18.マンティコア
翌日はまた女王たちと朝食を共にしてから、すぐに迷宮に潜った。
リビングに置いてある水晶の前で”戻せ”と唱えると、昨日の探索終了地点に転移する。
そこに設置してあった水晶を拾い、探索を再開した。
昨日と同様に無首騎士を片付けながら進むと、1刻ほどで階段にたどり着いた。
4層の探索を開始してしばらく、妙な魔物が現れた。
そいつは獅子の上半身と山羊の下半身を組み合わせ、さらに胴から山羊の頭が生えているという、珍妙な存在だった。
さらにその尻尾は蛇になっていて、もう訳が分からない。
「あれはおそらく複合魔獣と呼ばれる魔物じゃな。炎を吐くらしいから気をつけよ」
「何あれ? 変なの~……まあ、魔物にケチを付けても仕方ないか。炎には注意していこう」
しばらく遠巻きにキマイラの様子を窺っていたら、ふいにこちらへ駆け寄ってきた。
そして獅子の口が大きく開いたと思ったら、本当に炎を吐きやがった。
とっさに俺は、左腕に装備した魔盾イージスで障壁を作り出す。
炎はそれで防げたが、キマイラはそのまま突っ込んできた。
すかさずカインが前に出ると、盾で奴の勢いを殺す。
同時に残りのメンバーが散開し、キマイラを攻撃し始めた。
俺とリューナは少し下がって強魔弾を放つ。
実際に戦ってみると、キマイラはけっこう強かった。
過去に戦った魔物でいえば、剣牙虎並みの防御力があるようだ。
おまけに獅子の頭だけじゃなく、山羊の頭からも炎を吐き、さらに尻尾の蛇まで噛みつこうとしやがる。
まず間違いなく蛇は毒を持ってるだろうから、油断ができなかった。
しかしカインの大盾と俺の障壁で炎を防ぎ、みんなでチクチク攻撃する手法は有効だった。
さらに雷撃に弱いことが分かったので、リューナが雷撃で動きを止めてから周りが攻撃する流れになった。
そうやって弱らせたところでレミリアが尻尾を、リュートが山羊の頭をそれぞれ斬り落とすと、最後に本体にはサンドラがとどめを刺した。
キマイラが霞となって消えると、魔石と一緒に蛇の頭が残されていた。
女王によれば、この迷宮の魔物は倒されると、稀に体の一部を残すらしい。
物によっては欲しいと言っていたので、とりあえず回収しておく。
その後も何匹かキマイラを倒しながら探索を続けると、2刻ほどで5層への階段が見つかった。
階段を下りて5層を探索し始めると、またまた変なのが出てきた。
今度は不気味な人面の獅子で、背中にコウモリのような翼を持ち、尻尾はサソリという合成獣だった。
今日は変なのばっかだな。
チャッピーによれば、あれは人面飛獅子という魔物らしい。
こいつがまた機敏に飛び回りながら攻撃してくるので、非常にやりづらかった。
リューナが雷撃で撃ち落とそうとしても、動きが速くてなかなか当たらない。
俺も強魔弾や収束散弾で援護したが、それすらもヒラヒラと躱されてしまう。
この魔物、ただ素早いだけでなく、かなり勘もいいようだ。
そんな状態で戦闘が長引いていたら、とうとうジードが敵の爪に引っかけられた。
右肩をザックリとえぐられて大剣を取り落とした彼を、カインが助けに入る。
獅子人のジードは攻撃力は高いが、防御が弱いのでケガをしやすい。
塊剣を手に入れるまでのリュートに似ているな。
あれでも2軍の中では一番強いのだが、今日のメンツの中で見劣りするのは否めない。
ジードを早く治療したかったので、リューナに竜人魔法で突風を起こしてもらった。
あまり広くない迷宮の通路に風が荒れ狂い、マンティコアが飛ばされまいと床にしがみつく。
そこにレミリアが軽やかに飛びかかり、その小癪な翼を切り取った。
後は飛べなくなったマンティコアを袋叩きにする、簡単なお仕事です。
安全を確保すると、すぐにチャッピーがジードを治療したが、その後遺症は残っている。
やむなく今日は引き上げることにした。
その場に水晶を置いてから、女王の館へ戻った。
館に戻ると、妖精女王が改めてジードの治療をしてくれた。
さすがに女王の治癒魔法は強力らしく、ほぼ完全に治ったそうだ。
女王に礼を言ってから、別室で対策会議を開いた。
「今日はやられたな~。今のままだとこの先が心配だから、何か対策を考えないと」
「すいません、俺がヘマしたばっかりに」
「別にジードだけのせいじゃないさ。使役獣を封じられたうえに、慣れないパーティだからな」
「そうですね。それにしても、なんとかマンティコアの動きを止めないと、またケガ人が出兼ねません」
「またリューナに、魔法を使ってもらえばよいのではありませんか?」
レミリアの指摘に、俺とリューナが顔を見合わせる。
リューナも俺と同じ懸念を抱いているのが、表情で分かる。
「雷撃の杖でだいぶマシになったとはいえ、まだ竜人魔法には少し不安が残るんだよなあ。さっきは上手くいったけど、ここの迷宮の通路はあまり広くなくて、危険が大きい」
