1.カガリ
本作は”迷宮探索は妖精と共に”の続編です。
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ガルド迷宮を完全攻略した俺たちは、かねてからの計画どおりに魔大陸へ渡り、奴隷狩りと戦うことにした。
結果的に俺の迷宮攻略に貢献したとはいえ、カイン、サンドラ、リューナ、リュートは魔大陸から攫われてきたのだ。
そんな人の尊厳を踏みにじるような仕組みなんか、ぶっ壊してやる。
俺はそう決意していた。
そして今、俺はリーランド王国の植民地再建調査官として、魔大陸へ向かっているところだ。
こうでもしないとSランク冒険者を国外に出してくれそうになかったし、ガルド伯爵に迷惑を掛けるのも本意ではない。
かくして俺たちは国が用意してくれた船に乗り、10日でテプカという島にたどり着いた。
ここは元住んでいた大陸と魔大陸のほぼ中間地点に当たり、水や食料を補給するのに都合がいい場所だ。
乗ってきた船が補給のため明日まで港に停泊するそうなので、俺たちは陸へ上がった。
久しぶりに美味い料理を食った後は、近くの浜辺を散策した。
3人の嫁を連れながら、のんびり浜辺を歩く。
第1夫人のレミリアは、銀髪をサイドテールにした紫の瞳の優し気な狼人の美少女だ。
その剣の腕と俊敏な機動力から、”疾風のレミリア”と呼ばれる凄腕でもある。
第2夫人のサンドラといえば、腰まで掛かる青い髪と赤い目を持つ、妖艶な鬼人の美女だ。
その豪快な性格と剣の腕から、”斬鉄のサンドラ”と呼ばれている。
そして第3夫人のリューナは、肩に掛かる黒髪に緑眼の、可憐な竜人の美少女だ。
その魔力と竜人魔法の威力は凄まじく、巨大な水塊で活躍したことから”爆水のリューナ”として知られる。
そんな絶世の美女たちと一緒に散策していたら、レミリアが声を上げた。
「旦那様、あそこに何かあるみたいです」
彼女が指差した波打ち際には、何か白っぽいものが打ち上げられていた。
なんの気なしに近寄って確認すると、それは蛇のような生き物だった。
特に危ない感じはしなかったので両手で持ち上げると、それが目を開き、弱々しく”クー”と鳴いた。
「おっ、まだ生きてるな」
改めて確認してみると、それは白銀の鱗が虹色の輝きを放つ、美しい生き物だった。
体長は俺の腰の高さくらいまでで、背びれの付いた蛇のような体に、ヒレ状の足が4本、頭部には角のような突起も付いていた。
「チャッピー、これなんだか分かる?」
「うーむ……よく分からんが、明らかに魔物じゃな。ひょっとすると、海蛇竜の幼体かもしれんのう」
妖精のチャッピーに聞いてみても、はっきりとは分からないらしい。
一見、幼児のようなチャッピーは、実は100歳オーバーで実によく物事を知っているのだが。
「シーサーペント? それって凄く大きくなるんだよな。下手に触らない方がいいかな?」
「旦那様、せめて少し元気にしてから海に放してやりませんか? とても弱っていて、他人事とは思えないのです」
蛇もどきを捨てようとしたら、レミリアに止められた。
彼女も昔、死にかけてたところを俺に拾われたから、見過ごせないのだろう。
しかし中途半端に助けても、ろくなことにはならないような気がするのだが。
「でも、どうやったらいいか分からないし……って指を吸うんじゃねーよ」
捨てる言い訳を考えていたら、蛇が俺の右手の親指をくわえてチュウチュウと吸い始めた。
それも、さっきまで瀕死だったとは思えない勢いで。
「デイル、そ奴はおぬしの魔力を吸っているのではないか? 試しに使役スキルを使いながら魔力を注いでみたらどうじゃ? たぶんその方が効率が良いじゃろう」
「まあ、『契約』までやらなきゃいいか。それじゃあ『接触』……『結合』」
使役スキルで思念がつながった途端、蛇もどきの意識が流れ込んできた。
(ママ~、ママ~、どこにいるの? さみしいよぅ、おなかすいたよぅ)
「うおっ、いきなり念話が成立したぞ、こいつ」
「ふむ……この幼さで念話が成立するとは、かなり高位の魔物じゃろう。やはりシーサーペントかもしれんな」
その後、意図的に魔力を親指から放出してやると、蛇もどきが凄い勢いで取り込み始めた。
チュバチュバと音を立てながら、貪欲に指に吸い付いてくる。
さすがに途中でやめるのは可哀想だったので、砂浜に腰を下ろして魔力を与え続けた。
しばらくそうしているとようやく満足したのか、指から口を放してクルルルルルーと鳴いた。
「ようやく満足したみたいだな。おい、お前。どこから来たんだ?」
(わかんな~い)
「まあ、赤ん坊じゃ分からないか。それじゃあ、ママはどうした?」
(うーん、あるひ、ママのいえのちかくに、てきがきたの。それでママがやっつけにいったら、あたしがながされちゃった)
蛇もどきが、辛うじて覚えていることを伝えてくる。
「母親が何かと戦ってる最中に、流されたのか」
「まあ、そんなとこじゃろう」
「それにしてもこいつ、どうする? お前、ママを呼んだりできないか?」
(わかんな~い)
「めんどくせーな……お前、もう元気になったから、独りで生きていけるよな?」
(……あたし、すてられちゃうの? いらないの?)
