど役に立ててないんすけど」
「まあ、そう気落ちするなって。リューナを守るのも立派な仕事だ。無事に攻略が終わったら、サンドラにでも鍛えてもらったらどうだ?」
「フハハハハッ、なんだったら面倒を見てやるぞ」
「えっ、マジっすか。ぜひお願いするっす」
1軍に比べると見劣りするジードには、主にリューナの護衛をお願いしていた。
それはそれで重要な役目なのだが、彼にとっては面白くないようだ。
せっかくなので、サンドラに鍛え直してもらうのもいいだろう。
もちろん、血反吐を吐くぐらいの覚悟は必要だけどな。
その後もケルベロスを倒しながら進むと、ようやく9層への階段を見つけた。
ちょうどきりがよかったので、そこに水晶を残して女王の館へ転移する。
汗を流してから夕食をご馳走になっていると、女王が感心したように話しかけてきた。
「それにしても、まさか4日で9層にたどり着くなんて、思わなかったわ」
「ハハハッ、こう見えても迷宮をひとつ、完全攻略してますからね。そういえば、妖精迷宮の最短記録はどれくらいなんですか?」
「そうねえ……2週間ぐらいだったかしら」
「けっこう掛かるんですね。でも俺たちは仲間を待たせてるので、気合い入れてきますよ」
今回の迷宮攻略は、奴隷狩り撲滅のための手段に過ぎない。
さっさと済ませて、次に行きたいものだ。