「そうなのですぅ。ちょっと制御を間違うと、また味方を巻き込んじゃうかもしれないのですぅ」
リューナが申し訳なさそうに言うと、今度はカインが聞いてきた。
「デイル様。以前、ドラゴンを倒した時に、レミリアの氷刃攻撃をサポートしていましたよね?」
「ああ、あの時はレミリアの魔力じゃ足りなかったからな。俺が魔力を注ぎ込んだんだ」
「それを、風の魔槍でもやれないでしょうか? 俺も、弱い風魔法なら使えるようになりました」
「なる、ほど……それはありかな。カインが持つ魔槍に俺が魔力をぶち込めば、それなりの魔法になるかもしれない。ちょっと練習してみようか」
女王にお願いして広い場所を貸りると、カインの思いつきを試してみた。
まずカインが風の魔槍の前側を右手で掴み、その後端を俺が握る。
魔槍からはカインの意思がうっすらと感じられ、さらにそれとつながっているシルヴァの魔力も感じられた。
「それではまず風を動かしてみますね……風弾!」
掛け声と同時に槍の先端で風が動いたものの、そよ風しか吹かなかった。
彼の魔力が弱すぎるせいで、それに応じた現象しか引き起こせていないのだ。
そこへ俺の魔力を注ぎ込んでやると、急に魔槍が活性化する。
再びカインが魔法を放つと、今度はつむじ風となって空気が押し寄せた。
「うん、これならいけそうだな。やっぱり魔槍の力を借りるにしても、それなりの魔力を渡さないと威力は出ないってことか」
「力不足で申し訳ありません」
「カインは生粋の戦闘職だから仕方ないよ。でも、もっと効率的なやり方はあるから、いろいろやってみよう」
その後も風の刃を撃ち出すなど、何種類かの風魔法を練習していたら夕食になった。
「練習の成果は出ましたか?」
「ええ、カインの風魔法に俺が魔力を注ぎ足してやったら、威力が上がりました」
「まあ、相変わらず非常識なことやってますのね、デイル様は」
ちゃっかり館に居座っているミレーニアが、女王との会話に割り込んできた。
「そんなに非常識ですかね?」
「もちろんですわ。他人の魔法に横から干渉して威力を上げるなんて、普通はできませんのよ」
「でも、この場合は風の魔槍とシルヴァが媒介になってるから、俺が干渉できても不思議じゃないと思うんですが」
「複数から指示を受けたりすると精霊が混乱しちゃって、魔法どころじゃなくなるんですのよ。普通は」
「はあ、そんなもんですか? まあ俺とカインは使役スキルでつながってるから、そのせいでしょうね」
適当に結論を出したら、それに女王が反応した。
「そういえば、デイルさんの使役スキルはとても変わってるのね」
「そうみたいですね。俺自身は自然に使ってるだけなんですけど」
「普通はせいぜい1、2匹の魔物を従わせるくらいなのに、けっこうな数の契約を交わしていますよね。しかも使役獣が3体とも上位精霊クラスだなんて、尋常じゃありませんよ」
「いや、俺のは使役といっても、強制性の緩いやつなんですよ。むしろ、連絡スキルとか連携スキルって呼んでもいいぐらいです」
「そもそもそれが変わっているんですけどね。ちなみに誰から習ったのですか?」
「身近にいた使役師から契約の呪文だけ習いました。後は自力で習得した感じですね」
女王が驚愕に目を瞠る。
「……それは凄い才能ですね。デイルさんは孤児だったそうですけど、何かご両親の手掛かりは?」
「全くありません。チャッピーからは、エルフと同じような感じがすると言われたことあります」
そう言うと、女王がしばらく考え込んでからまた口を開いた。
「実は、デイルさんに似たような能力を持つ種族のことを、聞いたことがあります」
「それはなんという種族ですか?」
「古代エルフ族、もしくはハイエルフと呼ばれる存在です」
「古代エルフ族って、精霊術を編み出した種族ですよね?」
「そうです。彼らは太古の精霊が受肉した妖精の1種で、それが世代交代を重ねて世俗化したのが、今のエルフ、ダークエルフです。ハイエルフは、今のエルフからは想像もつかないような能力を多く持っていたそうですが、そのひとつが強大な使役スキルだったと言われます」
「……でも、ハイエルフはもういないんですよね?」
「少なくとも、歴史の表舞台からは消え去りましたね。しかし、今でもひそかに生きている、とも言われていますよ」
「そうなんですか?……でも、いずれにしてもそれを確かめる術はないんですよね」
「そうですね……でも今後、ハイエルフの足取りをたどれば、何か分かることがあるかもしれません」
「分かりました。心に留めておきます」
その後はまたミレーニアに絡まれた。
ハイエルフとサキュバスを掛け合わせたら、凄い存在が生まれるかもしれないとか言って、俺を拉致しようとしたのだ。
迷宮攻略中だと言ってなんとかその場は逃れたが、今後も油断がならない。
それにしても、俺の起源はなんなのだろうか?