蛇もどきが涙をポロポロ流しながら、俺を見上げてきた。
そんな目で見られたら、捨てにくいじゃねーか。
この幼さでこれって、けっこうあざといな、こいつ。
するとレミリアが意外なことを言いだした。
「旦那様、この子を仲間にすることはできないでしょうか? 水の双剣が、この子を求めているように感じます」
「え、マジで? 水の双剣がシーサーペントを求めるなんてこと、あるのかな? チャッピー」
「……ふーむ、シーサーペントは水の化身とも言われる魔物じゃから、あながち無いとも言い切れんな。炎の短剣がバルカンとつながっているのと同じように、水の双剣がそれを求めておるのやもしれん」
「ふーん、それならいっそ仲間にしちまうか? 『契約』までやって名前を与えたら、俺の眷属になると思うけど」
「はい、それがいいと思います」
「まあ、よいのではないか」
レミリアもチャッピーも賛成なら問題ない。
俺は蛇もどきに使役契約を打診した。
「おい、お前、俺の眷属になるか?」
(けんぞくってなーに? それおいしいの?)
「ママみたいな家族になるってことだ。たぶんこのまま独りで生きてくよりは、楽しいと思うぞ」
(もっといっぱい、まりょくもらえる?)
「ああ、分けてやるぞ」
(それなら、けんぞくになる)
「よし、それじゃあ『契約』っと」
なんの抵抗もなく契約が成立した。
「さて、それじゃあ名前を付けるか。そういえばお前、オスメスどっちなんだっけ?」
(メスだよっ!)
「メスか……それじゃあ、俺たちがこれから向かうカガチにちなんで、”カガリ”でどうだ?」
そう言った瞬間、俺の魔力がごっそり持っていかれ、気を失いそうになった。
バルカンに名前を付けた時に似てるが、あれより遥かにひどい。
「ウオッ、すっげえ魔力持ってかれた」
「シーサーペントのような高位の魔物に名付けすれば当たり前じゃ。ほれ、おぬしの魔力で急激に成長しおったぞ」
そう言われてカガリを見ると、たしかに彼女が大きく変化していた。
体長は俺の背丈と同じくらいになり、背びれや角、足ひれが伸びて立派になっている。
しかもその瞳には知性の光が宿り、明らかに別の存在になっていた。
(ふわ~、しゅごいよ、ママ~。あたし、なんか生まれ変わったみた~い)
「俺はお前のママじゃないからな。俺のことはご主人様とか、主って呼ぶんだ」
(分かった~、ご主人様。私はシーサーペントのカガリ。ご主人様に忠誠を誓う第1の眷属だよっ!)
第1の眷属って、いきなり知性レベルが上がったな。
そんなことを考えていたら、バルカンが割り込んできた。
(産まれたばかりのシーサーペントが第1の眷属などと付け上がるな。汝はせいぜい5番目だ)
バルカンは元々は火精霊だったのが、俺と契約してから飛竜にまで進化した眷属だ。
その凄まじい攻撃力から、”爆炎のバルカン”と呼ばれるが、先輩として黙っていられなかったのだろう。
カガリとケンカを始めてしまった。
まあ、順列ってのは大事かもしれないが、もっと仲良くしてほしいもんだ。
ケンカが落ち着いてから改めて話を聞くと、カガリはずっと遠い所で母親と暮らしていたらしい。
しかしある日、その母親に勝負を挑む存在が現れた。
シーサーペントといえば海の王者みたいな存在だから、それに挑んだのも相当な魔物だったんだろう。
その激闘の余波でカガリは強い海流に巻き込まれ、親とはぐれてしまった。
そして延々と流されてきた挙句に、ようやくここの海岸に打ち上げられ、死にかけてたとこだ。
彼女はまだ産まれたばかりなので、親から魔力を分けてもらえないと生きていけない。
そんな状態で俺に拾われたってのは、やはり何かの縁なのかね。
ひょっとすると、レミリアの持つ”水の双剣”が相棒を求めたため、カガリと出会ったのかもしれない。
いずれにしろ、海の王者を仲間にできたのは心強い。
これから向かう魔大陸でも、何かの役に立つだろう。
ちなみにチャッピーによれば、シーサーペントは海に適合した亜竜の1種なんだそうだ。
つまり飛竜のバルカンとはライバルみたいなもので、それで対抗意識が強いんだろう。
元気になったカガリを海に放してやると、彼女は楽しそうに泳ぎ回り、魚を取ったりしていた。
使役リンクでいつでも連絡は取れるので、そのままにして俺たちは船に戻った。
そして翌日から、カガリは船の後に付いてきた。
いかに子供といえど、帆船よりは速いから問題はない。
しかし、船の周りではしゃいでるカガリを見て、船員たちがパニックに陥ったのには参った。
実はしばしば、シーサーペントにじゃれつかれて沈む船があるらしい。
俺の使役獣であることを伝えたら、ようやくその騒ぎは収まったのだが、船員に恐れられるようになってしまった。
とにかく、こうして俺たちは新たな仲間を加え、改めて魔大陸に向かったのだ。